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踊らされていたのは

エルフ×探偵×魔法ミステリです。


日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。


気軽に読んでいただけたら嬉しいです。

「出てこい! ルドルフ・グスタフ侯爵! 貴様に裁きの鉄槌をくだしてやる」


扉から先頭で入ってきた男が、剣をかざして叫んだ。

暗がりで細部までは分からない。立派な体格に、束ねずに垂らした長い髪。着ているのは白のローブ──中央に青の菱形が入った、魔法師団の制服だ。

両側の扉に、同じローブの男たちが立っている。数えると八人。全員が広間を見渡し、招待客の中に誰かを探していた。


「サットン。馬鹿なことはやめろ。あとは我々が片を付ける」


人垣を割って前に出たのは、現魔法師団長のアルフレッドだった。

証拠がなければ拘束はできない。だからあらゆる手を尽くして、事を起こさせまいとしてきた。それが団長だったと、先生から聞いている。その端正な顔が、いま、わずかに歪んでいた。


「団長。私たちはこの半年、何度も陳情してきました。ですが、何の進展もない」


サットンと呼ばれた男の声は、驚くほど静かだった。


「今この瞬間も、私の娘は苦しんでいます。もう耐えられません」

「もう少しで終わる。だから──」

「問答無用!」


サットンが床に手をついた。


「《アースバインド》」


団長の足元の石が割れ、蔦のようにうねりながら伸び上がる。だが団長は既に後ろへ跳んでいた。


「《ウィンドエッジ》」


薄く鋭い風が走り、石の蔦が根元から断ち切られる。散った破片が絨毯を裂き、卓の脚を削った。


「サットン! ルドルフがいたぞ!」


団員の一人が、一人の貴族を指差した。

裕福そうな、恰幅のいい中年の男。人影に身を隠そうとしていたが、その体を隠しきれていなかった。


「は……早くその賊を捕らえよっ」


怯えた顔で、先生と団長の方を見ながら叫ぶ。

その声に応えるように、先生と団長、そして副団長の三人が、ルドルフと襲撃者たちの間に割って入った。

散らばって探していたサットンたちが、一斉に中央へ集まってくる。八人。こちらは三人。


扉のそばには、まだ何人かの魔法師団員が残っていた。呆然と立ち尽くしたまま、どちらにつけばいいのか分からない様子で目を泳がせている。団長が一声かければ、あの人たちは動くはずだ。

けれど団長は、彼らを見ようともしなかった。

以前、先生は言っていた。練度が低く属性が限られていても、複数を同時に相手取るのは相当に厳しい、と。それを聞いていたからこそ、団長が沈黙を選んだことが分からなかった。


