時が来た
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
「先生。治安院の方たちを呼んできました」
「あ~……本当に呼んできたのね」
先生は心底うんざりした顔で、首だけこちらへ向けた。
犯人を捕らえるのは最終的に治安院の仕事だから、普段からお世話にはなっている。ただ、こちらが捜査をひっくり返すこともあるので、私たちを疎ましく思っている人も少なくない。
二百年も続けていれば、そういう相手から嫌がらせを受けたこともあったのだろう。
「ふん。別に帰ってもいいんだぞ」
その疎ましく思っている側の代表格が、この人だった。
ボルツさんは大きな腹を揺らしながら、相変わらず偉そうに言い放つ。
「先生が失礼しました。とりあえず、こちらへどうぞ」
ボルツさんは面白くなさそうに鼻を鳴らして、一人でソファに腰を下ろした。
外はもう日が落ちる寸前だ。予告状の通りなら、そろそろ来てもおかしくない。他の担当官の方たちは、外で見張りに立ったり、窓際から通りを警戒したりしてくれている。
「で、本当にこれは犯行予告なのか。何か思い当たるものでも事務所にあるのか」
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
態度は傲慢だが、王都の治安院で一角を任されている担当官なのだ。仕事そのものには真面目に向き合う人で、それなりの実績も積み上げてきたのだろう。
「今日、片付けをしまして。一応、価値のありそうなものをこちらにまとめてあります」
私が示すと、ボルツさんは席を立って部屋の端へ歩いていった。
しゃがみ込んで一つずつ手に取り、そして動きが止まる。
「おい。まさかこれは、前時代の魔力杖か」
杖を持ち上げたまま、ボルツさんが振り返った。
「博物館に置くような遺物を、警備もない事務所にポンと転がしておくものじゃないだろう」
魔力杖というのは、数百年前に存在していた魔力を豊富に含む木と、宝石を組み合わせて作られたものだ。どちらも限られた環境でしか採れず、当時でも一部の高位魔法使いにしか所持が許されていない。
度重なる戦争で資源が使い尽くされ、杖そのものもほとんどが失われている。
杖を持てば魔法が使えるようになるわけではない。熟練の魔法使いが握って初めて効果が出るもので、行使の速さ、威力、継続時間といったあらゆる面を底上げする。
「他にも貴重なものがあるな……お前ら、阿呆なのか。これだけのものが並んでいれば、そりゃ強盗も来るだろ」
ボルツさんの目も確かなようで、次々と手に取っては驚きの声を上げていく。
「私にとっては大したものじゃないわよ。何かあったときのために、一応取ってあるだけだし」
ここにあるどれか一つを売るだけで、一年は遊んで暮らせるはずだ。もう少し気にしてほしい。
私自身、片付けの途中で値打ちを確かめながら、この事務所に一人で残る日が怖くなったくらいなのだから。
「我々も忙しい。今夜の零時になったら、犯行はなかったものとして帰らせてもらうからな」
ボルツさんが普段より不機嫌なのには、もう一つ理由がある。
ここへ来る途中、先生に頼まれた夜食用のおやつを買いに店へ寄らされたのだ。
その張本人はというと、私を呼びに行かせる前のだらしない格好はどこへやら、襟元まできっちり整えた姿で机に向かっている。おやつを食べながらではあるものの、書類に目を通す様子は真面目そのものだ。
傍目には仕事をしているように見えるだろう。けれど私の目はごまかせない。
先生の頭の中は、明日食べられるクレセント製菓のお菓子でいっぱいだ。
しばらくの間、包み紙の擦れる音と、先生が何かを噛む音だけが響いていた。
見張りの方たちは絶えず外へ目をやり、ボルツさんはソファで書類仕事を始めている。マムちゃんは早々に諦めて、私の膝の上で丸まって寝てしまった。
静かな時間だけが過ぎていく。
そして気がつけば、時計は零時を指していた。
