忘却の底で
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
忘却の丘――
幾度となく戦闘が繰り返され、多くの血が流れてきた場所だ。 平和な時代となった現代では、国家間で争われたその歴史を忘れようという意味を込めて「忘却の丘」と呼ぶようになったという。
忘れた方がいいのか、それとも記憶に刻んでおくべきなのか。この平和がいつまで続くかによって、答えは変わるのかもしれない。
丘の中央には、一本の巨大な木がそびえている。
人の何十倍もあるどっしりとした幹と高さで、鮮やかな緑の葉が生い茂っていた。樹齢は千年とも言われており、戦場となった時代にあらゆる攻撃魔法を浴びてもびくともせず、今もここに立ち続けている。
「こんな目立つ場所に隠し扉があるんでしょうか。有名な場所ですし、作ってもすぐわかってしまいそうですが」
「現代では難しいかもしれないけど、戦争が頻繁だった頃は立ち入り自体が難しい時期もあったでしょうし、そういうときに作られたのかもね。……だとしたら、嫌な予感しかしないけど」
「そんな話はどうでもいい。さっさと隠し扉を探すぞ」
「カイルさん。改めて申し上げますが、必ず私たちの後ろにいてください。たとえ財宝が目の前にあったとしても、先走らないこと。いいですね」
「わかってる。何度も言うな」
わかってる、という言葉ほど信用できないものもない。こういうときにそう言う人は、たいてい理解することと行動することの間に大きな溝がある。頭でわかっていても、いざとなれば欲望が先に出る。
「大樹から東に十メートル……このあたりね」
「隠し扉は、どんな仕掛けで開くことが多いんですか?」
「大体は魔力かな。そうしておけば一般人には開けられないし、物理的な仕掛けだと壊れたときに手の施しようがなくなるから」
先生はそう言いながら、目星をつけた地面に手をかざして魔力を流し始めた。
しばらくすると、ゴゴゴ、という重い音とともに地面の一部が動き、地下へ続く階段が姿を現した。
先生は持参した松明に火魔法で火をつけると、確かめるように階段の下へ投げ入れる。 有毒なガスが溜まっていないかを見るためだという。
ランプを灯し、先生を先頭にゆっくりと中へ入っていく。 内部は思ったより広く、木の根が侵食している部分こそあるものの、長く閉ざされていたとは思えないほど原形を保っていた。
「床も壁も天井も、どこに何があるかわからないから、ゆっくり確かめながら進んで」
大きな空間の中央には、人が横たわれるほどの石の台座があり、周囲にはいくつかの部屋への入り口が見えた。明かりで照らしてみても大半は何もないようだったが、中央の部屋だけ扉が閉まっており、その傍らに像らしきものが佇んでいた。
「あれは……」
「何もないじゃないか。くそっ、残りはあの部屋だけか!」
「ちょっと、待ちなさい!」
階段を降りれば金銀財宝が待ち受けていると信じていたのだろう、苛立ちを抑えきれなくなったカイルが中央の扉へ向かって走り出した。
止める間もなかった。走るカイルの先を見ていると、突然、像の双眸が赤く光った。
「くっ!」
先生がカイルの後を追う。
次の瞬間、像が動き出したかと思うと、その口から奇妙な音とともに何かが放たれた。先生はカイルを押し倒してかわしたが、何かが先生の肩をかすめ、鮮血が散った。
「先生!」
「私はいいからカイルを連れて下がって!あれはガーゴイル。補助の準備をしておいて」
台座から動き出したガーゴイルが、天井付近まで舞い上がる。
文献では知っていたが、実際に目の前で飛ぶ姿を見ると迫力が違った。土魔法で固められた魔獣で、遺跡の番人として知られている。風魔法を操り、この狭い地下空間で飛び回られると相当に厄介な相手だ。
「エフィ、針をちょうだい!」
カイルを安全な場所まで退避させてから、私は先生のそばへ戻り、言われた通り大ぶりの針を数百本手渡した
狭い地下では火魔法は酸欠を招き、土魔法は地盤を崩す恐れがある。使える魔法は限られていた。
先生はガーゴイルの攻撃をかわしながら、針を右手に握って風魔法の構えをとる。
「ウィンドショット!」
放たれた風魔法が針を巻き込み、凄まじい勢いでガーゴイルへと殺到した。
針はガーゴイルの翼を貫き、浮力を失ったガーゴイルが地面へと落ちる。
すかさず先生がウィンドカッターを放ち、ガーゴイルの身体は真っ二つになった。
「ふぅ~。久しぶりのガーゴイルだったから緊張したわ~」
「先生、手当てを!」
「ん、お願い。深くはないけど、洞窟内だからポーションをかけてくれるかしら」
風魔法による傷とはいえ、不衛生な環境では小さな傷でも感染すれば一気に悪化する。油断は禁物だ。
「早くあの扉を開けよう!」
ガーディアンがいたことで財宝への期待が高まったのか、カイルが急かしてくる。
「……先生が咄嗟に動いてくれなければ、あなた死んでましたよ。それはわかってますか?」
「うっ……それは……悪かったと思っている」
「いいわよ、エフィ。治療が終わったら行きましょ」
後ろから見ていたから、紙一重だったことがよくわかった。一歩でも遅ければ、カイルか先生か、どちらかが死んでいた。そう思うと、怒りがふつふつと込み上げてくる。 だが先生は、こういった修羅場を幾度もくぐり抜けてきたからか、どこまでも冷静だった。
「さて、行きましょうか」
先生がゆっくりと中央の扉を開け、ランプで部屋の中を照らした。 正面には机と椅子。四方の壁は全て棚で埋め尽くされており、フラスコや計量器具など、実験に使うようなものが整然と並んでいた。
「……何も、ない……だと?」
カイルの表情が、期待から絶望へとすとんと落ちた。しばらく呆然としていたが、やがてその沈黙が怒りに変わったのか、棚のものへ手を伸ばそうとした瞬間、先生が鋭く制した。
「触らないで。ここはもう国の管轄になる」
普段の先生からは想像もつかないほど強い声だった。 カイルはその迫力に気圧されたのか、何も言えないまま黙りこくった。
先生はそのまま険しい表情で、一つ一つの器具を丁寧に見て回り始めた。何を確認しているのかを聞きたかったが、その顔を見ていると、とても声をかけられる雰囲気ではなかった。
後日、先生を含む国の調査隊がこの部屋を改めて調査することになったが、私の帯同は許されなかった。
先生に結果を尋ねても、明確な答えは返ってこなかった。教えてもらえたのは、人体実験と思しき研究が行われていたこと、そのための材料が調達しやすい場所に作られていたこと、ただそれだけだった。
以前から、先生は何かをずっと探しているのではないかと感じていた。
今回の遺跡が、その何かと繋がっているのかどうかは、わからない。
ただ、あの部屋を前にした先生の表情だけが、ずっと頭に残っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回更新は5月26日(火) 20:00更新を予定しています。
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