閑話:自動餌やり機、はじめました
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
「う~ん……この機構だとうまく動作しないか……」
「さっきから何をしているんですか?」
レイリア先生は、倉庫に置いてあった工具を取り出して、朝から何やら魔道具のようなものをいじっていた。事務所に出勤してきたときには既に先生は真剣に作業をしていたので声をかけなかったのだが、さすがに気になって声をかけた。
たまに王都の研究室で魔道具の製作などを行っているようだが、実際に作業をしているのを目にするのはこれが初めてだった。
「マムちゃんの食事用にいつも干し草を置いているじゃない? 一応十分な量を置いているつもりだけど、仕事柄いつ帰れるか分からないし、念のため自動で出してくれる魔道具を作っておこうかと思って」
今まで先生と経験してきた探偵業務では急に泊まりになることはなかったが、確かに今後急に泊まりが発生するような事件が起きるかもしれない。
チンチラとマーモットの間くらいの姿かたちをしている愛くるしい動物とはいえ、マムちゃんはキメラで、どちらの生体とも違った性質を持っている。
例えば、チンチラは決まった時間に食べるという習性はなく、常に干し草を置いて、二十四時間食べられるようにしておくのが普通だ。しかし、マムちゃんは朝と夜、決まった時間に食事をするし、干し草も食べるが、果物を好んで食べることが多い。
「それができればかなり便利ですね。犬や猫を飼っている家も多いですし、欲しい人はいっぱいいそうです」
「普及させるにはコストを抑えないといけないから、仕組みができたとしても量産するのは何年もかかるけどね」
先生は、千年の間にこういった魔道具の特許をいくつも持っていて、一般家庭で使われている魔道具もかなり多い。先生に聞いたことはないが、特許料も莫大なものになりそうだし、先生の収入はかなりあるのではないかと私は思っている。
ただ、そういった雰囲気はまるで感じられないし、孤児院に多額の寄付をしていることも知っているので、寄付金などで全て消えてしまっている可能性もある。
「どういったところがうまくいかないんですか?」
「時計のような仕組みをしていて、ある時刻になると円盤が回って、上に置いてある餌が落ちる仕組みにしているの。これなら魔力充電用の魔石も必要ないしね。でも、餌が重いとうまく回らないのよ」
先生が作っている自動餌やり機は、筒状のようなものになっている。筒の中は四つの区画に仕切られていて、穴がある円盤が回ることによって餌を落とす仕組みのようだ。
水を出す魔道具や、街灯の魔道具などは全て魔力充電用の魔石が使われており、小さい物ならそれほど高くないことから広く使われている。ただ、魔力の充填は基本的に魔道具屋に頼まなければならず、ランニングコストがかかってしまう。
できるだけ魔石を使わない構成にするのも腕の見せ所らしいが、魔力を使わないものを魔道具と呼べるのかは微妙なところだ。
「ある程度回す力を出せる魔石を使うしかないかなぁ……」
「なるほど……それなら筒状のところをネジみたいな構造にして、少しずつ餌を出す仕組みにするか、筒状の構成をやめて、床置きで蓋だけ回すようにしたらどうでしょうか?」
「エフィ! それよ!」
急にガッと強い力と共に先生が私の肩を掴んでくる。
「今試せるのは、床置きに蓋を回せる構造かな。同じような構造で蓋を回すだけだし」
「私のような素人の思い付きでいいんですか?」
「何言っているのよ! 想像力っていうのは誰でも持っているものだし、頭の中ではどんなことでも何でもできる無限の創造が可能なの。むしろ、私たちのような理論を詰め込んでしまうと、頭の中でも自分で勝手に有限にしてしまうの。だから、思い付きというのも素晴らしいものだわ」
先生は興奮気味に話をすると、私が話した機構で試してみようと、さっそく作業に取り掛かる。
何の技術もない私からしてみれば、思いついたことをすぐに実現できるその力こそ尊敬に値するものだと思うし、羨ましく思う。頭の中で考えたとしても、世の中に産み出さなければ意味はないのかなと考えてしまう。
色々と考えながら先生の作業を眺めていると、先生はあっという間に装置を作ってしまう。
「簡易的なものだけどね」
できたのは、平べったい桶のような器を四区画に分けたもので、その上に一区画だけ穴をあけた丸い板のようなものに、回転軸を取り付けた物だった。
