エフィの記憶
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
「なぜ、私たちが殺されなければならないの!」
女の人の声が、部屋の中に響き渡った。
視界がはっきりしない。輪郭がぼやけていて、色だけが滲んで見える。
分かるのは、自分が誰かに抱きかかえられているということだけだった。腕に力がこもっていて、痛いくらいに抱き締められている。その人の心臓が、耳のすぐそばで速く打っていた。
その向こうに、黒ずくめの人影がいくつも立っている。
私と女の人の前に立ちはだかるようにして、もう一人、背の高い人が腕を広げていた。
「死にゆくお前らに言ってもしょうがないだろう。お前らにできることは、死ぬことだけだ」
黒い影のひとつが言った。
空気が重くなる。膨れ上がっていく魔力の気配を、肌が先に感じ取った。
私を抱いていた人が、体をひねってこちらを向く。私を背中で庇うように、覆いかぶさってくる。
その顔が、初めてはっきりと見えた。
「お母さん……?」
その瞬間、何かが弾けるように視界が白く光った。
*
目を開けると、自分の部屋の天井があった。
寝間着が汗で背中に張りついている。掛け布を握った指がこわばっていて、ほどくのに少し時間がかかった。
私の両親は、私が子供の頃に殺された。
現場を見ても、写真を見ても、二人が倒れている光景がそのまま頭の中で再生されてしまう。だから私は、そういうものに近づかないようにして生きてきた。
二人が倒れる前の記憶は、そっくり抜け落ちている。夢に見たことすら、今日が初めてだった。
「なんで今更……」
頬を伝うものがあって、私は自分が泣いていることに気づいた。
記憶がなかったせいだろうか。両親のことで悲しいと感じたことは、これまでほとんどなかった。だから今、こんなふうに涙が出てくることの方に戸惑ってしまう。
しばらく起き上がれないまま、私は布団の中で当時のことを手繰り寄せていた。
すると、封をしていたものが緩んだみたいに、断片が少しずつ浮かんできた。
両親に手を引かれて、廊下を歩いている。白くて、長い廊下だ。両側に同じ形の扉が並んでいる。
ある部屋に入る。白衣の人たちが何人もいて、両親と話している。
内容は覚えていない。ただ、途中から父の声が大きくなった。母が私の手を強く引いて、そのまま部屋を出た。
家に帰ってから、二人は何かの準備をしていた。棚の中身を鞄に詰めていた気がする。どこかへ行くつもりだったのだと思う。
そこに、賊が来た。
犯人たちはレイリア先生が捕らえていて、事件そのものは解決している。
分かっているのに、胸のあたりが重かった。
もし、私の記憶違いで犯人がまだ捕まっていないのだとしたら……
「ぷはぁ~。キンキンに冷えた果実ジュースは美味しいわね~。事務所に冷蔵庫、置いて正解だったわ」
先週から、事務所にも冷蔵庫が置かれている。備え付けの魔力回路を組み替えれば保温もできるという、なかなか便利な代物だ。
だけど、私は先生のいつもの陽気な声を聴いても、今朝のことが思い出されて暗い気持ちのままだった。
「エフィ。どうしたの。いつもなら突っ込みを入れてくるのに。それに、顔色が悪くない?」
私が事務所に入ってから、まだ一年ほどしか経っていない。
幼い頃から先生の設立した孤児院で育ってきたので、顔を合わせた回数だけならもっとずっと多い。とはいえ当時の私は人と話すような子供ではなかったし、先生の印象にも残っていないだろうと思っていた。
それにしては、よく見ている。
話すべきか、私は迷った。
事件はもう解決している。話したところで何かが変わるわけではないし、悲しい記憶を掘り返して良いことがあるとも思えない。
返事に困っていると、先生がもう一度、さっきよりも低い声で問いかけてきた。
「もしかして──記憶を思い出したの?」
なぜそこに行き着くのか、私には分からなかった。
ただ、その声には推測というより、ずっと前から用意していた問いを、ようやく口に出したような響きがあった。
「……はい。今朝、当時のことを夢に見て。それから考えているうちに、少しずつ思い出してきて」
「フラッシュバックはしなかった?」
「それはなかったです。ただ、今までにないくらい悲しい気持ちが湧いてきて、自分でも驚いていて」
孤児院にいた頃、私は何度もフラッシュバックを起こしていた。そのたびに息ができなくなって、床にうずくまっていた。
あの頃の私を、先生は知っている。
「そう。それなら良かった」
先生の声から、少しだけ力が抜けた。
「苦しいなら話さなくていいのだけど……どこまで思い出したの」
私は、今朝浮かんできたものを順番に話した。
白い廊下。並んだ扉。白衣の人たち。父の声。母に手を引かれて出たこと。家で鞄に何かを詰めていた二人。
犯人たちには尋問がされているはずだから、どれも先生の知っていることだろうと思っていた。
けれど、話の途中から、先生の顔が曇っていった。
相槌が減り、やがて完全に止まった。先生は机の上で指を組んで、私の話が終わってからも、しばらくそのままでいた。
「あの……もしよければ、両親が働いていた研究室を見てみたいのですが」
私はこれまで、両親のことを調べようとしてこなかった。知ろうともしてこなかった。
けれど記憶が戻ってみると、二人がどんな場所で働いていたのかを、どうしても知りたくなっていた。
「……そうね」
先生はすぐには頷かなかった。
「私も、一度はエフィを連れて行くべきだと思っていたから。エフィが良いなら、連れて行くわ」
迷ったのは、私がまたフラッシュバックを起こすのを恐れているからだろう。
いつもは自信に満ちている声が、このときばかりは、こちらの様子を窺うような響きをしていた。
「行きたいです。できれば、早めに」
記憶が鮮明なうちに知っておきたい。そう焦る気持ちがある。
それとは別に、胸の奥に薄く膜が張ったような不安な感じもあった。
その正体が何なのかは、このときの私には分からなかった。
「分かったわ。仕事はここまでにして、これから行きましょう」
先週はお休みして申し訳ございません。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回更新は9月17日(木) 20:00更新を予定しています。
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