第11話 善意の伝え方
振り返ると、ローデリックが立っていた。
エレノアの顔と立ち尽くしている使用人の顔を見比べて、ローデリックは表情を変えずに小さく頷いた。
名前を呼ばれてエレノアは小声で状況を説明する。
お茶を淹れようとしたマーサがまず井戸に向かおうとしたこと。
飲み物用の水を井戸から汲む決まりになっているらしいが、食事用に使うくみ置きとの使い分け意図が説明できないこと。
その理由を聞きたくて質問していたこと。
「なるほどな」
何を考えているのか、エレノアの説明の間も辺境伯の表情は動かなかったが、聞き終えてからわずかに肩をすくめた。
使用人達の方へ向いた辺境伯の表情は柔らかい。
「今まで気にしたことがなかったが、毎回水を汲んでくれていたのか。お前達も忙しいだろうに、手間をかけてくれていたんだな」
ローデリックの言葉にマーサは目を潤ませた。
「とんでもないことです、当然のことですから」
「何言ってる。汲み上げるのにもそれなりに力が必要だろう。マーサももういい歳だ、そろそろ腰を労れ」
坊ちゃま、と小さい呟きが漏れたが三十路を越えた辺境伯は聞かないふりをする。
「それはそれとして、だ。都度汲む、というのは客人へのもてなしが本当の水か白湯だった頃の作法として聞いた覚えがある」
ローデリックから一瞬だけ視線を向けられて、エレノアは今の一言は自分のための説明なのだと理解した。
ローデリックも理解はしていなかったが知識として知っていた。自分も知識があれば変な言い方は避けられたのだろうか、と考え込むエレノアの目の前で、ローデリックが冗談めかして提案をする。
「今は美味い茶葉を選んでくれているだろう。新鮮な水にこだわる必要はないかもしれないな、試しにしばらく客人以外へは飲み物も全てくみ置きを使ってみろ、気づく奴がいるか試してみようじゃないか」
使用人達は笑って頷いた。
***
その後、夕食のテーブルでは、いつもなら食べ終えてすぐに席を立つローデリックが今日は席を立たなかった。
エレノアがいつも通り、周回遅れの速度で肉を切り分けながらちら、と目をやると、目があう。
「なんでしょう?」
「後でお前と話そうと思っている。先ほどの件で」
「申し訳ありませんでした」
反射的に詫びたエレノアに、ローデリックが小さく息を吐いてテーブルの上で指を組む。
「食事の後で話す、と言った」
「はい」
大急ぎで詰め込んだ食事は味気なかった。
食事が終わるとローデリックについてくるよう促され、彼の部屋へ行く。
彼の部屋にはドレッサーこそなかったが、それ以外の机や本棚、クローゼットはエレノアの部屋と同じ配置にされている。ダウズウェルの慣習としてこういう配置をするものと決まっているようだ。
座れ、とローデリックが示したのは、エレノアの部屋にあるものと似た大きさのソファだった。
ここにはふかふかとしたクッションがないので、座ると二人の間には大きな隙間ができる。
「先ほどの件、お前はどう考えている?」
おそらく彼は威圧感を押さえるために表情を変えないでいるのだろうが、体格とあわせて無表情になっている時点で威圧感がある。
「……よくわかりません。言い過ぎた、のですよね。私はただ、給仕に時間がかかる原因を確かめたくて聞いただけなのですが」
「何故原因を確認しようと?」
少し首を傾げてから、口を開く。
「大変なのであれば、楽になった方がいいと思ったからです」
ローデリックは一つ頷いた。
「その意図は悪くない、言い方の問題だ。習慣になっているやり方を問い詰めると、今までの献身を否定したと受け取られやすい」
「違います。そんなつもりは」
「相手にとってはただの質問でも、お前にはそうでなかったことが直近あったんじゃないか」
確信に満ちた口調だったので、何を言われているのか、と記憶の糸を手繰っていると、ローデリックが口を開いた。
「『ご友人は、多いのですか?』」
エレノアが肩を震わせて、ローデリックを見上げた。
この言葉とこの声には、覚えがある。
「俺はお前の体調と、交友関係を確認した。質問を重ねられて、お前は自分の生活が脅かされる可能性に気づいた、違うか?」
はい、と小さい声でエレノアが答えると、だろうな、と低い声がした。
「俺の意図はお前が察した通りだったが、今回のも似たようなものだ。質問を重ねられると何故聞く? と身構える。大抵は怒りか不安に変わる」
「フリンツフッドでは起きません。でもどうしても他のところではああなるのです」
「お前に悪意がまるでないと知っていれば、多少言い過ぎても聞き流せるからだろうな」
聞き流せる?
思わず呟いたエレノアの顔を少しのぞき込むようにして、ローデリックはゆっくりを言葉を続ける。
「次は、何の為にそれを聞くのか、先に言え。質問は続けていいのは2つまで。それで相手が好きでやっている、こだわっていることなら手を引く」
「難しいです」
「揉め続けたいか」
「……やってみます」
できるかどうかは自信がない。思わず丸くなる背中をローデリックの手が軽く叩いた。
改善するかもしれない方法を教えられたこと自体は、何よりありがたい。
「お前にあわない人間が近づかないよう計らうことは可能だ、耐えられなくなったら言え」
「それはやり過ぎです」
「一般的なやり方でなかろうが、お前を家族から引き剥がした責任は取る」
あまりに当然のようにローデリックが言うので、エレノアは何も言えずに黙り込んだ。
ただ、先日の悪辣に関わる発言からしても、こうするべきと決めていることに対して躊躇がない彼だ。安易に頼ったり弱音を吐くと最高権力者である彼の影響で取り返しがつかないことになりそうだ。問題が消滅したとしても、改善にはつながらない。
どう言ったものか、とエレノアが悩んでいると、ローデリックが顔を上げろ、と言った。
まだ考えが纏まらず、眉を下げたままでローデリックを見上げると、じ、と彼の視線が正面から落ちてくる。
「……ご迷惑おかけして申し訳ありません」
おそらく怒っているか、呆れているかだろう、と視線を落としてエレノアが謝罪すると、夫のため息が聞こえた。
怒られてもすぐにはどうしようもないのだが、何か言いたいことがあるなら視線で語らずに言葉にしてほしい。
「……部屋に戻って休め」
やけにたっぷりと間を取ってから促されて、エレノアはそそくさと部屋を出た。




