光る探偵
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
クレセント製菓は近年になって急に人気が出た店で、新商品を開発するためだけの部門を持っている。
今日向かっているのは、前回も訪ねたその開発部門だった。
王都から少し離れた郊外にあり、建物自体はそれほど大きくない。それでも近づくにつれて、甘い匂いが漂ってくる。
周りに住宅がないのが救いだと思う。こんな匂いの中で暮らしていたら、一日中お菓子のことしか考えられなくなりそうだ。
隣を歩いている人は、言わずもがなだった。
「今日はお茶菓子、何が出てくるのかしらね~」
「先生。今日は一応、仕事ですからね。バクバク食べないでくださいよ」
前に訪ねたときは、仕事という名目ではあったものの、実質は妖精族の村を助けたお礼という意味合いが強かった。
本来は先方が事務所まで来る話だったのに、先生が「工場を見学したい」と言い出してこちらから伺ったのだ。そして出されたお菓子を遠慮なく平らげたうえ、しっかりお土産まで受け取って帰ってきた。
「この甘い匂いよ。食欲を掻き立てられたら、抗う術なんてないわ」
「ありますよ。理性といいます」
到着すると、応接室へ通された。
この会社の応接室は変わっていて、棚の上にも壁際にも、お菓子をかたどったオブジェが並んでいる。
少し子供っぽい気もするけれど、殺風景な会議室と比べれば、こちらの方がずっといい。
「お待たせしました~。着替えに時間がかかってしまって、ごめんなさい」
作業中は清潔な白い服を着て帽子をかぶっているので、外へ出るには一度着替えなければならないらしい。
昨日の今日で訪問の約束が取れておらず、作業中に押しかける形になってしまった。私たちの方こそ、と頭を下げる。
「それで、今日はお菓子のご感想と、次の試作品のお渡しということでよろしかったですか」
受付には建前としてそう伝えてある。ただ、「一従業員のミオンさんだけで対応してほしい」という妙な要望も一緒に出しているので、言葉の端に疑問が残っている感じがした。
「単刀直入に言うわ」
先生が机の上に、月をかたどったお菓子を置いた。
「これ、昨日うちに来たとき、入れ替えたわね」
ミオンの耳が、帽子の下でぴくりと動いた。
「……何のことだか分かりませんが」
そう言ってから、彼女は机の上のお菓子に目をやった。
「お召し上がりにならなかったんですね。ご感想をいただけるものと思っていました」
そして、静かに続ける。
「そもそも、私に入れ替える理由がありません」
確かにそれは、私も同じことを考えていた。
見栄えのほとんど変わらないお菓子を、わざわざ事務所まで来て入れ替える必要がどこにあるのか。しかも一か月も経ってから、食べられたかどうかも分からないものを。
「あなたなら分かると思うけど、前のものと輝きが全く違うわ」
ミオンさんはお菓子を手に取り、角度を変えながら入念に調べた。
「……違いはないと思います。同じものをお持ちしましょうか」
そう言って席を立とうとする彼女を、先生が引き留めた。
「事務所に届いた犯行予告のカード」
先生は懐からそれを取り出した。
「これ、フェアリーカカオを扱ったときの独特な匂いがするのよ」
私は封を切った瞬間のことを思い出していた。
ふわりと漂った甘い匂い。事務所には常に何かの匂いが漂っているから、気のせいだと片付けてしまったあれだ。
「それだけでは、何とも」
「フェアリーカカオを扱っている店は三つしかない。そのうち、工場で量産しているのはここだけ。あとの二つは小売で、扱う量も知れてる」
先生はカードを机に置いた。
「あの時間に事務所へ直接投函できて、なおかつ手にあの匂いが残るくらい扱っている人。それができるのは、仕事の合間に抜けてきたここの人間だけよ」
フェアリーカカオの取扱店を全部把握しているなど、先生から一度も聞いたことがない。依頼人が誰だったかは報告しているけれど、それを全部覚えているとも思っていなかった。
「夜に、誰かが忍び込んだのかもしれません」
「それもないわ」
先生は即座に切り返した。
「毎朝、食べようかどうしようか、手に取って葛藤してたもの」
ミオンが目を丸くしてこちらを見る。私も同じ顔をしていたと思う。
「……毎朝、ですか」
「毎朝よ。だから、すり替えられたのは昨日の日中しかありえない。そして昨日、事務所に入った外の人間は一人だけ」
先生がミオンを指した。
「あなたよ」
私はそこで、自分の記憶を辿った。
ミオンは棚から箱を持ち上げていた。ちょうどそのとき、マムちゃんが箒を倒して本の山を崩した。私も先生も、ほんの数秒だけだがそちらを向いた。