「さて。零時になったな。予告の期日は過ぎた。我々はこれで帰らせてもらう」
「ちょ、ちょっと待ってください。せめてあと一時間だけ」
「今宵」と書いてあっても、零時きっかりで区切られるとは限らない。日をまたいでから来る可能性だって十分にある。
私がそう食い下がろうとしたとき、背後で椅子の引かれる音がした。
「時が来た」
今まで仕事を装っていた先生が、すっと立ち上がった。
そのまま、迷いのない足取りで棚の方へ歩いていく。
何が起きたのか分からず、私もボルツさんも一瞬固まった。けれど治安員の方たちはさすがに反応が早く、即座に身構えて先生の視線の先を追う。
外の見張りに合図が飛び、事務所の空気が一気に張り詰めた。
「先生。何が来たんですか」
先生は答えなかった。
棚の前で足を止め、手を伸ばす。
そして、クレセント製菓のお菓子の箱を、そっと取り上げた。
誰も何も言わなかった。
「……先生。もしかして」
「日付が変わったでしょ。今日から食べていい日よ」
私は膝のマムちゃんを抱え直した。そうでもしないと、何か言ってしまいそうだった。
「ん?」
箱を開けた先生の手が、止まった。
「おかしいわ……まさか、犯人はこれが目当てだったの」
「何かおかしいんですか」
「ちょっと、これを見て」
差し出された箱を覗き込む。
月をかたどった三つのお菓子が、昨日と同じように並んでいた。新月、三日月、満月。どれも同じように光っている。
私には何も分からなかった。
「遠目には分からないけど、真ん中の輝き方が全然違うわ。エフィには見分けがつかないかもしれないけど、私の目はごまかせない」
使い捨てのスプーンの本数まで数えていた人だ。自分のお菓子の光り方を覚えていないはずがない。
改めて考えると、少し恐ろしい。
「おい。お前ら、何の話をしている」
ボルツさんの声には、まだ緊張が残っていた。
その問いを合図にしたかのように、先生は熱弁を始めた。
淡い光の粒立ちが違う。外縁の艶の乗り方が違う。角度を変えたときの返り方が違う。月光草の量が明らかに──。
私と治安員の方たちは、それを黙って聞いていた。外で見張っていた方が「どうしました」と駆け込んできて、状況を把握できないまま立ち尽くしている。
「つまり、これが犯行予告の目的だったのね」
先生がもう一度そう言った瞬間、ボルツさんが立ち上がった。
「お前ら。そんなことのために、我々を呼んだのか」
その後、私はひたすら頭を下げ続けた。
なんとか怒りだけは収めてもらったものの、「二度とお前らの警備なんかしないからな!」という捨て台詞を残して、全員が引き上げていった。
あれだけの品を見せられて、いよいよ強盗が来るものと身構えていたのだ。その結末が菓子の光り方となれば、怒るのも無理はない。
それでも、疑問は残る。
誰が、何のために。
「エフィ。すり替える時間があったのは、昨日ここに来たミオンさんしかいないわ」
先生は箱を手に持ったまま言った。
言われてみれば、あの人はお菓子の箱を両手で持ち上げていた。ちょうどそのとき、マムちゃんが箒を倒して、私も先生もそちらを向いていた。
背中を向けていたのは、ほんの数秒だったはずだ。
「明日……もう今日ですね。クレセント製菓に行くんですか」
「そうね。開店前に着くように出ましょ」
私は棚を見上げた。
昨日と同じ場所に、昨日と同じように置かれていた箱。あの中身だけが入れ替わっていたことになる。
けれど、なぜ。
一か月も放っておいて、なぜ今さら、盗むのではなく入れ替えたのか。そもそも本当に、あの予告状はこのお菓子のためのものだったのか。
答えは何も出ないまま、私にできるのは朝を待つことだけだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回更新は10月6日(火) 20:00更新を予定しています。
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