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第12話 ホウレンソウの温度(ローデリック)

 ローデリックの朝はエレノアよりも早く始まる。そして朝食を終えるとすぐに席を立ち執務室へ向かっていた。

 妻を迎え、かつその妻がトラブル体質であることを認識してからは、妻が食事を終えるまでは食堂に留まるように行動を変えた。

 あくまでも危機管理、領地経営の一環である。


 食堂で席に着くと、少し遅れて妻であるエレノアがやってくる。華奢な彼女だが、人目を意識していないときは大股で足早に歩く癖があるので意外と早い。

 髪をきちんとまとめているかは日によるが、少なくとも毎日手入れはしているようだった。今日は横の髪が落ちないように麦の穂のような編み込みがされている。


「おはようございます、ローデリック様」


 毎朝同じ顔と言葉で挨拶をして、彼女はローデリックのすぐ近くの椅子に腰を下ろした。

 おはよう、と返すと微かに表情が緩むことは数日でようやく見て取れるようになってきた。彼女の表情の幅は小さいが、間違いなく変化はある。


 挨拶がすむと彼女はすぐに視線を自分の食事に向ける。外見を整えることにはあまり興味がないようだが、飲食への興味は人並みにあるらしい。フリンツフッドで見たことのない料理がでるたびにしげしげと見つめている。


「体調はどうだ、昨夜は寒くなかったか」


 声をかけると、エレノアは手を止めてこちらをみた。

 そのまま数秒、何か考えているらしい停止を挟む。


「問題ありません。羽織るものは以前いただきましたので、寒さもしのげています」


 端的に、彼女はそれだけ言った。

 困っていない、弱っていない、異常はない。

 そういうことらしかった。


「……そうか。何か必要なものがあれば遠慮なく言え」

「? はい」


 こちらを見る琥珀の瞳が丸くなった。少し不思議そうだ。


 彼女が何か頼み事や要求を口にすることはほぼない。我慢しているというよりは、そんな発想自体がないらしかった。

 与えられたもので何とかする、と決めてしまっていて――いや、そういう女だからこそ妻にしたのだ、面倒を起こさないなら何も問題はない。


「お気遣いありがとうございます」


 珍しく彼女がそう付け足した。

 自分の皿に落とした視線をもう一度彼女に向けると、彼女はこちらを伺うように見ていた。


「当然のことだろう」


 自分から求めた妻の面倒を見ることは、当然。

 その程度の返しで彼女は納得したようだった。


 聞きたいことを聞けている気はしなかったが、もう切り上げることにする。

 妻を得たことである種の面倒は減ったが、元からある仕事が減る訳ではない。

 席を立つと食堂を担う担当に昨日運び込まれたフリンツフッド産の蜂蜜を夫人の侍女に使わせるようにと言づてて仕事へ向かった。




 ***



 午後、辺境伯の執務机の脇にアランがいた。

 決済すべき書類へ辺境伯が署名を入れるとすぐに側近の手が回収して次の書類が渡される。


「書類が増えたか?」


 ペンを置いたローデリックが机の上に積んでいた本を取り上げて頁を繰りながら、気のせいか、と呟いた。


「絶対数が増えた訳じゃありませんが、まとめてお持ちできるようになった気はしますね」

「使える奴が増えたか?」


 いえ、と言ってからアランは少し考えるように目を伏せた。


「ここもそうですが、在室札をつけたでしょう。あれで部屋の中に声をかけたついでに話し込んでしまうのは減ったんじゃないですか」


 

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