「……私、あのとき目を離しました」
私が言うと、ミオンの肩から力が抜けた。
彼女は何も言わないまま部屋を出て、しばらくして戻ってきた。
手には、机の上のものと同じ形をしたお菓子が一つ。
「やっぱり、輝き方が全然違うわね」
二つを並べられて、ようやく私にも分かった。
私たちが持ってきた方は、内側にこもるような淡い光り方をしている。ミオンが持ってきた方は、外へ向かって放つような光り方だ。
並べれば違いは分かる。けれど、片方だけを見せられて見抜けと言われたら、私には無理だ。
「どうして分かったんですか」
「そりゃあ、これだけ素晴らしいお菓子を忘れられるわけがないでしょう。見事な腕よ」
先生はそう言ってから、机の上の失敗作を指した。
「それで、これは食べられるの」
「はい。毒などではありませんので、食べられはします。ただ──」
「そう」
先生はひょいと摘まみ上げて、口に放り込んだ。
「あっ」
「何これ。美味しいわね。苦みと甘みの釣り合いがちょうどいいわ。そこにフェアリーカカオの香りが鼻を抜けていく」
ミオンさんは、呆然とそれを見ていることしかできなかった。
「先生。ミオンさんが説明を終える前に食べるのは、まずいんじゃないですか」
「ん? だって食べられるんでしょ。もったいないじゃない」
彼女は「毒ではない」と言っただけで、その後に何かを言いかけていた。
もっとも、私にも止める暇はなかった。あの速さで口に入れられては、誰にも無理だ。
「そ、その……体に悪い影響があるわけではないのですが」
ミオンさんが言いにくそうに続けた。
「消化し終わるまでの間、だんだん体が光り始めまして」
「え」
ミオンさんが話し始めたのは、それから少し経ってからだった。
そもそも失敗に気づいたのは、事務所へ送った後だったという。
「試作の段階では、私も同僚も食べて確かめています。でも、誰も光らなかったんです」
原因は月光草の配合だった。普段から魔力を使う習慣のない人が食べても、体に反応が出ない。作業場の人間は普段魔力を使わないので、試食では誰も気づかなかった。
たまたま小型の魔獣が部屋に入り込んで食べた後に、身体が光っていることで気付いたのだ。
「血の気が引きました。よりによって、魔力を扱う方のところへ送ってしまっていたので」
すぐに謝りに行けばよかった。だが、失敗作を顧客に送ったことが師匠の耳に入れば、破門も覚悟しなければならない。
見習いとして積み上げてきた数年が、それで終わる。
「お菓子が既に食べられていれば、相談させていただこうと思っていました」
連絡がないということは、まだ食べられてない可能性もある。事務所の前を行き来していたのも、窓の方を何度も見上げていたのも、そのためだ。中に人がいるか、棚の上の箱がまだ残っているか。それを確かめていた。
予告状を投函したのは、注意をよそへ向けさせるためだった。
「盗むと書いておけば、大事なものの方を気にされると思って」
本当は、二人のうちどちらかが出かけた隙に訪問して入れ替えるつもりだったという。ところが都合よく大掃除が始まって、二人とも手が離せなくなった。
そこまで話がされると、先生の指まで光りだした。
「あのね、ミオンさん」
先生は光る指を組んだ。
「失敗を隠すために嘘を重ねるとね、次にもっと大きな失敗をしたとき、もう戻れなくなるのよ。あなたは腕がいいんだから、なおさら勿体ない」
ミオンさんは深く頭を下げた。
「……申し訳ありませんでした」
「師匠には言わないでおくわ。その代わり、次の試作からは魔力持ちにも試してもらうこと。あと──」
先生は空になった包み紙を持ち上げた。
「この配合、捨てるには惜しいわ。光る菓子として売り出したらどう? 夜の宴会あたりで需要があると思うけど」
ミオンさんが顔を上げた。耳がぴんと立っている。
説教のはずだったのに、なぜか新商品の打ち合わせが始まってしまった。
話が終わる頃には、先生の顔の輪郭がうっすらと光っていた。
「先生。それでは帰りましょう」
「いや、まだ光っているから……」
「消化が終わるまで何時間も待てませんよ。帰って仕事しますよ」
待ってあげたい気持ちもあるが、昨日できなかった分、仕事が残っているのも事実だ。
幸いにも初冬で寒く、服で隠れる面積が多い。
それでも街に着くとじろじろと見られ、珍しく恥ずかしそうに事務所へと帰るのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回更新は10月8日(木) 20:00更新を予定しています。
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