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第24話 夜会1

 ローデリックが夫人のために用意したのは深い青のドレスだった。

 エレノアの年齢にしては地味にも思える濃い色で、胸元や背中の開きはごく控えめ。ウエストだけは容赦なく絞られていたので、コルセットを締められてエレノアは小さく悲鳴を上げたが、侍女達は誰一人として手心を加えてはくれなかった。


「ご希望はございますか」


 ミシェルには聞かれなくなって随分経つ質問にエレノアは瞬く。

 王都近郊にあるダウズウェル別邸の侍女達は初めて身支度を手伝う。鏡の前に座らされてお任せするだけのお人形をまだ人間として扱ってくれているのだ。

 ローデリックと歳が近そうな侍女達がわらわらと手に化粧道具やアクセサリーを持っている。どう考えても全部は必要ない。そんなにたくさん指や首は生えていない。任せた途端にとりあえず当ててみましょう、とりあえずつけてみましょう、を延々繰り返すのはみえている。


 なんて恐ろしい。


 少し考えてから、エレノアは口を開く。


「少し、年上に見える方がいいです」

「年上に?」

「ローデリック様と並んで、夫婦らしく見えた方がよいので」


 侍女達が目を切れ長に、頬のラインが、鼻筋を長く見せて、髪を高く、と一斉にしゃべり出したので、エレノアは気配を殺すことにした。

 することがないので、意識は最近繰り返している考え事に戻っていく。


 最近、ローデリックがおかしい。

 ローデリック自身は一緒に過ごす間、むしろ態度が柔らかくなった。ただ、強いて言えば父や兄がするような触れ方しかしなくなった。親しみは感じるが、今までとは違う。

 不満があるわけではない、と思う。

 問題は、それでは子供ができない、妻の役目が果たせないということだ。

 思い当たる節といえば、痩せたから風で飛びそうだと揶揄われたくらいか。子供扱いではないというのなら、そういう対象ではなくなった、ということだろうか。それは、きっとよくないことだ。役に立てるから、選ばれたはずなのだから。




 ****




 エレノアが考え事をしながらひたすら、ええ、お願いします、良いですね、を繰り返してしばらく。

 髪は幾筋かは細く編んでから後ろで固くまとめられた。化粧も目がいつもより細長く、曰く切れ長に見えるように、施された。途中までは顔立ちそのものを年上にする方向で進んでいたがが、有識者の激論の結果、柔らかい頬のラインは譲るべきでないという結果になりやり直した。

 そのためエレノアは途中から、半ば機械的にええ、と返すのみになっていた。それでもきちんと貴族の夫人として見栄えを整えてくれるのだから優秀だ。

 エレノアは鏡の中の見慣れない自分を少し不思議そうに首を左右に振りながら確かめた。


 選抜に漏れてしまった小道具達を片付け始める音に混じって扉の開く音がする。

 ローデリックだった。白い手袋を片手に掴んでいるが、すでに例の深緑の騎士団礼装を身につけている。


「旦那様どうされました?」


 尋ねられたローデリックの視線が、首を伸ばして振り向いたエレノアを見つける。


「出立前に礼装を見せる時間を取ると約束していたからな。こちらの支度は済んだか」

「後は香水だけです」


 侍女の報告を聞いたローデリックに手招きされて、エレノアは立ち上がった。

 裾を気にしながらローデリックの前に立つと、動かずにいる彼の周りをゆっくりと回りながら全身を確かめる。

 全身深緑だと思っていたがよく見ると一部は黒で、勲章以外にも肩や襟元に装飾がある。がっしりとした彼に硬質な布地が隙なく沿っている。前髪は額を出すように整えて後ろへ流している。これは婚姻契約式の日以来だ。目元がよく見える。

 エレノアがゆっくりと彼を三周して確かめる間、ローデリックの視線も時々エレノアの様子を確認するようについてきた。


「満足か」

「はい。よくお似合いです」

「そうか。では支度を終えたら――」


 侍女の一人が露骨な咳払いをして辺境伯の言葉を遮った。


「奥様の仕上がりは、いかがです?」


 尋ねられたローデリックが一瞬だけ止まる。反応を窺っているエレノアを一度上から下まで見てから視線を床に投げ捨てた。


「着こなせている、辺境伯の妻に相応しい装いだ」

「ありがとうございます」


 妻に相応しい装い。エレノアにとっては一番の褒め言葉だ。

 口元が喜んでしまうのを抑えようとしながら視線を回りにやると、侍女達は少し笑いをこらえているか、何か言いたそうな顔のどちらかだった。ミシェルはというと明らかに不満げだ。

 不思議に思いながら辺境伯を見ると、彼は頷いてくれた。彼が良いなら、問題ないだろう。



 ***



 ダウズウェル辺境伯夫妻が会場についたのは夜会が始まる一時間以上も前だった。

 個人的な客として宰相殿と話す、と言ってローデリックと宰相だけが別室に行ってしまったが、アランが貴族階級出身なので同行しており、エレノア一人が置き去りにされることはないのは幸いだった。


「いつもこうして先に会場入りしているのですか? 少し遅めに入っても良さそうなものですが」

「ダウズウェル以外でこういう集まりに参加する場合、という意味ではいつもそうですね。滅多に参加しない分、粗相はないようにしませんと」

「ローデリック様が粗相扱いされたりしますか? 何かあっても黙らせそうです」


 アランが何も言わずににこりと笑ったので、エレノアは口を閉じる。


 宰相と辺境伯が戻ってくる頃には開場時間ぎりぎりになっていた。

 部屋に入ってきたローデリックは、紫の封筒をアランに手渡してからエレノアを見る。彼の表情は硬い。彼が人前に緊張しているとも思えないのだが。


「お前は会場に入ったら俺から離れるな、俺の手の届く範囲にいろ」

「目ですか」

「手、だ」


 強調のためか、ローデリックの手がエレノアの肩を軽く叩いて離れる。

 妙に範囲が狭い注意事項を告げられたものの、一人にされないことに安心しながら頷いたエレノアをじっとローデリックは見下ろした。


「飲み物、食べ物は全て俺を通せ。何でも受け取ったり口に入れたりするなよ」

「赤ん坊ではないのですが」

「そういう話はしていない」

「こういう場では、わざと女性を酔わせようとなさる方がいらっしゃいますからね」


 妙に強い口調のローデリックに被せてアランが説明をしてくれたので、エレノアはなるほど、と素直に頷いた。こちらは余計なことをしないのに精一杯だと言うのに、随分変な人がいるものだ。

 エレノアは深呼吸をする。不思議なことに、隣からも少し大きな呼吸の音がした。


「ローデリック様?」


 見上げて呼びかけた先で辺境伯は目だけを動かし、エレノアをみると微かに目を細めた。口角はほんの微かにしか動いていない。


「お前は心配するな。何も、問題はない」


 どうにも硬い表情でローデリックが差し出してきた腕に、エレノアは頷いてそっと手を添えた。

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