「《アースウォール》」

私たちのすぐ手前で床がせり上がり、貴族たちと戦場を隔てる分厚い石の壁になる。


「壁の後ろに隠れて! そこから出たら命の保証はしない」


反対側にいた貴族たちは、我先にと廊下へ逃げ出していた。それに釣られて、せっかくの壁から離れようとした人たちを先生の怒号が押し止める。


*


戦闘は、私の想像していたものとまるで違った。

派手な光が飛び交うのだろうと思っていた。実際には、音が少ない。詠唱の短い声と、石が擦れる音と、風が空気を裂く音。それが絶え間なく重なって、途切れない。


団員の一人が、倒れた卓から広がった酒だまりに手をやった。

「《アイスアイビー》」

液体が凍り、蔦の形をとって先生へ伸びる。先生は詠唱の途中で既に横へ跳んでいた。

跳んだ先へ、待ち構えていたように爆風が飛んでくる。

「《ウィンドウォール》」

先生の正面で空気が渦を巻き、爆風を受け止めて散らした。ドレスの裾が煽られ、髪が乱れる。

見ているうちに、型が分かってきた。

一手目は魔法を使わず、体だけでかわす。かわしきれない二手目に、初めて魔法で防ぐ。

相手の魔法の発動は、先生ほど速くない。だから避けられる。けれど二人・三人が代わる代わる撃ってくるので、先生の手が空かない。防いだ次の瞬間には、もう次が来ている。

攻撃に転じる余裕が、まるでなかった。


団長と副団長も同じだった。二倍以上の数を相手に押し込まれていく。三人の距離が少しずつ開き、間にサットンたちが割り込んで、やがて完全に分断された。


それでも誰も倒れないのは、双方が相手を殺すつもりも、招待客を巻き込むつもりもないからだった。使われているのは拘束と、無力化のための魔法ばかりだ。

けれど、それは同時に、この状況を覆す手がないということでもある。

じりじりと壁際まで押された先生の背中を見ながら、私は壁の縁を掴んでいた。


*


誰の目にも、こちらの敗色が濃くなってきた頃だった。

団長と副団長が、飛んできた魔法をかわしながら、同時に前へ突っ込んだ。


「サットン! 悪いが、攻撃させてもらう」


言うが早いか、団長がゆったりとした動作で床に手を置く。

「《フレイムピラー》」

前方の床が裂け、巨大な火柱が噴き上がった。

熱が壁越しにも届く。天井の飾りが焦げ、視界がぐらりと歪む。悲鳴が上がり、壁の後ろで人が身を伏せた。

そこへ副団長の風が吹き込んだ。火柱が引き伸ばされ、渦を巻いて広間を舐める。サットンたちは炎に押されるように後ずさり、互いの背が触れ合うほど中央に集まった。


その瞬間、サットンたちが一斉に手を上げた。

「《ロックチェイン》」

団長と副団長の足元から石の鎖が跳ね上がり、二人の腕と胴を締め上げる。火柱が途切れ、風が止み、広間が静まり返った。


「団長。申し訳ないが、これで終わりだ。後で罰は受ける」


サットンが背を向けた。

その背中の向こうから、遅れて先生が突っ込んでいた。

炎の名残の中を、ドレスの裾を翻して低く駆ける。中央の手前で膝をつき、手のひらを床に押しつけた。


「──ようやくね」


外側から流れ込んでいた光がすべて中心に集まり、サットンたちの足元で弾ける。膨れ上がった魔法陣の輪郭が、彼らを囲むように立ち上がった。


「しまった、トラップか――」


床から岩が生え、蔦のように伸び、八人の体を残らず絡め取っていく。

数秒で、広間は静かになった。


「ふぅ。なんとかなったわね」


先生は立ち上がって、団長と副団長の鎖を解いた。それから心底疲れたという顔で、ため息をついた。


*


「終わったか。さっさとそいつらを処刑しろ。貴族が集まる場所でこのような犯行を行うなど、大罪だぞ」


壁の陰から出てきたルドルフが、拘束された八人に侮蔑の目を向けて言い放つ。


「くそっ。ルドルフ! どんな手を使ってでも必ず殺してやる!」

「ふん。こんな状況でどうやってやるんだ。貴様らはこの後すぐ処刑される。親族諸共、お前らはここで終わりだ」


サットンの顔には、憎悪と悔しさが入り混じっていた。ルドルフはそれを見下ろして、勝ち誇った表情を隠しもしない。

もう終わりだとばかりに、ルドルフが広間を出ていこうとする。


「待て」


扉から入ってきた誰かが、一言だけ発した。

その場にいた全員が、はっとした顔を浮かべ、次の瞬間には膝をついていた。私はこれほど近くで見たことがなかったので、他の人より遅れて同じように跪いた。

この国の王、エドワルド・レグナード国王だった。


「国王……」


ルドルフだけが、動揺したように立ち尽くしている。


「ルドルフ侯爵。この国の法については知っているな」

「は、はい……」

「ならば、奴隷売買が禁じられていることも、当然知っているはずだ」

「わ……私は、奴隷売買など誓っておりません。何のことだかさっぱり……」

「黙れ!」


怒鳴られて、ようやく自分の立たされている場所を理解したのだろう。ルドルフは他の者と同じように、慌ててその場に膝をついた。


「私がわざわざここまで出向いているのだ。当然、調べはついている。侯爵であろうと、この国の法に従ってもらう」


ルドルフはそれきり黙り、連行されていった。

拘束されたままのサットンが、国王を見上げていた。何かを言おうと口を開き、そのまま声にならずに閉じる。岩に絡め取られた肩が、小さく震えていた。


*


ルドルフは、奴隷売買の罪だけでなく、その扱いにも問題があったらしく、法に従って厳しく罰せられることになった。

一方、襲撃をしたサットンたちは、ルドルフの悪事を暴く機会を設けるために演技をしていた、ということになった。表立って罰せられることはないらしい。ただし規律違反は免れず、裏では相応の奉仕が命じられているという。


こうなったのは、アルフレッド団長と副団長が事前に根回しをしていた結果だった。国としても、証拠を集め終えるまで余計な動きをされたくない事情があり、団長たちと協力して事を進めていたのだそうだ。

囚われていた人たちは、屋敷の地下から全員が保護された。サットンさんの娘さんもその中にいたと聞いている。


「団長と副団長が拘束されたときは、本当に終わったと思いました。あまり心配させないでください」

「ごめんごめん。魔法師団の団員から漏れることも考えて、作戦は団長と副団長と私の三人だけの秘密だったから」


事務所に戻り、ドレスを脱いで、ようやく人心地ついたところだった。先生は椅子に沈み込んで、マムちゃんに串焼きの端を分けている。


それなりの手練れである魔法師団員を、複数人、誰にも怪我をさせずに拘束する。そんなことは正面からでは不可能で、罠に嵌める以外に方法がなかったのだという。事前に会場を調べていたのが先生と団長たちだけで、他の者を部屋に入れさせなかったのも、そういうことだった。


扉のそばにいた団員たちを団長が呼ばなかった理由も、これでようやく分かった。呼べば、彼らも作戦を知らないまま戦うことになる。そして、後から「演技だった」で済ませることができなくなる。

あの広間で本当に守られていたのは、ルドルフではなかった。


「それにしても、団員の方たちの処遇が大したことなくて良かったですね」

「そうねぇ。残念だったのは、まともにエフィのダンス姿を見られなかったことだけだわ」


実は、ダンスの誘いがあって一度だけ踊ったのだが、先生も同時に踊りに誘われていたため、私が踊っている姿が見れなかったようだった。


「まぁ、次の機会を楽しみにしているわ」


相手をしてくれた貴族の、あの苦い顔を思い出す。

私としては、そんな機会が二度と訪れないことを願うばかりだった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


次回更新は8月20日(木) 20:00更新を予定しています。


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