フェアリーカカオブレッドを求めて
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
「はい、マムちゃん朝ごはんですよ~」
キメラのマムちゃんが来てから、世話をする係は専ら私になっていた。
すっかり環境に慣れたのか、依頼人がいようがいまいがおかまいなしに事務所を走り回り、気が向けば膝の上に乗ってくる。
子供連れの依頼人が来て話し込んでいるときなど、マムちゃんが相手をしてくれるおかげで仕事がずいぶん楽になった。
「マムちゃんの朝ごはんはいいけど、エフィはいつも何食べてるの?ご飯派?パン派?」 「私はパン派ですけど、前日のご飯が余っていればご飯ですね」
王都では一般的に朝はパンを食べることが多い。ご飯は炊くのが手間で、朝から用意するには早起きが必要になる。一人暮らしの私には、パンの方が都合がいい。
「最近王都のはずれに新しいパン屋ができて、すごい人気なのよ。リピーターですぐ売り切れてしまうんだって」
「王都のはずれにパン屋というのは珍しいですね。普通は人通りの多い中央通り付近に開きますよね」
「調理学校の卒業料理対決で優勝した子が開いたお店で、ある程度の認知度があるから、家賃の安い場所でも客の見込みがあると踏んだみたい」
王都の調理学校はこの国最高峰と言われていて、調理技術だけでなく経営学なども学べると聞く。卒業料理対決の優勝者には開店資金の補助が出るそうで、どの生徒も本気で挑む、かなりの激戦になるらしい。
これまでの優勝者が開いた店はどれも長続きしていると聞いていたから、期待が持てる。
「それは楽しみですね」
「……それで、今日は後日使えるフェアリーカカオブレッド販売の整理券が配られるみたいで……そのお店の目玉商品なの。どう?」
「どう……と言われても、残念ながらまだ事務所営業時間ですし」
現在は午後3時頃。事務所は依頼人がいなければ17時前には閉めることが多いが、夕飯の準備がある家庭が多い午後3時以降は、訪れる人もそれほどいない。
「エフィぃぃお願い~今日だけ早く閉めましょうぅぅ」
気品溢れるエルフとは思えないほど子供のように縋り付いてくる。王都でも重鎮だったのだから美味しいものには嫌というほど慣れているだろうに、整理券まで貰いに行こうとするのだから、よほどのことなのだろう。
先日の事件が終わったばかりで報告書の提出も済んでおり、今日はそれほど仕事もない。とはいえ、早く閉めることでお客様への信頼感が失われないかという心配が拭いきれず、私は少し悩んだ。
その間も先生はうるうるした瞳で私を見つめてくる。
「う~ん……じゃあ今度私が受け取った依頼も、ちゃんとやってもらえれば……」
「受ける受ける!」
即答されると、本当に受けてくれるのか不安になるが、結局先生の頼みを断り切れず、私たちは準備をして王都外れの店へ向かった。
「フェアリーカカオブレッドってどういうものなんですか?」
「私も初めて行くから詳しくは知らないんだけど――コーヒーのほろ苦さと、チョコレートの甘さがちょうどいい具合に合わさったパンらしいの。そのカカオはフェアリーが育てている特別なものなんだって」
私はそこらに売っているチョコレートしか食べたことがないので違いがよくわからないのだが、先生によると以前の蜂蜜と同じように、カカオも種類や産地によって味が全然違うそうだ。妖精族が育てるカカオは、花やフルーツの香りがあり、華やかな味わいになるらしい。
中央通りと比べると質素な通りだったが、一本の店の前だけ行列ができていたので、すぐに場所は分かった。整理券は限定50名ということだったが、私たちは無事に受け取ることができた。
「せっかくだし、店の中で何か買っていきましょうか」
中に入ると、パンの焼ける香ばしい匂いが充満していて、思わず食欲が湧いてくる。棚には様々な種類のパンが並んでいて、イートインコーナーで食べることもできるようになっていた。
「最初なので、人気のパンを買いたいですね」
「人気なのはフェアリーカカオブレッドの他に、このハニーフェアリーブレッドよ」
「甘いものばかりじゃないですか……」
「しょうがないじゃない、雑誌の特集に書いてあったんだから。飲み物はフェアリーリーフティーが甘いパンと最高に合うらしいわ」
人気商品の名前がことごとく「フェアリー」を冠しているのが気になったが、妖精族が育てた素材を使っていることがこの店の売りなのだろう。
焼きたての方が美味しいということもあり、私たちは人気のパンとフェアリーリーフティーを頼み、イートインで食べることにした。
「パンだけをお店で食べるなんて久しぶりだわ」
私も夕飯をパンだけで済ませることはあまりない。大抵は何か別の料理と合わせて食べていて、パン単独で食べるのは肉を挟んだものくらいだ。
注文したものが届くのをしばらく待っていると、外が突然騒がしくなった。
「フェアリーカカオブレッドを寄こせ!」
怒鳴り声のする方を窓から覗くと、数十人の客と思しき人たちと店員が対峙していた。店員は整理券がない方には今日はお渡しできないと繰り返しているのだが、客の一部がそれに激しく反発しているようだった。
ただの怒鳴り込みかとも思ったが、その声には尋常でない切迫感があった。整理券を手に入れられなかった悔しさとは、少し種類が違う。
「エフィ。事件の匂いがするわ。行きましょ」
先生の顔に真剣な色があった。私はパンが届く前に席を立ち、先生の後を追った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回更新は4月28日(火) 20:00更新を予定しています。
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