武器を持って歩く街
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
被害者の会の会合は、王都のはずれにある古い集会所で開かれていた。
「会員以外は、中には入れません」
入り口に立った受付の男は、頑なだった。扱う話が、あまりにもセンシティブだから――それが理由だという。魔法に家族を奪われた者たちが、ようやく胸の内を打ち明けられる場所。部外者を入れないのは、当然のことなのかもしれない。
だが、私たちには別の入り口があった。
「今日の会合では、魔法学院の教授による講演があると聞いています」
先生は、受付の男に静かに告げた。
「学院の教授が、外部で講義を行うことは、本来は規則で禁じられているの。それが講義に当たるのか、ただの講演で済むのか――確認させてもらいたいだけ。教授との面会を取り次いでくださる? それが済めば、私たちはすぐに帰りますから」
規則違反の疑い、という言葉が効いた。受付の男は奥へ引っ込み、しばらくして、私たちを控室へ通した。
控室には、件の教授がいた。あの掲示を出していた研究室の主――メルディウス教授だ。けれど、教授は一人ではなかった。その両脇に、二人の男が腰を下ろしている。被害者の会の会長ヴェルナーと、副会長ダレンだった。
「面会と伺いましたが」
ヴェルナー会長は、穏やかな笑みを浮かべて言った。柔らかい物腰の、品の良い老人だった。
先生は、まずメルディウス教授に講演の中身を尋ねた。教授の答えは、淀みなかった。一般の人々が魔法を使えるようになった場合に、どんな弊害が生じうるか。どんな危険があり、どんな利点があるか。その両面を、できるだけ公平に説明する――そういう内容だという。資料も見せてもらった。煽るような言葉はどこにもなく、利点も危険も、並べて記されている。
「これは、講義ではありませんね」
先生はあっさりと言った。
「一方的に技術を教えるのではなく、是非を問う場。規則に触れるものではありません。お時間を取らせて申し訳ありませんでした」
教授は、ほっとしたように肩の力を抜いた。あの掲示は確かに「魔法を民に」という主張を掲げていたが、それはあくまで研究者としての一つの問題提起であって、人を傷つける類のものではない。私の中で、研究室への疑いが、すっと薄れていくのを感じた。
これで終わり――そう思った、そのときだった。
「ところで、ひとつだけ」
帰りかけた先生が、ふと足を止めて振り返った。
「学院の学生掲示板に、犯行声明が貼られていたのはご存じですね。あの掲示板は、貼った者の魔力を少しだけ吸い取る仕組みになっているんです。――おかげで、貼った人物の魔力を、こちらで調べることができました」
それは、嘘だった。掲示板は、誰が貼ったかまでは分からない。けれど先生は、眉ひとつ動かさず、さらりと言ってのけた。
部屋の空気が、変わった。
それまで穏やかに笑っていたヴェルナー会長の顔から、表情が抜け落ちた。ダレン副会長が、はじかれたように腰を浮かせる。メルディウス教授だけが、何が起きたのか分からないという顔で、二人を見比べていた。
「……もう、帰っていただこうか」
会長の声は、さっきまでとはまるで別のものだった。
先生は、確信したように小さく息を吐いた。本当に何も知らない者であれば、魔力を調べたと言われたところで、慌てる理由などないのだ。
「ええ、そうします」
先生は、私の腕をそっと引いた。背を向けて、扉へ向かう。その瞬間だった。
背後で、空気を裂く音がした。
「先生っ」
私が叫ぶより早く、先生はもう動いていた。振り向きざま、片手をかざす。ダレン副会長が振り上げていたナイフが、見えない壁にぶつかったように弾かれ、床へ転がった。続いて踏み込んできたヴェルナー会長の腕を、先生は流れるような所作で取り、ひねり上げる。
「――落ち着いて。怪我をしますよ」
先生の声は静かだったが、有無を言わせない力があった。
控室の外から、さらに数人が雪崩れ込んできた。みな、被害者の会の会員らしかった。メルディウス教授は、壁際で呆然と立ち尽くしている。この人は、本当に何も知らなかったのだ。会長と副会長、そして結託した数人の会員――彼らだけで仕組んだことだった。
軽い、けれど厄介な戦闘になった。
