閑話:密室のプリン事件
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
「今年買ったものの中で、一番よかったのは何?」
「唐突ですね……ん~、本を開いたまま立てておける本立てですかね」
最近は家でも勉強をするようになった。そこで困っていたのが、本を押さえながら書き写す作業だ。
微妙な厚さの本は厄介で、どれだけ押し込んでも、手を離した途端にぱたんと閉じてしまう。
そこで話題になっていた本立てを買ってみたところ、これがよかった。下についたクリップで挟むだけで、開いたまま立っていてくれる。
読書には向かないかもしれない。けれど同じ頁を何十分も開いたままにする勉強には、これ以上ないくらい合っていた。
「最近よく売れてるやつね。私もちょっと気になってたのよ」
「先生が使うと、すぐ壊れそうですけど」
「私を何だと思ってるのよ。壊すわけないでしょ」
寝転がったまま片手で扱って、クリップの部分をべきりとやる姿が、あまりにもはっきり浮かんでしまった。
「先生が買ってよかったものは何ですか」
「冷蔵庫よ。魔力回路を組み替えれば、冬は温かいものを、夏は冷たいものを飲めるから快適なの」
「先生も同じものを持っていたんですね」
先日、うちの事務所にも同型の冷蔵庫を入れたばかりだった。
表向きは「お客様のために」ということになっている。実際に入っているのは先生のおやつばかりで、目的がそちらにあることは疑いようもない。
何が入っているかも把握していないだろうから、いつかお客様のお茶請けとして勝手に出してやろうと思っている。
「さて。そろそろおやつの時間~。ぷ・り・ん。ぷ・り・ん」
鼻歌まじりで、先生が冷蔵庫へ向かう。
「私の分もあるんですか?」
「あ、あ~……ごめん。一つしかない。限定品のクリーム入りホワイトプリン一人一個だったから」
クリーム入りのホワイトプリン。
何とも食欲をそそる甘美な名前のスイーツだ。
先生ほどではないが、特に生クリームには目がないので、思わず心の中の声が漏れて「え~」と不満の声をあげてしまう。
「うっ……分かったわよ。半分あげる」
「本当ですか! ありがとうございます!」
先生が甘いものを分けてくれるなど、そうあることではない。
普通のプリンなら食べたことがあるが、ホワイトプリンは初めてだった。どんな味なのだろう。
先生が冷蔵庫を開けて、容器を取り出す。
「これこれ。これを楽しみに今日は頑張ったのよ。どんな味か想像も──あれ……あ~~~っ!!」
「どうしました!?」
容器を目の高さに掲げた先生が、突然叫んだ。
「食べられてる」
「えっ」
「誰かに食べられてるのよ。ご丁寧に、元の形に戻してあるけど」
近寄って覗き込む。
蓋は閉まっているように見える。だがよく見れば、一度開けられて雑に戻された跡があった。そして中身は、きれいさっぱり消えていた。
「エフィぃぃぃぃ」
「わ、私じゃないですよ! 一緒に食べようとしてたんですから、私なわけないじゃないですか」
「じゃあ誰よ。昨日買ってきたんだから、犯人は昨日から今日にかけてここに入った人物ってことになるわ」
誰、と言われても心当たりがない。
その間に事務所を訪れたのは、依頼人の方が数名だけだ。営業時間中は私も先生もずっとここにいたし、依頼人が冷蔵庫を開ける隙などあるはずもない。
残るのは、事務所を閉めている夜間ということになる。
「証拠はここにあるわ。必ず犯人を挙げてやる」
先生はそう宣言すると、冷蔵庫の中と容器を、ぶつぶつ何かを呟きながら調べ始めた。
冷蔵庫の他のものは食べられていない。プリンがあることを知っていた可能性――
プリンのフィルムは、穴をあけていて、完全に剝がしていない――
中身は舐めるようにキレイに食べられている――
「冷蔵庫の他のものは食べられていない」その一言に、私は背筋が寒くなった。
これだけ雑多に詰め込まれている中で、まさか個数まで全部把握しているのだろうか。
お客様のお茶請けに出そうという計画は、今のうちに撤回しておいた方がよさそうだった。
「これは……」
「何か分かったんですか」
「マぁ~ムぅ~ちゃ~ん?」
くるりと振り返った先生が、部屋の隅へ向かって乾いた笑みを浮かべる。
「マ……マムぅ~」
マムちゃんは全身を使って首を振った。振りすぎて体ごと横に転がり、慌てて起き上がってまた振った。
「先生、落ち着いてください! マムちゃんの手では冷蔵庫を開けられませんよ。それにこんなに綺麗に食べられるとは思えません」
マムちゃんの手は四本指だ。物を掴むことはできるが、人間のように向かい合う親指がない。取っ手を握って引くのは難しいはずだった。
舌が長いわけでもないので、容器の底に残ったものを舐め取ることもできない。
そもそも、マーモットとチンチラのキメラである魔獣が、プリンを食べるという発想に至るだろうか。
「甘いわねぇ、エフィ」
先生が容器を持ち上げた。
「犯人はね、いくつも証拠を残しているのよ」
「証拠、ですか」
「まずはこれを見なさい」
先生が指したのは、蓋の下のフィルムだった。
「爪で穴を開けて、そこから先の細かい作業ができないから、歯を使って広げてる。ほら、縁に歯形」
顔を寄せると、確かにフィルムの縁が細かく波打っていた。小さな歯の跡が並んでいる。
それでも、取っ手の問題は残る。
「取っ手はどうしたんですか。手が届いたとしても、引けないはずです」
「冷蔵庫の中に紐が落ちてるのよ」
先生が摘まみ上げたのは、荷造りに使っていた紐の切れ端だった。
「手で引けないから、取っ手に結んで引いたのね。終わったら処分するつもりだったんでしょうけど、プリンに夢中で庫内に置き忘れた。そうでしょう?」
「で、でも、あんなに綺麗に食べるのは──」
「使い捨てのスプーンが一本足りないわ。これはまだ捨ててないはずだから、ゴミ箱を探せば出てくる」
金属のスプーンなら、数を覚えていても不思議ではない。
だが使い捨ての方まで数えているとなると、もはや別の恐怖があった。
「マムちゃん。もう言い逃れはできないわよ。白状しなさい」
ビシッと指を突きつけられ、マムちゃんは抵抗をやめた。
「マ……マムぅ~……」
しゅんと耳を伏せ、その場にうなだれる。
そもそも言葉を話せないのだから、黙っていれば白を切り通せるはずだ。それに魔獣なのだから、認めたところで罰を受ける筋合いもない。
「はぁ……まぁ、マムちゃんだから仕方ないわね。でも、しばらくおやつは抜きだから」 「マムぅ」
──と思っていたが、しっかり罰を受けるマムちゃんだった。
それにしても、マムちゃんがここまで知恵を回せるとは思わなかった。
賢い子だとは思っていた。けれど道具を使い、しかも証拠を処分しようとまでしていたとなると、賢いという言葉では収まりきらない気がする。
そこまで考えて、ふと、あの言葉を思い出した。
前世の記憶。
……まさか、ね。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回更新は9月29日(火) 20:00更新を予定しています。
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