妖精の森へ
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
「いや~、空気が美味しいわ~。森に帰ってきたって感じがする」
先生は両手を広げて、大きく息を吸い込んだ。
今日は妖精族からの依頼で、フェアリーカカオの生産地へ向かっている。
普通のカカオは夏から初秋にかけて実をつけるが、フェアリーカカオは特別で、妖精族の魔力を流すことで晩秋まで育つ。実の香りが強く、加工した菓子は王都でも一級品として扱われている。
「先生。今朝、依頼書を見た瞬間に『行くわ』って即答してましたよね」
「森が恋しかっただけよ」
「報酬の欄を三度読み返してからでしたけど」
「……森が恋しかっただけよ」
依頼書の報酬欄には、規定の額に加えて「フェアリーカカオ製品一年分」と書かれていた。
生息地までの道は整備されているが、森の中ということもあってかなり涼しい。紅葉は終わりかけているものの、まだ赤や黄が残っていて、見上げるたびに色が変わる。
このあたりの草木は変わっている。可愛いもの好きの私にとっては宝庫のようだった。
あそこに咲いている花なんて、ピンと張ったピンクの花びらが二片立っていて、まるで兎のような形をしている。特に口元に見える、朱で塗ったような小さな花弁が、拗ねているような顔に見せていた。
近くで見ようと屈み込んだところで、腕を勢いよく引かれた。
「どうしました!?」
「バカ! 迂闊に怪しい花へ近づかない!」
「可愛い花だと思って……」
「この花はアシッドフラワーよ。ちょっと見てて」
先生は懐から布を取り出すと、花の前でひらひらと振って見せた。
さっきまで拗ねた口元にしか見えなかった赤い部分が、ぬるりと伸びた。触手のように布に絡みつく。
先生が少し間を置いてから引っ張ると、絡みついた部分の周囲が、ぼろぼろと崩れ落ちた。
「動いてるものに反応して触手を伸ばして、捕まえて、酸で溶かして吸収する。それがこの花のやり方。足に付くくらいならまだいいけど、目に入ったら最悪失明するわよ」
さっき、この花に顔を近づけようとしていたことを思い出し、ぞっとする。
そういえば前日、ズボンの下にもう一枚履くようにと何度も言われていた。こういう植物がいるからだったのだろう。
「人が開拓した森ならまだしも、手が入っていないこういう森を舐めちゃダメよ。これだけじゃないんだから。傷口にちょっと入っただけで死ぬ毒蜜みたいなのもあるし、そう簡単に草木へ触らないこと」
*
先生の話を聞いてから、私は一歩ごとに足元を確かめて歩くようになった。
そうやって観察していると、今まで可愛い、綺麗だと思って眺めていた花が、鋭い葉を持っていたり、棘だらけの茎から生えていたりすることに気づく。
それに気づいてしまうと、もう気づく前には戻れなかった。
「エフィ。そんなに不安そうな顔で歩かなくても大丈夫よ。最低限気を付けてってだけの話だし、整備された道から外れなければ危険はないから。ハイキング気分で楽しく行きましょ」
エルフの先生にとって、森は住処と言っても過言ではない。
けれど、ハーフエルフの私にとってはそうではなかった。彩り豊かだった森が、数分のうちにまるで別の場所に変わってしまっている。私の中で急に不気味な森へと変容したことで、そう簡単に恐怖心がなくなることはなさそうだった。
*
用心しながら何時間か歩き続けていると、道の先が開けているのが見えた。
「やっと着いた~。思ったより遠かったわ」
「これが妖精族の村……花がいっぱいで、想像通り綺麗な村ですね」
木々の間に、家屋がいくつも並んでいる。成人男性の背丈の半分より少し大きいくらいだろうか。窓が上下に二段あるので、中は階層に分かれているのかもしれない。
「このまま入ると、踏み潰してしまいそうですね」
「さすがにそんな間抜けな妖精族はいないでしょ。昔ならいざ知らず、今の子は慣れてるわよ。でも、とりあえず声掛けはしましょ」
「害獣の調査に参りました、エルフ探偵事務所の者です」
私が声をかけると、家々の間から一人の妖精族が現れた。
私の顔くらいの大きさで、背中にはうっすらと光る羽を携えている。この光は魔力が流れているからで、羽ばたきだけでなく、風魔法を無意識に併用して飛んでいるのだという。
「レイリア先生ですか。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
案内されて奥へ進むと、他の家とは明らかに大きさの違う小屋があった。フェアリーカカオの行商人のために建ててもらったものらしい。
中では、妖精族の長が椅子に座って待っていた。
セラ、という名前だった。妖精族も歳を取らないのか、案内してくれた人と変わらない、可愛らしい見た目をしている。
「害獣の調査とお聞きしていますが、詳しく教えていただけますか」
「おかげさまでカカオの売り上げが好調で、生産を増やさねばならなくなりまして。畑を二倍ほどに広げたのです」
セラは小さな手を膝の上で組んだ。
「しばらくは良かったのですが、ひと月ほど前から、畑を荒らされるようになりました」 「害獣の姿は見ましたか」
「今のところはまだ……ただ、残った足跡がかなり大きくて。これは私たちの手には余ると判断して、依頼させていただきました」
妖精族は魔力の扱いに長けていて、ある程度の攻撃魔法なら使える。だが体の小ささから、大型の魔獣を相手にするのは難しい。調査だけでも、出くわせば命がけになる。
「ひとつ、腑に落ちないことがあるのです」
セラが顔を上げた。
「畑はひどく荒らされていて、実も食べられてはいるのですが、踏み荒らして、掘り返しています。食べるため以外にも何か目的があるような……」
先生の手が止まった。
すぐに元の調子に戻って、「なるほどねぇ」と気の抜けた相槌を打つ。けれど、返事をする前の一拍が、いつもより長かった。
「分かりました。では足跡を確認したいので、畑まで案内していただけますか」
*
大型魔獣となれば、腕の立つ者が数人がかりで当たるのが普通だ。
今回は調査までで、駆除は依頼されていない。それでも、鉢合わせてしまえば戦わざるを得ない。そしてこの場で戦えるのは、先生と妖精族だけだ。
幾ばくかの不安を抱え、私たちはカカオ畑へと向かった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回更新は8月27日(木) 20:00更新を予定しています。
体調が悪くもしかしたら、8月27日はスキップするかもしれません。
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