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月のない夜の執念

エルフ×探偵×魔法ミステリです。


日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。


気軽に読んでいただけたら嬉しいです。

あれから3日が経ち、その日の朝、先生から再度同じ場所で監視するという連絡が来た。


先生が研究所に籠っていた2日間、私は一人で張り込みを続けた。どちらの夜も、フローラの後から足音がついてきた。姿は見えないまま、音だけが確かにそこにあった。


「先生。今日は来るでしょうか」

「来るわね。今日は新月で、明かりが少ないから」


言われて空を見上げると、確かに月の気配がほとんどない。この3日間の中で今夜が一番暗かった。暗ければ暗いほど、追跡する側には都合がいい。


「それで、私はどうすればよいでしょうか」

「戦闘になるかもしれないから、確保の準備だけはしておいて」


依頼人のフローラには事前に話をしてあった。騒ぎが聞こえたら待機して、収まったら戻ってくること。何も聞こえなければいつも通り帰ること。


しばらくして、路地の奥から一人の女性が歩いてくる。フローラだ。そして、これまでの夜とまったく同じように、その後ろから足音が重なり始めた。


横を見ると、先生がすでに魔法を放つ構えをとっていた。


何の魔法を使うのだろうと思った瞬間、視界が薄く滲んだ。霧が晴れるような、水面が揺れるような——そのかすかな揺らぎを先生も捉えていたのだろう。迷いなく、魔法を放つ。


「ワールウィンド!」


先生の前方に旋風が巻き起こり、思わず目をつぶる。次に目を開けたとき、路地の真ん中に一人の男が立っていた。


「現れたな、襲撃者め!私がノアを守る!」


男は叫びながら後ろに飛び退き、魔法発動の動作に入る。先生は生垣から飛び出し、私を庇うように男の側面へと回り込んだ。


「ウォータースラッシュ!」


男の手元から斜めに水の刃が走る。先生はその動作を見た瞬間にはすでに動いていた。


「ウォーターウォール」


同じ水魔法で壁を作り、刃を受け止める。魔法は発動の動作にその種類が表れる。先生は相手が水魔法の使い手だと事前に分かっていたのだろう。通常、一人の魔法使いが習得できるのは一属性が精いっぱいで、四元素すべてを操る先生のような存在は稀有だ。


「そこまでにしなさい。あなたの罪が増えるだけよ。元魔法師団所属のゲイル」


先生が動きながら、静かにその名を呼ぶ。先日持ち帰った魔力を含んだ土から、身元を割り出していたのだろう。


「卑劣な襲撃者が何を言っている。ここでお前は終わりだ!」


激しいやり取りが続く。先生の魔法は発動の速さも精度も圧倒的に上回っているが、相手を傷つけないという制約と、ゲイルの戦闘慣れした動きとが噛み合って、勝負はなかなかつかない。


じりじりとゲイルがこちらへ近づき、背がこちらに向く。先生がこちらを一瞬見て、目配せをした。


私は意図を察し、ゲイルが魔法を放った直後の硬直を狙って飛びかかり、背後から羽交い締めにした。


「くっ。離せ!」


その隙に先生が水魔法で足枷を作り、地面に押し倒して手枷をかける。勝負はそこで終わった。


****


「なぜこんなことをしたの?」

「うるさい!お前たちに話すことなんてない!」

「……あなたが後をつけていた女性と、何か関係があるのかしら」

「やめろ!ノアに手を出すな!」


ノアというのは誰のことだろう。ゲイルが追っていたのはフローラで、依頼を受けたときに本人から直接名前を確認していた。

困惑していると、騒ぎが収まったことに気づいたのか、フローラが路地に戻ってきた。


「フローラさん、このゲイルという男に心当たりはありますか」

「……いいえ。会ったこともないですし、名前も知りません」


拘束されたままのゲイルは「逃げろ」とフローラに向かって言い続けていたが、フローラはただ気味悪そうにゲイルを見ていた。誰かと間違えているのだろうか。


「話が通じないわね。とりあえず現行犯で治安院に渡しましょう」


****


後日、当時の同僚から話を聞いた。


魔法師団に所属していたゲイルには、同じ師団にノアという恋人がいた。ノアはフローラによく似た顔立ちだったという。前線基地に配属されていたある夜、ノアは一人で川辺に水を汲みに行き、そこで襲撃を受けて亡くなった。


ゲイルは一緒に行かなかったことを激しく後悔し、何かに憑かれたように魔法の鍛錬を続けた。その後、師団を辞め、外部との接触を断ち、消息不明になった。


「悲しい事件でしたね」

「戦場では精神をやられる人間が多い。その後遺症に苦しむ人も少なくないわ」


魔法師団の団長も務めたことのある先生は、幾多の戦場を経てきた。そういう人間を、何人も見てきたのだろう。先生はいつも、事件を起こした相手にあまり同情を向けない。それでも今は、何かを思うように黙って遠くを見ていた。


「姿隠しの魔法が存在するなんて、思ってもみませんでした」

「新月に近い夜にしか使えないとはいえ、凄まじい技術よ。ノアを失った後悔が執念に変わって、あれだけのものを生み出した」


先生の解釈では、煙幕として使うミスト系の魔法を高度に応用し、月光を精密に屈折させて視覚的に姿を消すという仕組みだということだった。足元に水分が残るのはその副産物で、明るい夜では光の屈折が不完全になるため、新月に近い夜でしか実用できない。


「満月に近い夜はどうしていたんでしょうね」

「おそらく、ノアが亡くなったのも新月に近い夜だったんじゃないかしら。その光景が蘇るたびに、行動に出ていた——まあ、推測に過ぎないけど」


ゲイルは心が壊れており、まともに話せる状態ではなかった。姿隠しの魔法の詳細も謎のままで、先生を含めた研究チームが解明していくことになったが、年単位になるだろうとのことだった。ただ、できることが分かっている状態と、できるかどうか分からない状態とでは、出発点がまるで違う。


「んー、事件も解決したことだし、料理を堪能しましょうかね」

「先生……」

「分かってるわよ。報告書が終わってからね」


先生はそう言うと、机に向かって報告書の作成を始めた。普段の先生からは想像できないほどの速さで、羽ペンが紙の上を走っていく。


屋台の料理が待っているとなれば、先生の仕事は早い。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


次回更新は4月7日(火) 20:00更新を予定しています。


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