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魔獣との遭遇

エルフ×探偵×魔法ミステリです。


日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。


気軽に読んでいただけたら嬉しいです。

カカオ畑への道は、収穫を人族に手伝ってもらっていることもあって、よく整備されていた。ここまでの道のりと同じく、危ない目に遭うこともなく到着することができた。


畑は想像以上に広い。立っている場所から見渡しても、端が見えなかった。

卸しているのは数店舗ほどだと聞いていたが、それでこれだけの面積になるらしい。これ以上の拡張は難しく、だからこそ今なお貴重なカカオなのだという。報酬の「一年分」が決して小さな額ではないことが、ここに来てようやく実感できた。


*


「こちらが害獣の足跡です」


案内人が示した先を覗き込む。

私の足よりも一回り大きく、指が五本ある。一見すると人のもののようにも見えるが、指先には爪の跡があった。そして、前と後ろで対になった跡が続いていて、四足で歩いていることがうかがえる。


足跡の周りには、カカオの実の残骸が転がっていた。器用に種と殻だけを残して、中身が抜き取られている。数えると、何十個とあった。

それだけではない。畑の土が、あちこちで掘り返されていた。

畝の間を大きくえぐったような穴が、いくつも空いている。深さはまちまちだ。膝が埋まるほどのものもあれば、表面を撫でただけで終わっているものもある。

掘って、途中でやめて、また別の場所を掘る。そんな繰り返しに見えた。

先生はしゃがみ込んで、穴のひとつに手を差し入れた。指で土をこすり、匂いを嗅ぎ、魔力感知を行う。


「う~ん。これはちょっとまずいかも」

「どんな動物か分かったんですか」

「足跡から判断すると熊なんだけど、この大きさの熊はここら辺に住んでいないから熊型の魔獣ね。痕跡を見る限り『ソイルベアー』かもしれない」


魔獣とは、基本的に魔力を持った獣のことだ。

すべてが解明されているわけではないが、動物が魔力によって変容したものだと考えられている。

ソイルベアーは、熊が変容したものだ。体格が通常の熊よりもはるかに大きく、土魔法を使うことで知られる。熊の性質も残していて、冬になれば冬眠する。

ただし、その冬眠の仕方が変わっている。自分の好む土を探し出し、自分で掘って、そこに潜るのだという。


「……好む土を、探す」


私はもう一度、掘り返された穴を見た。


「そういうこと」


先生は手についた土を払って立ち上がった。


「ソイルベアーは単独行動だけど、縄張り意識が強いの。畑を二倍に広げたって言ってたでしょ。おそらくその拡張分が、こいつの縄張りに食い込んだ。それと、冬眠に備えるためにカカオ畑を荒らしているといったところね」


今まで人的被害がなかったことは運が良かっただけであって、早急に対処しないと妖精族の村まで襲われてしまう可能性があるとの先生の見立てだ。

森を開拓したことによって、元々食べていたものが減り、カカオの実を代わりに食べた。

そして、そのカカオの実の保存先が妖精族の村にあるため、畑だけで足りなかったら村にまで来る可能性があるとのことだった。


「では、村の方々に一度避難していただいては」

「無理よ。この畑、妖精族が魔力を流し続けてるから晩秋まで実がなるの。何日も離れたら、畑が全部枯れる」


村を空けることはできない。それは、逃げ場がないということだった。


*


「大型の魔獣は、私たちだけでは手に負えないのでは……」

「そうね。でも応援を呼ぶにも、最低でも数日はかかる。その間に被害が出ないとも限らない。危険だけど、何とかするしかないわ」


猶予があるのなら、応援を待つ間に畑や村の周りへ罠を張るという手もある。

だがこの広さでは、仕掛け終わるまでに何日もかかってしまう。作業中に奇襲を受ける方がよほど危険だ。それならこちらから探し出して対処する方がいい、という結論になった。


「駆除までは依頼されていませんが」

「追加でもらうわよ。カカオ二年分」


先生はそう言って、少しだけ笑った。笑ってはいたけれど、足跡から目を離していなかった。


*


足跡が帰っていった方角に目星をつけ、魔力探知を行うことになった。

魔獣は人と違い、妖精族と同じように魔力を無意識に垂れ流している。だから魔力探知が有効なのだが、術者の魔力消費が大きく、長時間は続けられないらしい。

そこで先生は、私に一つの魔道具を渡してきた。


「エフィ。魔力は充填してあるから、これ使ってくれる?」

「これは何ですか」

「魔力探知の魔道具。このボタンを押すと魔力が流れて、大きい魔力がある方に向けると音が鳴るわ」


探知範囲は一キロほど。まずはこれで方角を絞り、音が大きくなったところで先生の魔力探知に切り替える手順だ。


私は魔道具を左右に振りながら先頭を歩いた。

これまでの街道とは違い、獣道を進むので歩みがひどく遅い。危険な草木などは、先生が都度注意してくれる。

危険な虫もいるらしいが、私は元々虫が嫌いで、先生に言われるまでもなく気付いて避けて歩いていた。


*


ガガガッ


道に迷わないよう、畑から同じ方角へ真っ直ぐ進んできた。その進路の左斜め前へ魔道具を向けたとき、初めて音が鳴った。


「あっちに大きい魔力があるみたいね。目印を残して、そっちに向かいましょう」


先生が木の幹に指を滑らせると、樹皮に浅い傷がついた。

音は進むごとに大きくなっていく。やがて先生が「ここから私が探る」と言い、魔道具のボタンから私の指を外させた。


そこからの歩みは、それまでとは比べものにならないほど慎重だった。

魔力探知で分かるのは、魔力の大きさと方角だけだ。それが目的の魔獣かどうかは、結局のところ目で見て確かめるしかない。

先生が足を止めて、木の陰にしゃがんだ。


「いたわ。やはりソイルベアー」


木々が邪魔をして視界が悪い。だから、思っていたよりずっと近くにその姿があることに、私は数秒遅れて気づいた。

四足で立っているので全長は分からないが、背の高さだけで二メートルは超えている。全身が黒に近い茶で、毛の間に乾いた土がこびりついていた。

そして、その頭には二本の大きな角が生えていた。前方へ向かって、まっすぐに。

あれで突かれたら、という想像が勝手に浮かんで、私は口の中の唾を飲み込んだ。


「手筈通り、土魔法で逃げられないようにして、水魔法で氷漬けにする」

「相手も土魔法を使うんですよね」

「使うわ。だから離れていたとしても絶対に目を離さないで」


先生は腰を落とし、木の陰から音もなく前へ出た。

エルフというより、森そのものの一部が動いているようだった。落ち葉を踏む音も、枝を払う音もしない。息遣いすら聞こえない。

私は動かないよう、その背中を目で追っていた。


そのとき、腕の近くで何かが蠢いた。


「ひっ!」


見ると、手のひらほどもある蜘蛛が、いつの間にか私の腕を這っていた。

振り払ってから、しまった、と思った。

顔を上げるとソイルベアーがこちらを振り返っていた。

黒い巨体が、地面を蹴った。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


次回更新は9月1日(火) 20:00更新を予定しています。


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