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4人目

エルフ×探偵×魔法ミステリです。


日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。


気軽に読んでいただけたら嬉しいです。

魔法学院の調査は、思っていたよりずっと厄介だった。


「まず、生徒の数を把握しないといけないわね」


先生はそう言って、学院の事務室で名簿を見せてもらっていた。けれど、その名簿をたどっていくうちに、私は学院という場所の仕組みが、捜査にとってひどく不親切にできていることを知った。


魔法学院には、必修科目と選択科目がある。生徒は履修する科目を自分で組み合わせて選ぶため、誰がどの教室にいるのかは人によってばらばらだ。同じ学年でも、隣の席にいた相手が、次の時間には別々の棟へ向かう。つまり、「誰が今日来ていて、誰が来ていないのか」が、一目では分からない仕組みになっているのだ。


「学院としては、自由に学べるのが売りなんでしょうけど」


事務員は、すまなそうに言った。


「こういうとき、誰がいないのかをすぐに洗い出すのは、難しくて」

「講義ごとに、出席は取っているのよね?」

「ええ、それは」

「なら、それを全部突き合わせれば、しばらく学院に来ていない人間を割り出せる。手間はかかるけれど、地道にやるしかないわね」


先生の指示で、事務員たちが各講義の出席記録を集め始めた。私はその間、もう一つの仕事に取り掛かった。あの犯行声明の紙を、誰が、いつ貼ったのか。それを目撃した者がいないかの聞き取りだ。


掲示板の周りにいた生徒たちに、片端から声をかけていく。けれど、答えは芳しくなかった。


「気付いたら、もう貼ってあったよ」

「朝来た時には、まだなかったと思うけど……」


それでも証言を集めていくうちに、ひとつだけ確かなことが分かった。あの紙は、今朝、生徒たちが登校してくる時間帯に貼られたものらしい。前日の夜ではない。つまり犯人は、朝の人混みに紛れて掲示板へ近づき、誰にも顔を覚えられることなく立ち去ったのだ。


報告を聞いた先生は、なぜか掲示板そのものを、興味深そうに眺めていた。


「エフィ。この学生掲示板はね、ただの板じゃないのよ。無断の掲示を弾くために、紙を貼った者の魔力を、ほんの少しだけ吸い取る仕組みになっているの。許可のない掲示物は、後で職員が見れば『これは無断で貼られたもの』と分かるようになっている。――もっとも、誰が貼ったかまでは、分からないのだけれど」

「じゃあ、あの犯行声明も――」

「ええ。職員に確認してもらったわ。あの紙は、確かに無断で貼られたと判定されている」


許可のない掲示物は、外部の人間が貼ったら分かるのか、学院の者でも許可されていないものが貼ったら分かるのか、先生はそれ以上説明しなかった。ただ、何かを確かめるように、もう一度だけ掲示板を撫でて、調査に戻った。


「学院の中に入るだけなら、誰でもできる――先生が言っていた通りですね」


私がそう報告すると、先生は小さくうなずいた。


「ええ。だから厄介なの。学院の門は、誰にでも開かれている。けれど――」


先生は回廊の奥、研究棟のほうへ目をやった。


「講堂や研究棟に入るには、魔力登録が要る。一般に公開されている講義もあるけれど、それを聴講するにも、魔力登録と一時的な許可証が必要になる。つまり、本当にどこへでも入り込める『誰でも』と、建物の中まで入れる『登録した誰か』は、別なのよ」


講堂や研究棟に入るには、ゲートで登録者が魔力を流し込まなければならない仕組みになっているらしい。ただし、今日そこを誰が通ったのかまでは、記録に残らないのだという。


夕方近くになって、出席記録の突き合わせが終わった。今日、学院にまったく来ていない生徒は、十三人。そのうち、ばらばらではあるものの、この一週間ほど顔を見せていない生徒が三人いた。


「思ったより、少ないですね」

「ええ。ただ、無断欠席が三人いる、というだけでは弱いわね。病気で寝込んでいるのかもしれないし、ただの怠けかもしれない。誘拐と決めつけるには早い」


そう言いながらも、先生は名簿の三人の欄を、指でとんとんと叩いていた。その指が、ふと止まる。


「……エフィ。この三人、住まいはどこになっているかしら」


私は名簿を覗き込んだ。三人とも、住所の欄には同じ記載があった。


「学院の寮、ですね。三人とも、寮生です」

「それから、家のことも見てみましょうか」


調べてみると、三人にはもう一つ、はっきりとした共通点があった。いずれも、魔法登録の推進に積極的な――つまり「魔法はもっと管理され、もっと広く登録されるべきだ」と唱える、有力者の家の子弟だったのだ。


