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学院の食堂はおいしい

エルフ×探偵×魔法ミステリです。


日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。


気軽に読んでいただけたら嬉しいです。

「世界中にある学食の中で、最も美味しいところはどこだと思う?」


レイリア先生は、依頼書や報告書の束を枕代わりにして机に突っ伏したまま、そう言った。


残念ながら、私は生まれてこの方、学食というものを食べたことがない。子供の頃に事件へ巻き込まれて両親が他界し、それからはレイリア先生が関わっている孤児院で育った。学校には通わせてもらったが、お弁当は孤児院から軽いものを持っていったし、魔法学院のような高等学校に進学もしなかった。そもそも、学食のある学校に縁がなかったのだ。


「学食って、値段を抑えて味は二の次、量だけは多め。私のイメージだとそうなんですけど、美味しいところなんてあるんですか」

「学校の数が増えて、生徒の争奪戦が起きているからね。魅力的な学校に見せる一環で、学食に力を入れるところが増えてきたの。美味しい学食ランキングなんてものまで発表されて、一般市民にも人気があるくらい」


先生は顔だけをこちらに向けた。普段は気だるげに伏せられている瞳が、今ははっきりと開いている。食べ物の話をするときの先生は、いつもこうだ。


「それで、そのランキングで一位に輝いているのが、王都の魔法学院なの。あそこの食堂は職員用と学生用が二つ、どれも一般に開放されているのだけど――中でも学生用の、少し高めの食堂が、圧倒的に美味しいと評判で」


そう言いつつ、先生はもう立ち上がって外套に腕を通している。ランチ時が近いうえ、料理の話を始めた時点で分かりきっていたことだが、食べ物のことになると先生の腰は普段の十倍は軽くなる。


「今日のお昼は学院に行こう。ついでに、エフィにも見せておきたいものがあるしね」


そうして私たちは、王都の中心にそびえる魔法学院へと向かうことになった。



先生の付き添いで近くまで来たことはあったが、学院の中に足を踏み入れるのは初めてだった。

魔法学院は、想像していたよりもずっと大きい。城がいくつも入りそうな敷地に、講堂、研究棟、寄宿舎、そして例の食堂が、回廊で結ばれて建っている。行き交うのは生徒だけではない。様々な種族の研究者や、それから――


「思ったより、一般の人が多いんですね。明らかに学生でも教授でもなさそうな人が、結構います」

「ああ。学院の中に入るだけなら、誰でもできるからね」


先生は回廊を歩きながら、指で建物を順に示していった。観光案内をする気はないらしいが、私が知りたいと思ったことには、ちゃんと気付く。そういうところは、いつも助かる。


「探偵をやっていくなら、一度は学院で学んでおいたほうがいい。魔道具のこと、魔法のこと、調べものの大半はここで学べる。働きながら通える夜間学校もあるしね。……だけど」


先生はふと、声をひそめた。


「学院に籍を置くと、いざ戦になったときに動員される可能性がある。魔法を学んだ人間は、それだけで戦力とみなされるからね。平和な時が続いているとはいえ、頭の片隅には入れておいたほうがいい。――私は、エフィに戦争へ行ってほしくないし」


私は黙ってうなずいた。

千年を生きた人の言葉には、たまにこういう重さが混じる。長い時間の中には、楽しくない思い出もたくさんあるのだろう。私だってまだ二十年ほどしか生きていないけれど、楽しい記憶より、辛い記憶のほうが少しだけ多い気がしている。


回廊を抜けて研究棟の前に出たとき、人だかりに気付いた。

棟の入り口に、大きな掲示が出ている。立て看板にびっしりと文字。その周りに数人が立って、通りかかる人へ何かを配っていた。


「なんでしょう」

「お昼前だけど、見ていこうか」


先生はあくび混じりにそう言って、掲示の前まで歩いていく。私も後を追い、文字を目で追った。


――魔法は、すべての人のものであるべきだ。


掲示は、そう始まっていた。


要約すれば、こういうことらしい。現在、魔法は登録制になっている。魔法を使うには国に魔力を登録せねばならず、魔法犯罪が起きれば、現場に残った魔力の残滓を感知して、登録者の中から犯人を割り出す。

ただし、その仕組みには穴がある。魔力の残滓は、時間が経てば消えてしまう。さらに魔道具を使って犯行に及べば、使った人間の魔力そのものが残らない。つまり登録制は、万能ではないのだ。


掲示の主張は、その先にあった。

だからこそ、魔法は一般の人々にも開かれるべきだ。誰もが自衛のために魔法を使えるようにすべきだ。一部の登録者だけが力を独占する社会は、いざというとき庶民を守れない――


「自分の身は自分で守れるようにしておきたい、ということですか」

「そういう主張ね。一理はあるけれど」


先生は腕を組んだ。


「全員が武器を持って歩く街が、はたして安全かどうか。それはまた、別の話よ」


私が掲示の細かい文字を読み込んでいると、ふいに、周りがざわめいた。

研究棟の壁。学生用の掲示板のあたりに、人が集まり始めている。何人かが顔を見合わせ、ざわめきが波のように広がっていく。


「行ってみましょう」


先生の口調から、もう眠そうな響きは消えていた。

掲示板に、一枚の紙が貼られていた。整った筆跡。けれど、書き手の感情がまるで読み取れない、奇妙に平らな文字だった。


それは、犯行声明だった。


――魔法を、すべての民に開放せよ。その取り決めがなされぬ限り、我々は学院の生徒を、今後もさらってゆく。


集まった生徒の中には、質の悪い悪戯だと笑い飛ばす者もいた。けれど掲示や配られた紙を見ていた多くの人は、あの研究室に向けて、疑いの目を向け始めていた。


そして、私が引っかかったのは「今後も」という一語だった。すでに誰かが攫われていることを、ほのめかしているような書き方だ。


隣を見上げると、先生は何かを思案するように、貼られた紙をじっと見つめていた。その横顔には、いつもの気だるさも、食べ物の話をするときの輝きもない。


「……先生」

「はぁ……ランチは、一旦返上ね」


先生はそう言って、ひとつ息を吐いた。ランチを諦めるため息は、心の底から残念そうだった。

それなのに、続いた言葉の温度だけが、さっきまでとはまるで違っていた。


「先に、調査をしましょう」


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


次回更新は6月18日(木) 20:00更新を予定しています。


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