舞踏会への招待
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
「先生。本に写真が挟まれてましたけど」
事務所の衣替えも兼ねて、今日は大掃除の日だ。
事務所の本棚には資料と本がぎっしり詰まっている。季節の変わり目くらいしか手をつけないものだから、上の段の本には指でなぞれるほど埃が積もっていた。
ついでに並べ替えもしようと一冊ずつ抜き出していると、間から一枚の紙がひらりと落ちて、私の足元で止まった。
拾い上げてみると写真だった。
大広間らしき場所で、白いドレスを着た女性が立っている。髪はきっちりと結い上げられ、耳飾りが光を弾いていた。背筋を伸ばして正面を見据えるその立ち姿は、どこか作り物めいて見える。顔立ちは間違いなく先生なのに、普段の姿とあまりに違いすぎて、同じ人物だと言い切る自信が持てない。
「ん~、どれどれ……」
床に転がって本のページを団扇代わりにしていた先生が、のそりと起き上がって覗き込んでくる。次の瞬間、私の手から写真がなくなっていた。
「エフィ。勝手に見てはダメじゃない」
「本の間から落ちてきたので、拾っただけなんですが」
先生は写真を背中に隠したまま、ずるずると本棚の陰まで後退していく。マムちゃんがその動きを目で追い、面白い遊びが始まったと思ったのか、先生の足元にまとわりついた。
私は落ちてきた本の背表紙に目をやると、著者の欄に先生の名前がある。その隣には、先日先生が話していた同僚の名前も並んでいた。題名は『前世の記憶』。
「……そうね。その本を出したときの記念パーティーよ」
先生は諦めたように写真を机に置いた。
「出版には色んな人が関わってるから、仕方なく出たの。ドレスなんて堅苦しいものは着たくないのよねぇ」
そう言いながら、先生は襟元のボタンを二つ外した。今の格好はボタンを外すほど窮屈でもないのに、ドレスの話をしただけで息苦しくなったらしい。
そういえば、先生は今でも王宮に出向いたり魔法研究所に足を運んだりしているけれど、きちんとした格好で出かけるのを見たことがない。小綺麗ではあるが、正装と呼べるものは一度も着ていない。
「エフィ、その本はいちばん上の段に戻しておいて。手が届かないところがいいわ」
「届かないところに置くと、掃除のときに私が困るんですが」
「じゃあ埃をかぶらせておいて」
マムちゃんが本棚に飛び乗った拍子に、上の段の埃がふわりと舞い落ちる。先生が大袈裟にくしゃみをした。窓を開けようと私が近づいたところで、外の様子がいつもと違うことに気づいた。
「……何でしょうか」
事務所の前の通りは、人通りが多い場所ではない。それなのに、通りの端から端まで人がひしめいて、ざわめきが上がっていた。人垣の中心には、王家の紋章を掲げた豪奢な馬車が停まっている。
この国では、王族や貴族が権威を振りかざすことのないよう、この手の馬車を街中に出さないようにしている。他国への遠征などで大通りを通ることはあるけれど、こんな路地に現れることは滅多にない。人が集まるのも無理はなかった。
何事かと振り返ると、先生はこの世の終わりのような顔をしていた。
やがて事務所の階下でドタドタと足音が響き、扉を叩く音が続いた。
「失礼します」
丁寧な声とともに扉が開く。街の人たちとは明らかに一線を画す、皺ひとつない礼装の一団が入ってきた。
「こちらはレイリア先生のいらっしゃる、エルフ探偵事務所で間違いないでしょうか」 「そうですけど……何か御用でしょうか」
先生は扉の音を聞いた瞬間に机の下へ潜り込んでいた。机の脚の陰から手だけを出し、しきりに横に振っている。「いない」と言え、ということらしい。マムちゃんも一緒に潜り込んで、先生の膝の上で丸くなった。
「王宮で開かれる舞踏会への招待状をお持ちしました。それと言伝がございますので、直接レイリア先生とお話しさせていただきたく、参上した次第です」
「なるほど、承知いたしました。先生はそちらにおりますので、どうぞおかけください」
机の下から、うめき声とも溜め息ともつかない音が漏れた。
王家の使者に嘘をついているのがばれたら、どうなるのかわかったものではない。それに、事務所にいることを確認もせず、わざわざ王家の馬車で来るとは思えなかった。
先生は観念したらしく、机の下から這い出てきた。膝の上のマムちゃんを抱えたまま椅子に座り、露骨に嫌そうな顔で使者を見上げる。王家の使者に対して失礼極まりない態度だが、使者の方は眉ひとつ動かさなかった。慣れているのかもしれない。
「……舞踏会ね。この時期だと、王女殿下の誕生会で開かれるものかしら。毎年断ってるはずだけど、わざわざ王家の馬車で来たのは何事?」
毎年招かれていることにも驚いたが、それを毎年断っていることにはもっと驚いた。この手のパーティーは、よほどの事情がなければ断れるものではない。それが許されているというだけで、国にとっての先生の位置づけがうかがえる。
今までは招待状だけだったものが、今年は馬車で来た。断る余地を残さないためだろう。面子にも関わる話だ。先生がここで断りやしないかと、私は指先を握り込んだ。
「先ほども申し上げましたが、今回は特別な事情がございまして、直接お伝えしなければならないことがあり、こちらへ参りました」
「わざわざ王家の馬車で来た説明にはなってないけど……まぁ、『王家の者が私に用があった』ことを外に知らせる目的、ってところかしらね」
「ご推察の通りでございます」
内密の話なら、身分を隠して訪ねてきた方が都合がいいはずだ。それをわざわざ通りに人だかりができるやり方で来た。
「それで、用件は?」
「できればレイリア先生おひとりにお伝えしたいのですが」
「助手だから隠し事はしたくないのだけど……内容次第ね。私が隠すべきと判断したものは話さない。それ以外は伝えるわ。それでいい?」
「はい。それで構いません」
「そういうわけだから」と先生に促され、私は使者のお付きの方と一緒に、馬車で待つように言われた。
王家の馬車に乗る機会など当然ない。硬い座面に浅く腰かけ、天井の細工を眺めるふりをしながら、事務所の窓に何度も目をやった。姫様に関わる話だろうか。それとも、先生を誰かに会わせるための呼び出しか。いくつか並べてみたが、どれも手応えがなかった。
話は長くはかからなかった。三十分ほどで使者が出てきて、私に軽く会釈をする。馬車が動き出し、人垣が散っていく音を背中で聞きながら、私は階段を上がった。
事務所に戻ると、先生は椅子に座ったまま、机の一点を見ていた。写真はもう片付けられていて、代わりに白い封筒が置かれている。
「……先生?」
「ん。ちょっと整理してから話すから、少し待ってくれる?」
先生は封筒の端を指でなぞり、それから裏返した。膝の上のマムちゃんが顔を上げても、頭を撫でようとはしなかった。
「今回はあまり、あなたを巻き込みたくないのだけど」
先生が切り出したその依頼は、私が馬車の中で並べたどの想像とも、まるで違うものだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回更新は8月13日(木) 20:00更新を予定しています。
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