「無作為じゃ、ないわね」


先生は、静かに言った。


「攫うなら、寮から攫うのがいちばん容易い。家族の目が届かないし、夜は人通りも少ない。――でも、それだけじゃない。この子たちは、揃って『魔法を管理し、広めよう』とする側の、象徴のような家の子よ。狙って選ばれている」


その言葉が、何を意味するのか。このときの私には、まだ輪郭が掴めなかった。

先生は事務局に、これからも来ていない人が出たら、その都度すぐ教えてほしいと頼んでおいた。事態が進行しているなら、数は増えるはずだから、と。


その言葉は、不幸にも当たった。

私たちが事務室を出ようとしたとき、別の事務員が血相を変えて駆け込んできた。午後の選択講義に、いつも真面目に出ている生徒が一人、姿を見せていないという。その子が休むときは、毎回必ず親から欠席の連絡が入る。けれど今日は、何の連絡もない。さっきまでの三人には、含まれていなかった生徒だ。


「四人目」


先生が、低くつぶやいた。

その四人目について調べると、奇妙なことが分かった。その子は寮生ではなく、学院のすぐ近くに家のある通学生だった。けれど家の場所は、寮へ向かう道のりと、途中までほとんど重なっている。


「……取り違えたのかもしれないわね」


と先生は言った。


「狙う相手は、前もって調べて決めていたはず。けれど、いざ攫う段になって、顔まで見分けられたかどうか。寮へ帰る道を、それらしい身なりの子が歩いていれば――同じ年頃の、よく似た背格好の、別の子を攫ってしまうこともある。四人目は、寮生ですらなかった。ただ、寮へ続く道と途中まで同じ道を、歩いていただけ」


内部の事情に通じた者なら、こんな取り違えはしないだろう。犯人は、外から道を見張っていただけ――そんな気がした。

誘拐とは限らない。けれど、声明にあった「今後も」という言葉が、ただの脅しではないことだけは、はっきりしてきた。事態は、止まらずに進んでいる。


「先生。あの掲示を出していた研究室――調べなくていいんですか」


私が尋ねると、先生は意外そうに眉を上げた。


「どうしてそう思うの?」

「だって、犯行声明の要求は『魔法を民に開放しろ』でした。あの研究室の主張と、そっくりです。声明を読んだ人たちも、あの研究室を疑っていました」

「ええ、その通り。だから――調べるのは、もう少し後よ」


先生は、廊下の窓から差し込む夕日に目を細めた。


「いちばん声高に『魔法を開放しろ』と叫んでいる相手が、犯人だと名乗っているようなもの。それなのに、わざわざ自分たちの主張とそっくりな声明を出すかしら? よほどの間抜けか――あるいは、そう思わせたい別の誰かがいるか」


確かに、あの研究室にとっては「犯人は自分たちです」と札を下げているに等しい。それでも疑いの目が研究室に向くのなら、かえって誰かがそう仕向けたのではないか――そこまで考えて、私はふと、別のことが気になった。


「そういえば、最初に紙を配っていた人たちって、誰だったんでしょう。学生には見えませんでしたけど」

「ああ、あれは魔法被害者の会の方たちですよ。掲示とチラシ配りだけなら、学院も許可を出していますから」


事務員が、横から答えた。研究棟の前で掲示を立てていたのは研究室の人間だが、その周りでチラシを配っていたのは、賛同して集まった被害者の会の会員たちなのだという。


あの掲示の周りに立って紙を配っていた人々、そして掲示の主張に熱心に耳を傾けていた人々の多くが、生徒でも研究者でもなかった。一般の市民――それも、過去に魔法による被害を受けた人々の集まり、「魔法被害者の会」と呼ばれる団体の関係者だったのだ。


「魔法被害者の会……」


私は、そこで奇妙な引っかかりを覚えた。

魔法によって、家族や暮らしを奪われた人たち。本来なら、魔法というものを最も恐れ、最も遠ざけたいはずの人たちだ。それなのに、なぜ――その人たちが、魔法を世に広めようとする掲示の周りに、あんなにも熱心に集まっていたのだろう。


「先生。被害者の会の人たちって、魔法に苦しめられた人たちですよね。それなのに、どうして魔法を広めることに賛成しているんでしょう」


先生はすぐには答えなかった。少しの間、夕日の沈む方角を見つめてから、静かに言った。


「いい引っかかり方ね、エフィ。――それを確かめに行きましょう」

「会いに行くんですか」

「ええ。ただし、古くからの会員は結束が固くて、口が重いことが多い。話を聞くなら、まだ会に染まりきっていない――最近、被害に遭ったばかりの人がいい」


先生はそう言って外套の襟を立て、夕暮れの回廊を歩き出した。


「被害者の会の会合がどこで開かれているのか、調べはついているわ。――結局、ランチもおやつも食べそびれちゃったわね」


最後のひと言だけが、いつもの先生の声に戻っていた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


次回更新は6月23日(火) 20:00更新を予定しています。


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