消すための炉
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
焼却炉の前は、ちょっとした人だかりになっていた。
近づくにつれ、匂いは濃くなる。肉の焼けるような、けれど学食のそれとはまるで違う、重く沈んだ匂い。集まった生徒や職員が、口々に「ごみでも詰まったんじゃないか」「また故障だろう」と言い合っている。
焼却炉は、石と鉄で組まれた、大人の背丈の倍はある大きな設備だった。分厚い扉の隙間から、内側で赤々と燃える火が覗いている。確かに、生ごみを燃やせば、妙な匂いの一つも出るのかもしれない。誰もが、そう思っていた。――ただ一人、先生を除いては。
「教授。この管、前からありました?」
先生が指さしたのは、焼却炉の側面から伸びる、一本の細い管だった。鉄の本体に後付けされたように、不自然に這っている。
教授は、しばらくそれを見つめて、首をかしげた。
「いや……こんなものは、なかったはずです。少なくとも、私の記憶では」
管は、焼却炉から地面を這い、研究棟の壁づたいに、ある一室へと繋がっていた。教授の顔が、見る間に強張っていく。
「あの部屋は……転移魔法の、実験室です」
先生の目つきが、変わった。
「中を、見せてもらえるかしら」
先生は焼却炉の分厚い扉に手をかけたが、すぐに引っ込めた。内側はなお赤々と燃え盛っていて、迂闊に開ければ、炎が噴き出しかねない。それに、火が回ったままでは、中に何が残っているのかも分からない。
「火を、消しましょう」
「お待ちを。焼却炉も学院の設備です。勝手に止めるわけには――」
「なら、許可を取って。急いで」
教授が、職員のもとへ走った。許可が下りるまでの間、先生は焼却炉の周りを、ゆっくりと一周した。その横顔は、何かを必死に考えているときの顔だった。
ほどなく、教授が息を切らして戻ってきた。
「下がっていて、エフィ」
先生はそう言って、片手を焼却炉の上部へかざした。
火は、燃えるために空気を――正確には、その中の、燃焼を支える酸素を必要とする。先生が操ったのは、風だった。焼却炉には、火力を保つための空気の取り入れ口がいくつもある。先生は風魔法で、その流れをひとつ残らず塞いでいった。新しい空気を断たれた炎は、しばらく未練がましく揺らめいて、やがて、力尽きるように小さくなり、消えた。
扉を開けると、熱気とともに、あの匂いがどっと溢れ出した。
私は思わず袖で口を覆った。先生は、構わず中を覗き込む。
焼却炉の底に残っていたのは、ただの黒い消し炭だった。何が燃やされたのか、もはや形からは判じようがない。すっかり灰になっている。
「……何も、残っていませんね」
私がそう言うと、先生は無言で片手をかざした。魔力感知だ。残された魔力の、わずかな痕跡を探る術。
先生の指先が、消し炭の上で、ぴたりと止まった。
「残滓があるわ」
「魔力の、ですか? でも――」
「ええ。けれど、厄介なの」
先生は唇を噛んだ。
「この焼却炉、それ自体が魔道具で動いている。だから、この残滓が、炉を動かす火の魔力なのか――それとも、ここで燃やされた“何か”が、もともと持っていた魔力なのか。今のままでは、見分けがつかない」
先生は立ち上がり、もう一度、焼却炉そのものを見渡した。そして、ぽつりと言った。
「ねえ、教授。この焼却炉は、いつ作られたの? 何のために?」
教授は、記録を確かめると言って、また職員のもとへ向かった。戻ってきた彼の顔は、青ざめていた。
「この焼却炉は……ごみ処理のためと聞いています。ただ、転移魔法の実験室の付帯設備として、後から増設されたものでした。用途は――『実験の失敗品の処理』と」
失敗品。その言葉が、私の胸に、嫌な形で引っかかった。転移魔法。ものを分子に分解し、組み立て直す魔法。その、失敗品。
「中を、検めたいわ。その実験室を」
「それが……あの実験室は、外部の人間には固く秘匿されていて。あなたほどの方でも、王都の発行する許可証がなければ、立ち入れません」
先生は、しばらく黙っていた。すぐには動けない、という状況が、何より歯がゆそうだった。
「なら、入れるようになるまでに、できることをしましょう」
先生は、焼却炉へ向き直った。そして、その構造を、隅から隅まで調べ始めた。鉄の継ぎ目に指を這わせ、内側の文様を確かめ、魔道具としての仕組みを読み解いていく。千年を生きた大魔法使いの目が、ひとつひとつ、設計の意図を解きほぐしていった。
やがて、先生は手を止めた。その表情が、これまでで一番、険しかった。
「おかしいわ」
「何が、ですか」
「この焼却炉――火を起こすための魔道具じゃない」
私には、意味が分からなかった。火を起こすためでないなら、いったい何のためのものなのか。中では、現に火が燃えていたのに。
「火は人為的につけられたもの。この魔道具の本当の役割は、別にある」
先生は、炉の側面に刻まれた、見慣れない文様を指でなぞった。
魔道具には魔力回路が刻まれ、そこに魔力が通ることで魔法と同じ効果を出すことができる。つまり、物質の増幅や状態変化などだ。魔力回路の構成は魔道具ごとでそれぞれ異なっているが、目的が同じであればほぼ同じような文様となる。
「大部分は私の知らない魔力回路だけど、一部は最近研究論文でよく発表されている……転移魔法の魔力回路ね」
風が、焼却炉の冷えかけた口から、低い音を立てて抜けていった。
何のために、焼却炉に転移魔法の魔力回路で作られているのか。何を、燃やす必要があったのか。
問いだけが、煤けた匂いとともに、その場に残された。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回更新は7月7日(火) 20:00更新を予定しています。
続きが気になった方は、ブックマークや評価をいただけると励みになります




