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浮かび上がるもの

エルフ×探偵×魔法ミステリです。


日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。


気軽に読んでいただけたら嬉しいです。

私たちは街外れの一角に佇む、孤児院の廃墟にやってきた。

十数人の子供たちを抱えていたこともあり、建物は少し大きめで、話に聞いていた通り外壁が崩れ落ちている箇所が目立った。


事前に文字を見たという人たちにも話を聞くことができ、雨が降った日に文字が現れるということまではわかっていた。

今日は晴天だが、雨で浮かびあがるなら水をかけても反応するだろうということで調査に来ている。もし水ではなく雨そのものに意味があるとしても、この時期は夕方にスコールになる日も多く、その場合は改めて来ることになっていた。


「しかしホント暑いわね~。早めに終わらせたいわ」


先生と私は、先生が発明したという魔道具の送風機を持ち歩いていた。

水を入れた状態で魔力を流すと水が氷へと変化し、そこへ風を通すことでひんやりとした空気を送り出す仕組みだ。水魔法と風魔法を組み合わせた複合魔道具で、一般にも流通しているが、それなりに高価なものだ。


「片っ端から水をかける感じですかね?」

「この湿気で何も反応しないってことは、単純な水じゃないのかもしれない。魔力を帯びた水に反応する可能性もあるけど、もし魔道具が絡んでいるなら、下手に触れて壊してしまっては元も子もないわ。地道に調べた方がいいわね」


そう言うと先生は建物の調査を始めた。

孤児院らしく寝室や食堂、リビングなどが並んでいたが、ひとつ、普通の孤児院にはないものがあった。礼拝堂だ。

いくつかの椅子が並び、中心には祭壇と思しきものが置かれている。


話によれば、この礼拝堂の祭壇上の壁に文字が浮かびあがるとのことだったが、今は雨が降っていないためか、壁には何も見えない。


「何か見つかりましたか?」

「壁の表面には何もないけど……他の壁がボロボロなのに、この壁だけ妙にきれいに形が残っているのが気になるわね」


外壁が崩れてから内壁も風雨に晒されるようになって久しいはずで、それなりに傷んでいるのが自然だ。

だが先生の言う通り、祭壇のある壁だけは不自然なほど状態がよかった。


「魔力を流してみるしかないでしょうか……?」

「文字が現れるのが本当だとして、壁の表面に何もないなら、仕掛けは内側にある可能性が高い。それを動かすためのスイッチが外のどこかにあるはずよ。雨が降ったとき水が流れる場所か、溜まりやすい場所を探してみましょう」


私はそれよりも、この祭壇そのものが気になっていた。

孤児院には似つかわしくない、重厚な作りだ。中央には像が置かれ、傍らにはお供え物用と思われる器と杯が並んでいる。ここに水を注げば、何かが動き出すのではないだろうか。


「先生。この器と杯に水を注いでみたらどうでしょうか?」

「子供の手が届く場所には仕掛けないと思うけど……まあ一応調べてみるわ」


先生が器と杯を丁寧に調べていく。魔力回路には必ずゲートが存在し、何かを隠したい場合はそれを別の場所に配置したり、触れると壊れる仕組みにしたりすることがあるという。


重さによるスイッチも考慮しながら調べていったが、これといった仕掛けは見当たらなかった。


「先生、この祭壇の横についている細い管は何でしょうか。床の囲いのあたりまで真っ直ぐ伸びているみたいですが」

「ちょっと鏡を貸してくれる?」


管は小さな囲いの内側まで続いているが、下まで届いているわけではなく、外から覗けるほどの隙間もない。先生が鏡を差し入れると、管の内部に金属のようなものが詰まっているのが見えた。


「これ、液面スイッチかもしれない」

「液面スイッチ?」

「囲いに水を溜めると水位が上がって、中の金属も一緒に押し上げられる。それが上の接点に触れたときに回路がつながる仕組みよ。水を入れてみてくれる?」


言われた通り、持参していた容器から水を注いでいく。 ある程度溜まったところで「カチッ」と小さな音がして、祭壇の壁の一部がうっすらと光り始めた。


「……壁の内側に発光する仕掛けがあったのね。スイッチが入ると、どこかに蓄えられた魔力が回路へ流れ込む仕組みか」

「文字のようなものに見えますが……読めますか?」

「古代文字だから普通の人には無理ね。……『忘却の丘、大樹から東に十メートル』」


すらすらと読み上げる先生を、私は少し複雑な気持ちで眺めた。

千年生きているだけあって、知識の幅が違う。追いつける気がしないとも思うが、こうして隣で見ていると、尊敬と、ごく小さな絶望が同時にやってくる。


それよりも気になるのは内容だ。

孤児院に、わざわざこれほど巧妙な仕掛けを施してまで残すメッセージとしては、あまりにも不自然だ。誰が、何の目的で隠したのか。そしてその場所には、何があるのか。


「依頼人に報告して、忘却の丘へ向かいましょ」


先生の言葉は軽かったが、私の中では嫌な予感がじわりと広がり始めていた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


次回更新は5月21日(木) 20:00更新を予定しています。


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