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閑話:審査委員長は食べるのに忙しい

エルフ×探偵×魔法ミステリです。


日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。


気軽に読んでいただけたら嬉しいです。

「赤コーナーからは、どんなに高温だろうと問題なし!焼き、炙り、炒め物のエキスパート!ドラゴニュートの可愛い女の子、ラグナぁぁぁ~!青コーナーからは、繊細な味付けと美麗な盛り付けから貴族間で人気!ヴァンパイアの見目麗しい男の子、ルシアンんんんん~!」


今日は先生に誘われて、王都の調理学校の卒業料理対決の会場に来ている。

王都でも人気のイベントで、チケットを取るのが非常に困難だと聞いている。貴族のスポンサーからの出資で成り立っていて、優勝者には開店資金が与えられることもあり、学生も本気で取り組んでいる。会場の設営からナレーターまで、全て学生が担当しているそうだ。


先生は先に会場入りしているとのことだったが、席に着いてみると隣はすでに別の人が座っていて、先生の姿がどこにも見えない。


「本日のお題は、事前の抽選の結果……チョコレートデザートです!これはルシアン選手の得意分野、ラグナ選手の苦手分野かと思いますが、やはりラグナ選手が不利でしょうか?解説兼審査委員長のレイリアさん」


えっ。

よくよく見ると、解説席に見覚えのある人物が収まっていた。レイリア先生だった。

普段から「探偵業務は必要な人には深く知ってもらった方がいいが、それ以外にはあまり知られない方がいい」などと言っていた割に、満員の観衆の前で目立つポジションに座っているのはどういうことだろうか。どういったコネで審査委員長の席を得たのかは分からないが、おそらく先生はただ新作デザートを食べたかっただけだと思う。それだけのために、これだけ大きなイベントで——後で説教だなと、心の中で静かに誓った。


「そうとも限りませんよ。デザートでも火を使う技法はありますし、自分の得意分野に引き込んで素晴らしいものを作ってくれるんじゃないでしょうか」


先生の声は落ち着いていて、見た目だけは審査委員長らしかった。


二人が使うのは、妖精族が栽培するフェアリーカカオをペースト状にしたものだ。以前の事件の素材と同じだが、今回は特別な魔力制御のもと国の認可を得た上での使用で、問題はない。ラグナとルシアンはカカオペーストを受け取ると、すぐに調理へ入った。


「おおっと~二人の工程はさすがに対照的ですね。ラグナ選手、高温に熱した鍋へ躊躇なくカカオペーストを放り込みます!」


鍋に触れた瞬間、じゅわっという音と共に黒いペーストが緩み始める。甘い匂いだけではない、どこか刺すような香りが一気に広がり、会場から小さなどよめきが起こった。


「通常は順番に加えていくところですが、大胆な工程ですね」

「多分、フォンダンを作るつもりですね。外はカリッと、中はトロッと——ただあの火力だと、少しでも判断を誤れば焼き固まりになるはずです」


先生が得意げに解説しているが、先生が料理をしているところを一度も見たことがない。千年生きているのだから全くできないということはないのだろうけれど、普段のだらしなさを見ていると、どうにも台所に立つ姿が想像できなかった。


「一方、ルシアン選手は……おや?火を使っていませんね」


カカオペーストを湯煎にかけ、ゆっくりと温度を上げていく。


「温度管理——テンパリングですね。過度に熱を加えず、慎重に温度を調整することでカカオの状態を整えています」


学生たちの動きは洗練されていて、何度も繰り返し練習してきたのだろうと伝わってくる。二人とも迷いがなかった。


「できました!フェアリーカカオのフレイム・フォンダンです!」


最初に完成したのはラグナのデザートだった。いつの間にか先生が解説席から審査員席へ移っている。


「では審査員のレイリアさん、試食をお願いします!」


名前を呼ばれた瞬間、それまで「ふぅん、まぁ美味しそうね」くらいのクールなテンションだった先生の目が、待ってましたとばかりに輝いた。フォンダンが運ばれてきた瞬間から、明らかに様子がおかしい。テーブルに置かれると、先生の耳がピクリと動く。


先生はゆっくりとナイフを入れ—— とろり。中から濃厚なフェアリーカカオが溢れ出した。


先生の目が見開かれ、無言のまま口へ運ぶ。


「……っ!」

「レイリアさん、いかがでしょうか?」

「ちょっと待って、今話しかけないで」


怖いくらい真顔な声で返されて、司会が次の言葉を見失っている。

先生はもう一口。

さらにもう一口。

無言のまま手が止まらない。


「先生!?審査ですよ!?食レポしてください!」

「無理」

「無理!?」

「食べるのに忙しい」


審査員席で講評もなくただただ食事を楽しんでいて、審査員としては完全に終わっていた。


「……外側の香ばしさで油断させておいて、中の熱で一気に香りを叩き込んでくる……。しかも後味が長い。ずるい。これ、ずるいわ……」


やっと感想が出たと思ったら完全に一人の世界でぶつぶつ呟いているだけで、手は止まらず、とうとう食べ終わってしまった。


いや、食べるの早っ。


「……もう一個欲しいわね」

「いや……あの……審査中なんですが……」


その後、全て食べ終わってからでないとまともな講評は得られないと悟った司会により進行が工夫され、続いて完成したルシアンのデザート——繊細なテンパリングで仕上げたフェアリーカカオのノクターンムースが審査員席へ運ばれると、先生はまた無言で食べ始め、今度は司会も何も言わなかった。


結果はフェアリーカカオフォンダンの勝利で、調理学校の料理対決は無事に終了した。


先生は両方の料理を堪能して満足していたが、今回だけしか食べられないのでは困るという理由で、卒業後の新店舗でどちらのデザートもメニューに加えるよう、終了後もしばらく二人に食い下がっていた。審査委員長の立場を最大限に活用した、見事な交渉だったと思う。私は早く帰りたかったけど……


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


次回更新は5月14日(木) 20:00更新を予定しています。


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