第22話 二人の休日・ローデリック
ローデリックは、ふと目を開けた。
天井、の手前を天蓋が覆っているのを見て、ここが自室ではないとすぐに思い出した。妻の部屋だ。
彼女の言うとおり、どうでもいい内容の話を聞くとも無しに聞いているうちに眠ってしまったらしい。少なくとも、以前は隣の女が起きているうちに寝たことはなかった筈だが。彼女の話が、ある意味で上手かったのだろう。
顔を動かしてみると、隣に、というよりは自分の腕に顔が触れそうなところに彼女がいる。ローデリックが少し体を動かしてみも抵抗がないので、服を掴まれている訳ではなさそうだ。
体を起こしてみたが、エレノアは目を閉じたまま反応しなかった。
いつもはふわふわと嵩のある髪が今日はきっちりとまとめられているので、寝顔がよく見える。こちらに昼寝をさせると言っていた彼女自身が寝ているのだから世話はない。
絹の光沢のような艶がある髪や長い睫毛はじっとしていると人形のようだ。いつもより濃い化粧をしていることで少し大人びてみえる。それでも起きている時より表情が柔らかい。
彼女に何かを要求する人間がいなくなったら、きっと気楽に過ごすのだろうと思っていた。
細身ではあったが、痩せすぎている訳ではなかった彼女の頬に少しだけ影が落ちている。手を伸ばしたローデリックだったが、指先が頬に触れる手前で停止した。
今、寝台の上で触れたら、どんな反応をされるだろうか。
昨日は気が昂ぶっていたようでしがみ付いてきたが、元々夜に抱き寄せるだけで意図を察して身を固くしていた彼女のことだ。やはり我慢をするのだろうか。
ローデリックは手を引っ込めて再び体を寝かせた。
目を閉じてじっとしていると、ごくごく小さく、彼女の寝息が聞こえる。外から時折聞こえる風の音や、門扉が軋む音の方が大きいかもしれない。
こんな静かな、意味のない、それでいて切り上げる必要を感じない時間は久しぶりだった。
どれくらいの時間、目を閉じていたのか。
隣で気配が動いたのに気づいて、ローデリックは再び目を開けた。ごそごそと布がすれる音がする。彼女が目を覚ましたらしい。
掠れた小さい声が自分の名前を呼んだので、ローデリックは体を回転させて妻の方を向いた。ぼんやりとした目つきの彼女はどこを見ているでもなく、尋ねてくる。
「ねむれましたか」
「お前のおかげでな」
自分でも驚くほど柔らかい声が出た。
彼女の口元が微かに笑う。
「お前、剣や槍の試合に興味はあるか?」
「なんのはなし」
問いに反射的に言葉を返したエレノアは一度きつく目を瞑ってから開く。今度はなんとかローデリックの顔に視線が向いたが、まだ焦点は緩いままだ。
理解しているのだろうか、とローデリックはエレノアのぼんやりとした顔を覗き込む。
「……ローデリック様が出る?」
「いや、俺とお前は並んで見物だ。落ち着いてからだが、執務棟の連中にお前の顔見せをしよう。行事にしてしまった方が楽だろう?」
なるほど、といつもなら返ってくるところで妻は小さく頷いた。
「私、何かすることありますか?」
「お前はただ座っているだけでいい、居眠りはするなよ」
彼女から直ちに否定が返ってこなかったので、それも自信がないのか、とローデリックは内心溜め息をついた。とはいえ、彼女はまだ見るからに眠気を振り払えていない。いつものようにやる気を空回りさせた返事をすることは難しいのかもしれない。
ローデリックが見守っていると、エレノアは掛け布を顔の辺りまで引き上げながら、寝ぼけ眼で何かもごもごと呟いた。いつもはきちんと顎を上げてくる彼女が、目だけ動かして甘えたような上目遣いになるのは珍しい。
彼女が声を張らなくても良いように、ローデリックは顔を寄せてやった。
「ローデリック様。ずっと隣にいて下さいますか」
「ああ、いる」
答えてから、ローデリックは考える。
今のはきっと、見物の間、知らない人間ばかりの会場で一人にしないでくれという話だ。それ以上の意味はきっと、ない。
「……どうしようもないやつだ」
口に出してみると妙におかしかった。
彼女が、ではなくて自分が、だ。今それ以上の意味を加えようとした。
『用事もないのに返事が来たんならそうだろ』
身内同然に育ってきた男の言葉が甦る。
意味を理解して一秒後には、彼女が指示を求めていただけの可能性があると思い至っていた。彼女自身のために体調管理をしろとしか言わなかったからだ。それでも、そうである可能性を否定する言葉は出なかった、その方が自分が、嬉しい。
すでに婚姻契約があり、男女の関係もある。それもこれも全て、義務として自分がそう仕向けた。義務だと思っているからこそ彼女は拒否しない。
義務では取り繕えないことまで要求するなら、エレノアの意思で選んでもらう必要がある。だが、今更何を言えばいい?
「怒っていますか?」
ローデリックの言葉の意味が掴めなかったらしいエレノアが、小さく頭を左へ傾けた。
「いいや、そんなことはない」
そうですか、と呟きながらエレノアは目元を擦るエレノアを、ローデリックは顔を寄せたまま見つめていた。




