小窓の向こうへ
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
今日は満月で、夜の暗闇は普段よりも明るく見える。
ただ、依頼人の邸宅の裏に広がる森は、月明かりが木々に遮られて真っ暗闇だ。
私と先生は再び依頼人宅を訪れ、宝石を盗む犯人を待ち伏せしていた。
部屋の明かりはすべて落としてある。窓から差し込む月明かりだけが、室内にある家具の輪郭をうっすら浮かび上がらせていた。
「月明かりがあるとはいえ、犯人の姿がよく見えるか心配ですね」
「そうね。でも、光を灯してしまうと寄り付かない。それに、予想通りなら姿が確認できれば問題ないわ」
先生が何を予想しているのかはまだわからないが、今夜が戦闘になった場合、暗闇の中での応戦になる。相手が何を持っているのか、何の魔法を使うのかがわからない状況は、先生が以前から嫌っていた。私も同じ気持ちだ。
「さっき何かを撒いてましたね。あれは何だったんですか?」
邸宅に着いてすぐ、先生は依頼人の了承を得て、部屋の中や宝石の周りに粉のようなものを丁寧に撒いていた。
「そのうち分かるわよ。それより、今日来るとは限らないのがちょっと心配ね。いつ来るのか分からない待ち伏せは、思った以上に体に堪えるわ」
来るかどうかもわからない相手を、声も立てずに待ち続けるというのは、確かに体力だけでなく精神力も削られる。それでも、窃盗犯に早く来てほしいというのも妙な話だと思いながら、息を潜めて待ち続けた。
どのくらい経っただろうか。
こつん、こつん、と、窓の付近で何かを叩くような音が室内に響いた。
先生が指を口に当てる。
目を凝らして音のする方を見ていると、猫用の小窓がわずかに動き、黒い影がするりと這い出てきた。
小型で、長い尻尾がある。リスよりひと回り大きいくらいだろうか。
影はまっすぐに宝石のある棚へと向かい、置いてあった偽物の宝石を素早く口にくわえた。
私は立ち上がろうとしたが、先生の手が静かに私を制した。
影は来た道を戻るように小窓をくぐり、外へ消えていった。
「先生、追わなくていいんですか」
「向こうの方が早いわ。それより、明かりを灯してちょうだい」
小窓を塞いでいれば逃がさずに済んだのではないか、という気持ちはあったが、先生が止めたのには何か意図があるのだろう。焦る気持ちを落ち着けて、明かりを灯した。
先生は小窓から宝石の棚まで、何かを確かめるように床を見ながら歩き回った。
「よし、大丈夫そうね。明かりを持って外に出ましょう」
外に出ると、先生は小窓のそばにしゃがみ込み、地面に手を置いて魔力を流し始めた。
すると、先生の手が触れた場所からぼんやりとした光が生まれ、それが糸を引くようにまっすぐ森の方へと伸びていった。葉の上、地面の低いところ、足元の草の間。点々と続く光の跡が、暗い木々の間に消えていく。
「……これは」
「魔力を流すと光る特殊な粉よ。連鎖的に反応する性質があるから、犯人の体に付着したものが草や地面に触れるたびに光り続ける。魔力が残っている間は消えないわ」
先ほど撒いていた粉の正体はそれだったらしい。犯人が小窓を通り、宝石に触れ、また外へ出ていく、その一連の動きがそのまま光の道になって残っていた。
「さて、消えないうちにさっさと行きましょ」
先生は迷いなく光の跡を踏み出した。私もその後に続いた。幻想的な光景だとは思ったが、口には出さなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回更新は4月16日(木) 20:00更新を予定しています。
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