明日の楽しみ
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
「いよいよ明日ね!」
「明日、何かありましたっけ」
重い話があってから数日が過ぎ、私の中もようやく落ち着いてきた。
その間は仕事にもあまり身が入らなかったけれど、先生が黙って手を回してくれていたおかげで、滞ることはなかった。今は依頼が立て込んでいるわけでもない。明日に何かがあった覚えもなかった。
「何言ってるの! 明日はやっと、クレセント製菓の試作品を食べられる日でしょ! 何度食べてしまおうと思ったことか」
「あぁ、そういえばあれからもう一か月ですか。道理で寒くなってきたわけですね」
妖精族の依頼を果たしたとき、先生は一か月ごとに一年間、お菓子をもらう約束を取り付
けていた。
先月届いた試作品はあまりに見事な出来だったので、次が届くまで飾っておくことになったのだ。
季節はもう初冬にさしかかっている。朝は布団から出るのに気合いが要るほど冷え込むようになった。
冬そのものは嫌いではないけれど、朝が辛くなるのは困る。そんなことを考えながら、窓から道行く人の服装を眺めていると、見覚えのある人影が目に入った。
「あれ」
「どうしたの」
「いえ、クレセント製菓に行ったときに会った人に似ているような……」
一度、先生と一緒にあの店を訪ねたことがある。そのとき、開発主任の後ろについてきていた人だ。
兎の獣人の女性で、帽子から長い耳が出ているのが印象に残っていた。
「見間違いじゃない? 来るのは明日のはずよ」
その人は肩から大きめの鞄を提げて、事務所の前を行ったり来たりしていた。
入ってくる様子はない。何度かこちらの窓を見上げては、また歩き出す。そうしているうちに、いつの間にか姿が見えなくなっていた。
しばらくして、ポストの方から「カタンッ」と音がした。
郵便が来る時間帯は大体決まっていて、いつもなら夕方だ。今はまだ午前中なので、広告の類だろうか。とはいえ、探偵事務所に広告が届くのも珍しい。
取りに行ってみると、予想していたものとは違った。
「何かの手紙みたいですね。差出人がないですけど」
表には「レイリア探偵事務所」とだけ書かれている。住所がない。切手も貼られていない。
誰かが直接投函したということだ。
「開けてもいいですか」
「いいわよ~。特に興味ないし」
仮にも自分の事務所に届いたものに対して「興味がない」はどうかと思うが、いつものことなので突っ込まないでおいた。
封を切ると、ふわりと甘い匂いがした気がした。
もっとも、事務所には常に先生の食べているものの匂いが漂っている。気のせいだろうと思って、私は中にある1枚の紙を取り出した。
今宵、レイリア探偵事務所の秘宝を頂きにいく
「──犯行予告、ですかね。これ」
「ん~。うちに秘宝なんてないわよ。子供のいたずらでしょ」
先生にとっては大したものがないのかもしれないが、私から見れば値打ちのある骨董がいくつもある。
この事務所は二百年前から同じ場所にあって、当時は何でもなかったものが、今では高値で取引されていたりするのだ。そのため、戸締りにはいつも気を使っている。
物に執着しないのは先生らしいけれど、少しは気にかけてほしい。
「ここにはお宝と呼ぶべきものがいくつもあります。片付けも兼ねて、何があるか確認しましょう」
「今宵」と書いてあるが、既に持っていかれているものがあるかもしれない。それに、後から盗まれたときに何がなくなったのか分かるようにしておきたかった。
「それと、犯行予告でもありますから、治安院にも連絡しないと」
「え~。私、こう見えて忙しいのよ。いたずらに付き合ってるほど暇じゃないわ」
誰もいない事務所で、客用のソファに寝転がって資料をめくっている人の言葉には、まるで説得力がなかった。
それに、子供のいたずらにしては、あの字は綺麗すぎた。
私は「衣替えの季節ですから」という大義名分を掲げて先生を説得にかかり、最終的には「埃をかぶっていて体に悪い」という一点を押し切って、大掃除を始めさせることに成功した。
掃除を始めて早々、マムちゃんが棚の上段に飛び乗った。
積もっていた埃がふわりと舞い落ちて、先生が大袈裟にくしゃみをする。
「ごめんくださ~い。クレセント製菓のミオンと申します~」
掃除が大分進んだ頃、外から声が聞こえてきた。
「は~い」
扉を開けると、さっき窓から見えた人が立っていた。やはりクレセント製菓の獣人の女性だ。
「掃除中でばたばたしていてすみません。どうぞ、中へ」
「ありがとうございます~。でも今日は依頼ではなくて、ちょっと確認しに来ただけなので、お掃除は続けててください」
依頼ではない。
わざわざ事務所まで来て、お菓子を届けるわけでもなく、依頼でもない。どういうことだろう。
「お菓子は明日じゃなかったの」
「あ、はい。明日お届けに上がります。ただ、新しいものをお渡しする前に、一応、前のお菓子の感想を伺っておきたくて」
女性は帽子のつばを少し下げた。話す速さが、店で会ったときより少し早い気がする。
「あ~、ごめんね。あんまり綺麗だから、次のが来るまでそこに飾ってたのよ」
お客様に対してどうかと思うが、先生は雑巾を絞りながらそう答えた。
「そうなんですね」
女性は棚を見上げて、飾ってあった箱を両手で持ち上げた。
「これ、うちの店名を冠したお菓子なんです。見栄えにはかなりこだわっていて」
そのとき、背後で何かが倒れる音がした。
振り返ると、マムちゃんが箒を巻き込んで床に転がっていた。積み上げていた本が三冊ほど崩れている。
「もう、マムちゃん」
私は箒を拾い上げ、本を積み直した。先生も「危ないでしょ」とぼやきながらそちらへ歩いていく。
「──食べるのがもったいないくらい、綺麗ですよね」
コトン、と音がして、箱が棚に戻された。
「お邪魔したら悪いので、感想はまた明日、お届けするときに伺いに来ますね」
女性はそう言うと、こちらが引き止める間もなく帰っていった。
「悪いことしましたかね」
「一筆書いて送っておくべきだったかもね。次はそうしましょ。──さて、片付け終わり!」
「まだまだ残ってますよ」
結局、夕陽が差し込む頃までかかってしまった。
片付けてみると、やはり年代物で価値のありそうなものがいくつも出てきた。私はそれを一つにまとめて、部屋の端に置いておいた。
「さて。治安院の方を呼んできますね」
「え~、私たちだけで充分でしょ~?」
「この狭い部屋で戦闘になったら、いくら先生でも厳しいですよ」
いきなり火魔法でも撃ち込まれたら、この広さでは避ける場所がない。こういうときは人数をかけて、外にも見張りを立ててもらうに限る。
たとえそれが、あまり仲のよろしくない担当官であっても。
私は上着を羽織りながら、頭の中でボルツさんの渋い顔を思い浮かべていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回更新は10月1日(木) 20:00更新を予定しています。
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