閑話:寒空の下で
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
王都アルディナは初冬にさしかかり、寒さが日ごとに厳しくなってきた。
特別な飾りつけがあるわけではないけれど、街の様子は変わっている。夏の賑やかさは引いて、どこか静まり返った気配が漂うようになった。
その雰囲気と一線を画すように、街で最も大きな広場だけが熱気を抱え込んでいる。
収穫の時期が終わりに近づき、今年一年の実りを祝う祭りが開かれていた。この季節では一番大きな催しで、広場の脇を流れる川沿いに、屋台がずらりと並んでいる。
動物用の区画もあるというので、今日は仕事を終えてから、先生とマムちゃんと三人で出てきた。
「この寒い中、すごい活気ですね」
「娯楽が少ないからねぇ。こういう祭りで楽しみがあると、市民の鬱憤も晴れるし、国への不満も和らぐから。なくてはならないのよ」
「そういう側面もあるんですね」
祭りの運営は、有志が集まって行っている。
子供の頃にこの祭りで楽しんだ人たちが大人になり、自分の子にも同じ思い出を作ってやりたいと言って関わる。そういう巡りが積み重なって、伝統になっていくのだという。
先生は「子供の頃に来られなかったんだから、今は楽しみなさい」と言って、私には運営への参加を勧めなかった。
当然、本人は参加している。主な関わりは屋台だったけれど。
「どのあたりを担当されたんですか」
「試食よ」
「それは関わったと言いません」
「……マムちゃん用の遊び場はあっちね」
広場の一角に、鉄柵で囲まれた場所があった。中では色々な動物が自由に走り回っている。
犬はもちろん、一角兎やミニマルパンダといった種までいた。
この世界には動物の天敵となる魔獣が跋扈しているので、こうした動物は保護の対象になっている。野に返せないものは、数は少ないながらも一般に流通していた。
一般人が勝手に捕らえることは禁じられている。それでも流通の道を残しておかなければ、闇市場で取引されて、最悪は絶滅まで行き着いてしまう。
要は祭りと同じことだ。負の力を溜め込ませないための仕組みなのだろう。
「こんにちは~。よろしくお願いします~」
「こんにちは。あら、可愛いマーモットかしら」
「マムぅ~」
この手の施設では、入るときの挨拶が欠かせない。
動物のことなので、どれだけ見ていても何をするか分からない。飼い主の方は家族だと思っているから、何かあればそのまま揉め事になる。顔を合わせておくだけで、こじれ方がいくらか和らぐのだという。
「マムちゃん。ここでは自由にしていいよ」
芝生の上に下ろすと、他の動物たちがわらわらと集まってきた。興味深そうに覗き込んだり、鼻先を近づけて匂いを嗅いだりしてくる。
「ほら、挨拶して、一緒に遊んでおいで」
マムちゃんは二本足で立ち上がった。
きょろきょろと周りを見回し、そのまま、ぴたりと固まった。
よく考えれば、この子が私たち以外と過ごしたことはない。実験室で生まれたキメラなのだから、他の動物を見ること自体が初めてなのかもしれない。
しばらく固まったまま、マムちゃんはおもむろに歩き出した。
集まってきた動物たちと遊ぶのかと思いきや、一匹も見ずに真っ直ぐ木の方へ向かっていく。そして木陰に着くと、いつものだらりとした格好で幹に寄りかかり、そのまま寝てしまった。
「……本当に、そこらのおじさんみたいですね」
「まぁ元から癒し担当だからいいんじゃない。運動不足なのはまずいと思うけど」
半ば呆れながら眺めていると、マムちゃんが突然がばりと起き上がった。
そのまま鉄柵に向かって全力で走り出す。
柵の周りには動物向けの屋台が並んでいて、ちょうど昼時に合わせて一斉に店開きを始めたところだった。
他の動物たちも次々と柵際へ押し寄せていく。そうなると飼い主の方も買ってやりたくなるのだろう。人の列が、あっという間に屋台の前に伸びた。
「商売がうまいですね」
「人の心をどう動かすか、だからね。そういうエフィだって、もう買う気満々じゃない」
さっきから何を買ってあげようかと、マムちゃんと一緒に屋台を見回していたのを、しっかり見抜かれていた。
甘やかしてはいけない。そう思いながら、気がつけば何でも買ってやりたくなっている。
「そういう先生は、さっきから人間用の屋台しか見てませんけど」
「……両方見てるわよ」
私もここに通るまでに美味しそうな屋台をいくつか目星をつけていた。
定番のものから見たことないものまで様々だ。子供は食べるものだけでなく、色々な出し物で楽しんでいる。
「さて。そろそろ花火が上がる時間かな」
孤児院にいた頃は、祭りの日も一日中手伝いをしていた。花火は遠くの空に小さく開くのを、裏庭から眺めるだけだった。
だから今日が、間近で見る初めての花火になる。
大勢の人が芝生に腰を下ろして、思い思いに夜空を仰ぎ始めていた。先生が買ってきた温かい飲み物を受け取ると、手のひらにじんわりと熱が移ってくる。
「寒いですから、長居はできなそうですね」
「そうねぇ。でも、寒空の下で見る花火は格別よ」
最初の一発が上がると、歓声がわっと広がった。
遅れて、腹の底を押すような音が届く。
間近で見る花火は、こんなにも大きいものなのか。
次の一発で、周りの人たちの顔が一瞬だけ白く照らされた。隣の先生の横顔も、膝の上で丸まっているマムちゃんの背中も、同じ光に浮かび上がる。
これまで見られなかったもの。感じられなかったもの。
これからは、一つずつ経験していこう。
そう思いながら空を見上げていると、隣から包み紙の音がした。
「先生。それ、いつ買ったんですか」
「花火には、お供がいるのよ」
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
試験日のため、更新できないかもしれませんが、
次回更新は10月13日(火) 20:00更新を予定しています。
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