氷漬けの密輸船
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
岩礁の裏は小さな入江になっており、そこに船を停泊させるようだった。
この岩礁の陰からは灯台を見上げることができるものの、港側からは船影を見ることができない。密輸するにはうってつけの場所と言える。
私たちは草むらに身を隠し、奇襲をかけるタイミングを見計らう。 見張りは立てているだろうが、荷下ろしを始めた瞬間であれば、そう簡単に船は離岸できないし、乗組員と沖で手引きしている人間を同時に捕まえられる。
やがて、船の人間が何かしらの荷を降ろし始めた。その瞬間を見計らい、先生は草むらから飛び出し、入江へと駆けていく。地面に手を当て、低く魔法を唱えた。
「エターナルフロスト!」
先生の手のひらから船の方向へ、真っ直ぐに氷が這っていく。
水魔法の上位魔術で、広範囲を凍らせることができる。水気の少ない場所だと、増幅と状態変化を同時に行う必要があり膨大な魔力を要するが、ここは海の近くで水が豊富にある。先生ならどこでも問題なく行使できる魔法ではあるけれど、水があるのとないのとでは、凍りつくスピードに段違いの差が出る。
見張りは走り寄る先生に気づいて警戒の声を上げたが、もう遅い。あっという間に船の周辺が凍りつき、船体は海面に固定された。
それを見計らって、ガルドも走りながら魔法を唱える。
「ストーンバレッド!」
地面から空中へと打ち上げられた幾百もの小さな石の槍が、雨のように船へ降り注ぐ。 土魔法と風魔法の複合魔法で、これも経験の浅い魔法使いには扱えない高難度の魔法だ。ガルドの実力がうかがえる。
船上にいた数人が槍に貫かれて行動不能に陥ったのを見計らい、治安院の人間が船を取り囲むように陣形を組み、密輸者を逃さないよう包囲する。
「エフィ!外は治安院に任せて、ガルドと一緒に船の制圧に向かうわよ。船の外の状況を見ながら、私たちの補助をしてちょうだい」
外の人数は治安院側が上回っており、問題なく制圧できる、というのが先生の見立てだろう。ガルドも部下の練度には自信があるようで、先生に頷いて船へと駆け出した。
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船は先生の魔法で見事に氷漬けにされ、動こうにも動けない状態だった。
ガルドの攻撃をまともに受けた数人が呻きながら横たわっており、船体も槍に貫かれてボロボロになっている。とてもじゃないが、このまま航行できる状態ではない。ここまでは作戦通りだ、と私は確信した。
私たちが船に乗り込もうとした、そのとき。奥の船室から男女の二人が姿を現した。 どうやら船室の屋根はこういった襲撃も想定して頑丈に造られていたらしく、槍の雨が貫通しなかったようだ。
「お前ら治安院だな。どうして俺たちのことが分かった?」
「大人しく捕まるなら教えてやるよ」
「はっ。どうせお前らを殺せば、王都からの応援が来るのは数日後だろうが」
「外の仲間は大したことないようだし、そろそろ制圧されるぞ?」
ガルドの言う通り、外で戦闘している者たちは数だけでなく実力でも劣っているようで、ほどなく終結しそうな気配だった。 だが、目の前の二人には焦りの色がない。むしろ余裕すら漂わせている。
男の体格はガルドに劣らず鍛え抜かれた肉体を持っているが、女性の方はそれほど強そうには見えなかった。
「外の連中は戦闘要員じゃないからな。時間さえ稼いでくれれば、俺たちだけで十分だ。リール、お前はそっちの女を殺れ。こっちは俺がやる」
先生は体格的な不利があるため狭い場所での戦闘を好まず、リールと呼ばれた女を船の外へと誘い出していく。
「私も援護します」
「ダメよ、下がってて。多分、相当強いわ。援護しない限りエフィに矛先が向くことはないと思うから、ガルドや私が明らかに劣勢になるまでは手を出さないでちょうだい」
いくつかの戦闘を共にしてきたけれど、ここまで緊張感を持って強い口調で言われたのは初めてだった。私には相手の強さを推し量ることさえできないが、それほど警戒すべき相手なのだろうか。胸の奥に、嫌な不安が渦巻く。
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先生は腰に下げていたショートソードを抜き、左手に持って半身に構えた。 魔法をいつでも唱えられるよう右手は空け、左手の剣で相手の攻撃をいなす――あくまで魔法を主体とした構えだ。
対するリールも剣を手に取り、正中線に構える。先生とは異なり、剣を主軸とした構え。ただ、先生が警戒しているのは剣そのものではなく、その奥にある魔法の方のように感じられた――
ギィィン――
リールが正中の構えから、先生の喉元めがけて鋭い突きを放つ。外から見ていても凄まじいスピードで、先生は何とかそれをいなす。続けざまに横薙ぎ、袈裟斬りの連撃。魔法を唱える隙を一切与えない。
先生は片手では捌ききれないと判断したのか、両手で剣を握り直し、なんとか攻撃をいなしていく。