先生はその中に果物を入れて、時刻を設定した上で蓋を被せてマムちゃんの近くに置いた。
「時刻設定がそんなに細かくできないから一時間後だけど、うまく作動するかな……」
マムちゃんの傍に置いてその様子をじっと見ていると、果物の匂いを感じ取ったのか、装置に興味を持ち始めた。
まずは、匂いの元をたどるように、鼻先で蓋をふんふんと嗅ぐ。
「ふふ、気になるのね。でもまだ食べられないわよ」
次に、前足でちょいちょいと蓋を押してみる。
「賢いわね。中に入ってるのは分かってるみたい」
先生が微笑ましそうに眺めている。私も、その愛らしい仕草に頬が緩んだ。
マムちゃんは、蓋の縁に前足をかけると、しばらくじっとしていた。何かを考えているようにも見えた。
そして。
ガリッ。
「……え?」
ガリガリガリガリ。
「ちょ、マムちゃん!?」
マムちゃんは装置の縁に牙を立て、猛烈な勢いで削り始めた。私が慌てて手を伸ばすより早く、今度は器用に両の前足で装置を抱え込むと、勢いよく持ち上げる。
「待って待って待って、それ持ち上げる想定してない!」
先生の悲鳴が響く中、マムちゃんは装置を高々と掲げ──
ガンッ!
床に叩きつけた。
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
「マムちゃん! ストップ! ストップです!」
私の静止など耳に入る様子もなく、マムちゃんは装置を床に叩きつけ続ける。愛らしい見た目からは想像もつかない膂力だった。四度目の打撃で回転軸が根元から折れ、五度目で蓋が景気よく吹き飛び、事務所の壁に当たってからんと転がった。
果物が、無防備に姿を現す。
マムちゃんは、実に満足そうに一声鳴くと、その果物を貪るようにガツガツと食べ始めた。
あとに残されたのは、無残な残骸と、私たちの沈黙だった。
「…………」
「…………」
「……先生」
「言わないで」
「一時間後の設定だったはずですが」
「言わないでって言ったでしょ」
先生は膝から崩れ落ちるようにしゃがみ込むと、折れた回転軸をつまみ上げ、しげしげと眺めた。
「……三分。三分も持たなかったわ」
「あの、慰めになるか分かりませんが、構造そのものはきっとちゃんと動いていたと思います。時間になる前に開封されただけで」
「それを世間では失敗と言うのよ」
もぐもぐと果物を頬張るマムちゃんは、私たちの落胆などどこ吹く風で、幸せそうに耳を揺らしている。汁で汚れた口元を前足で拭う仕草だけは、憎らしいほど可愛らしかった。
「……誰に似たんでしょうね」
「エフィ。私と言いたいんでしょうけど、私はここまで食べ物に執着してないわ」
「先週、出前で取った黒星子の担々麺を、私がお茶を入れている間に半分食べていたのはどなたでしたっけ」
「あれは味見よ、味見。品質確認は所長の義務でしょう」
「装置を壊してでも中身を取り出すあたり、血は争えないなと」
「血繋がってないから! そもそも私、装置壊したことないから!」
先生がじと~っと私のことを見てくるが、どう考えても先生の食い意地に似たとしか思えない。
飼い主に似るとはよく言ったもので、マムちゃんの行動の可愛さは私に似たものの、他は先生に似てしまったらしい。
最後の一切れを飲み込んだマムちゃんは、満足しきった顔で、壊れた装置の上にちょこんと乗った。まるで、自分が仕留めた獲物の上に立つ狩人のようだった。
「……それにしても、マムちゃんのようなペットを考えると、耐久性や構造はもう少し考える必要があるわね」
そうため息をしつつも、こういった新しい魔道具を考えたり、作ったりすることは好きなのか、その瞳には新しい挑戦ができることへの楽しみに満ち溢れているのだった。
「次は金属製にするわ。床に固定して、開くまで絶対に開かないようにして……」
「先生、それはもう餌やり機ではなく金庫では」
「いいのよ。マムちゃんに勝てるまで作り続けるんだから」
その日から、事務所の隅には試作品の残骸が少しずつ積み上がっていくことになる。
そして、そのほぼすべてがマムちゃんによって開封されたことを、私はここに記しておく。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回更新は7月28日(火) 20:00更新を予定しています。
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