相手は武器を持っているとはいえ、魔法を持たないただの市民だ。先生の力をもってすれば、ねじ伏せるのはたやすい。けれど先生は、決して相手を傷つけようとしなかった。風で押さえ、足元をすくい、武器だけを弾き飛ばす。傷つけずに捕らえるというのは、傷つけるよりもずっと難しい。先生は終始、その難しいほうを選び続けた。
やがて、全員を取り押さえた。
床に組み伏せられてなお、ヴェルナー会長は先生を睨みつけ、声を張り上げた。
「なぜ邪魔をする! 我々は、二度とあんな思いをする者を出さぬために――」
会長の家族は、魔道具を使った犯罪に巻き込まれて命を落としたのだという。犯人は、ついに分からなかった。魔力の残滓が残らない魔道具を使われ、登録制という仕組みは、何の役にも立たなかった。
「あのとき、もし誰もが魔法で身を守れたなら。妻は、死なずに済んだ。だから――すべての民に、魔法を。自衛の力を。そのためなら、多少の犠牲は」
「だから、生徒を攫った」
先生が、静かに言葉を継いだ。
「それも、魔法登録を推し進める側の――いちばん象徴的な家の子たちを狙って。世論を動かし、法を変えるために。寮へ続く道を見張って、それらしい子を攫った。だから四人目は、取り違えだった。あなたたちは、あの子たちの顔も、本当はよく知らなかったのよ」
会長が、口をつぐんだ。
「けれど――おかしいとは思わなかった?」
先生は続けた。
「あなたたちが生徒を攫えば攫うほど、人々は何を思うかしら。『ほら見ろ、魔法を巡る争いは、こんなにも恐ろしい』と。『こんな力を、これ以上世に広めてはならない』と。――あなたたちのやり方は、あなたたちの願いを、自分の手で殺しているのよ」
会長の顔が、歪んだ。怒りなのか、それとも、薄々気付いていたことを突きつけられた痛みなのか。私には、判じかねた。
「攫った生徒たちの居場所を、教えてください。まだ、誰も傷つけてはいないはずです。あなたたちは、人を殺せるような人たちじゃない。――そうでしょう?」
会長は、しばらく黙っていた。やがて、力なく目を伏せた。
生徒たちは、全員無事だった。集会所の地下に設けられた一室に、丁重に――それこそ、食事も寝床も与えられて、囚われていた。彼らを傷つけるつもりは、はじめからなかったのだ。ただ、人々を動かすための、駒として。
すべてが片付き、衛兵に引き渡される段になっても、会長は最後にもう一度、先生に向かって言った。
「あなたには、分からないだろう。何の力も持たぬまま、大切なものを奪われる側の気持ちが」
先生は、その言葉をしばらく受け止めてから、ゆっくりと答えた。
「いいえ。――分かりますよ。痛いほどに」
その横顔を、私は見ていられなかった。先生もまた、この国の魔法を巡る争いの中で、大切なものを失った一人だということを、私は知っていた。私自身も、そうだ。だからこそ、会長の言葉は、刃のように胸に刺さった。
それでも。
「ですが、全員が武器を持って歩く街は、誰も守ってはくれません。剣を持てば、振るいたくなる。力を持てば、使いたくなる。あなたが失ったものは、まさに――誰かが、その力を振るった結果でしょう」
会長は、何も言い返さなかった。ただ、長いこと、床の一点を見つめていた。
集会所を出ると、すっかり夜になっていた。星が、いやに澄んで見えた。
「先生」
「なぁに」
「あの人の言っていたこと、間違っていますか」
先生は、すぐには答えなかった。冷たい夜気を吸い込んで、白い息を吐く。
「さあ。間違っているとも、正しいとも、私には言いきれないわ。願いは、本物だった。ただ、選んだやり方が、最悪だっただけ」
先生は歩き出しながら、ぽつりと続けた。
「答えの出ない問いほど、声の大きな者の手に渡りやすい。だから――私たちみたいなのが、ちゃんと見ていないとね」
それが、この国を覆う、もっと大きな何かを指しているような気がして、私は思わず先生の横顔を見上げた。けれど先生は、もういつもの調子に戻っていた。
「さあ、帰りましょう。――ああ、お腹空いた。結局、今日は一日、何も食べていないじゃない」
「学院の食堂、もう閉まってますよ」
「分かってるわよ。意地悪ね、エフィは」
先生は唇を尖らせて、夜道を先に歩いていく。その背中を追いながら、私は、星の下に伸びる二つの影を、なんとなく目で追っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回更新は6月25日(木) 20:00更新を予定しています。
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