リールの打ち終わりを見計らって鍔迫り合いに持ち込むと、先生は左手で相手の剣を掴み、空いた右手をリールの心臓辺りに添えて魔法を唱えようとする。瞬間、リールは剣を手放して後方へ飛び退き、距離を取って魔法を回避した。
魔法使いは距離を取って戦うのが普通だが、身体に直接触れて放つ魔法は致命傷を与えうる。リールはそれを熟知しており、即座に危険を察知したのだろう。剣を手放したということは、ここからは魔法戦――先生に有利な展開のはずだ。
ところが、魔法を中断した先生よりも早く、リールが詠唱を完成させていた。
「クイックサンド」
低い声と共に、先生の足下を中心に土質が変化し、流砂の渦が現れる
先生は足を取られかけながらも冷静に土魔法で足場を作り、それを踏み台にして流砂から飛び出した。
リールは先生の着地点を読み切ったかのように駆け出し、再び接近戦を仕掛けてくる。 剣を握る先生に対し、自身は無手のまま――魔法の準備をしつつ、両手で円を描くようにして詠唱する。
「アイスジャベリン」
リールの目の前から数十本の氷の槍が現れ、先生へと一斉に降りかかる。
だが先生はリールの詠唱から放たれる魔法を読み切っていた。眼前にファイアウォールを展開し、アイスジャベリンを全て蒸発させる。辺りが一瞬、白い霧に包まれた。 その霧に紛れて、先生がショートソードをリールへと投擲する。
「くっ!」
剣を投げてくるとは予想していなかったのか、霧で視界も悪く、リールはかろうじて身をよじってかわす。だが体勢が崩れたところに先生が一気に踏み込み、相手の腕を取って崩れた方向へ引きながら足を払う。リールの身体が地面に叩きつけられた。 すかさず先生はアースバインドを唱え、土の縛めがリールの四肢を地面に縫い止める。
「……勝負あり、ね」
リールは何かを言いかけて、結局口をつぐんだ。抵抗しても無駄だと悟ったのか、それとも単に言葉が出なかったのか――地面に伏したまま、ただ静かに息を整えるばかりだった。
「エフィ!こっちの監視をお願い。あと、向こうの状況を手早く教えて!」
「外は優勢で問題ないです。ガルドは防戦一方ですが、魔法を唱える気配はなく、剣だけで戦っています」
「助かるわ」
先生は船の方へ走り出しながら、同時に詠唱を始める。
「アイスアロー」
先生の前方に一本の氷の矢が生まれ、戦闘の場へと飛んでいく。
接近戦の最中に攻撃魔法をかければガルドにも当たりかねないため、範囲の広い魔法は使えない。それで初級魔法を選んだのだろう。
アイスアローは男を狙わず、その視界をかすめる位置を通り抜けた。
「なんだと!?」
男が驚愕して、ちらりと先生の方に視線を向ける。 その一瞬を見逃さず、ガルドはそれまでよりも鋭い太刀筋で男の腕を叩き切った。それで、勝負は決した。
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「ふぅ。終わったわね」
「ありがとうございます。助かりました」
「何言ってるの。私が来なくても勝てたように見えたわよ」
「実力は拮抗していました。ただ、噂に聞くあなたなら必ず勝つだろうと思っていたので、こちらは守りに徹していただけです」
防戦一方に見えたのは、先生が勝つことを見越して守りに徹していたかららしい。
実力が拮抗していると、何かのきっかけで勝敗が揺れることがある。そのリスクを負うよりも、確実な勝ち筋を選んだということだろうか。
初めて実力者同士の凄まじい闘いを目の当たりにしたが、心臓に悪い。二度とこのような戦闘は見たくないなと、改めて思った。
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後日、治安院の捜査によって、密輸品が禁止されている麻薬であることが判明した。
乗組員を統率していた男とリールと呼ばれた女は、いち密輸船の人員としては明らかに過剰な実力者であり、背後には相当大きな組織が動いているとみて、引き続き捜査が進められるとのことだった。
「せっかくのバカンスが、とんだ事件に巻き込まれたわ~」
「せめて事件の後に休暇があれば良かったですね……」
「エフィはもうフラグが立つこと言わないでね」
「私のせいじゃないですよ。先生がトラブルメーカーじゃないんですか」
毎回、先生の行く先で何かしらの事件に巻き込まれているような気がする。 特に遠征や旅行に行くときは、必ずと言っていいほどだ。
「まぁ、大変なことがあった後は楽しさも倍増するから、次の休暇はまた楽しむぞ~」 「事件に巻き込まれないでくださいよ」
じと~っと先生がこちらを見てくるが、次もきっと何かしらの事件に巻き込まれる気がしてならない。それが杞憂で終わってくれますようにと、願わずにはいられなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回更新は6月11日(木) 20:00更新を予定しています。
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