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がらくたと、身に覚えのない罪

エルフ×探偵×魔法ミステリです。


日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。


気軽に読んでいただけたら嬉しいです。

「先生。このがらくたどうするんですか」


 先日からキメラのマムちゃんの自動餌やり機の試作品……というより、ゴミの山が事務所の端っこに山のように積み上がっていた。

 普通の動物なら問題にならないようなことも、マムちゃん対策で色々とやった結果、いくつもの試作を重ね、やっと出来上がったものの、商品にするにはコストが高くなりすぎたようだ。


「がらくたじゃないわよ~。失敗品と言ってちょうだい」

「どっちでもいいですが、結構場所取ってて邪魔なんですが」

「魔道具は捨てるの大変なのよ。再利用できるものとできないものを分けなきゃいけないし、魔力回路は機密情報の塊だから、そこら辺に捨てられないし」


 機密情報をそこら辺の端っこに積み上げている本人が言っていると説得力のかけらもないが、特許取得前の試作品には魔力回路だけでなく、機密情報が沢山ある。

 一般の人にも広く知られたり、使われたりしてしまったら、もうその特許を取ることができず、誰もかれもが使いたい放題となってしまう。

 そのようなものを依頼人も来るような事務所に放置してもらいたくないのだが……


「じゃあ、いつ処分するんですか」

「そのうち」

「先日も同じことを聞いた気がします」

「先日のわたしも、たぶん同じことを言ったわね」


 悪びれる様子もなく、先生はソファの上で丸くなった。金色の髪が背もたれから流れ落ちている。千年生きているというのに、この人はどうしてこう、片付けだけは千年ぶん先延ばしにできるのだろうか。


 *


 そんなことを話していると、からん、という音と共に事務所に誰かが入ってきた。


「こちらエルフ探偵事務所ですが、何か御用でしょうか?」


 私は咄嗟に反応し、丁寧な言葉で迎える。そこには一人の老婆らしき人がいた。


「あの~、調査してもらいたいことがあるのですが……」


 年齢は七十歳ぐらいだろうか。顔には深く皺が刻み込まれた長い白髪のおばあさんだった。その顔に似合わず背筋はピンとしており、足取りや言葉なども、そこまでの年齢を感じさせなかった。


「依頼ですね。では、こちらにおかけください」


 おばあさんをソファに座らせ、私は客用のお茶と少し高価な茶菓子を出し、「どうぞ」と声をかける。

 この茶菓子はお礼でもらったものであり、先生はすぐに食べたがっていたものの、「次の依頼人に出します」と言って、しまっておいたものだった。


 こういうとき、普通はお客様から手を付けてもらうものだが、先生はお構いなくボリボリと茶菓子を食べ始める。

 先に食べることで相手も気兼ねなく食べられるようにする、という気遣いなのかもしれないが、怒る人もいるので内心ヒヤヒヤしている。少なくとも今の食べ方に気遣いの要素は一片も見当たらなかった。


「それで今日はどういった依頼ですか?」


 先生がひょいひょいと茶菓子をどんどん食べるものだから、依頼人が一瞬怪訝な顔をしたが、促されるままに話し始める。


「申し遅れました。マーサ・ロウェンと申します。──私の夫がこの前、あらぬ容疑で捕まってしまって、再調査を依頼したいのです」

「なるほど……しかし、捕まったということは、何か疑わしいことをしたのでしょうか?」

「特に何も……」


 捕まった、ということは現行犯逮捕か、それとも確たる証拠品があるか、どちらかの場合だが、基本的に捕まったということは、私たち探偵業務の範疇ではないかもしれない。


 だが、続く言葉に、茶菓子を食べていた先生の動きが止まることになる。


「魔法学院で開かれた、高齢者ができる仕事、という講義に参加するために、一時的に魔力登録をしたのですが、それが脱走した犯罪者の魔力と同じだ、ということで捕まってしまい……」

「昔に何か犯罪行為を犯したということはないでしょうか?」

「いえ、幼馴染でもありますし、牢獄に入れられた時があれば私にも伝わっているはずです」


 先ほどまで、隣でだらけきった雰囲気を醸し出していた先生が、急に緊張感を持った真剣な眼差しに変貌した。

 老婆の言葉に何か引っかかるものでもあったのだろうか。先生が、緊迫感の溢れる声で質問する。


「脱走した犯罪者の名前は聞きましたか? 何年前に脱走した犯罪者ですか?」


 その声の温度に、マーサさんが少し身を引いた。無理もない。ついさっきまで茶菓子を頬張っていた娘のような姿の女が、まったく別人の顔でそこに座っているのだから。


「え、ええ……確か、ヴァルド・ケイン、と。──脱走したのは、二百年ほど前だと聞きました」


 空気が、動かなくなった。

 先生は表情を変えなかった。ただ、指先の茶菓子を皿に戻し、それきり二度と手を伸ばさなかった。この人が食べかけを置くところを、私は初めて見た。


「ご主人のお名前は」

「ギルド・ロウェンです。ギル、と呼んでおります」

「歳は」

「私と同じ、七十二です。生まれた村も同じで、子供の頃からずっと一緒でした」


「二百年前、その人はまだ生まれてすらいない」


私の口から、思わず言葉が漏れた。


「魔力が一致するなんて、そんなことが……」

「ありえない」


先生が短く言った。

「魔力の一致は、指紋の一致と同じ。他人の空似では済まない。──だから治安院は捕まえた。手続きとしては、正しいのよ」


 マーサさんの肩が落ちる。先生はそれを見て、ほんの少しだけ声を和らげた。


「マーサさん。ご主人のこと、少し聞かせてもらえますか。癖でも、体のことでも、何でもいいです。細かいほど助かります」


 マーサさんは、しばらく考えてから、ぽつぽつと話し出した。

 ギルドさんは村の畑仕事を長く続けてきた人で、字はあまり得意ではないという。それでも自分の名前だけは書けるが、「ド」の字を書くとき、いつも最後の一画をくるりと巻き込むように書く。村の誰とも違う書き方で、若い頃にマーサさんがからかったことがあるらしい。


 左の脇腹に、細く長い傷痕がある。本人は「若い頃に鎌で切った」と言っているが、いつのことか、はっきりとは覚えていない。


 寝言をよく言う。同じ言葉ばかり繰り返す。ここではない、ここではない、と。

 その三つ目を聞いたとき、先生の目が、ゆっくりと動いた。


「──ここではない、ですか」

「ええ。若い頃からずっと。うなされているわけでもないのに、毎晩のように」


 先生は、それきり何も言わなかった。窓のほうを見て、しばらく黙っていた。

 私は、その横顔から目を離せなかった。二百年前。先生が探偵になるきっかけとなった、あの事件と同じ年月。先生が今も追い続けている、あの一件と。


「先生」

「受けるわ」


 先生は、こちらを見ずに答えた。


「マーサさん。ご主人は、無実であるかもしれない。──でも、はっきり言っておきます。この調査は、たぶん、あなたが思っているよりずっと厄介なところに繋がる」

「厄介、とは」

「魔力が一致する他人なんて、いてはいけないの」


 先生は静かに言った。


「もし本当に一致しているなら、この世界の根っこが、ひとつ壊れてるってこと」


 マーサさんには、その意味がわからなかったと思う。私にも、まだ半分もわかっていなかった。

 ただ、先生が皿に戻した茶菓子だけが、その日ずっと、手つかずのまま残っていた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


次回更新は7月30日(木) 20:00更新を予定しています。


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