第84話 命懸けのホスト(1)
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』
『容姿向上』『短剣特効(速)』『水中歩行』『暗闇無効』
『投擲(必中)』『レア世界』『頭脳向上』『視界向上』
『掏摸向上』『話術向上』『痛覚減少』『魅力向上』
アクションスキル 『空中跳躍』『物体透過』『技能破壊』『技能詳細』
不自然に身体が揺れている。切迫したような声を片方の耳が拾い、次第に意味が聞き取れるようになった。
「ヒロヤ、起きろ! 指名が入った! いつまで寝てるんだ!」
「……わかったよ。そんなに揺らさないでくれ」
生欠伸で目を覚ます。涙で視界が滲むので手早く目を擦った。
俺は黒い革張りのソファに座っていた。手前にはガラス製のテーブルがあった。空になったティーカップの底は微かに茶色い。
「もう目は覚めただろ。客を待たせて不興を買うと危ない。早く行って来い」
俺の右隣に座っていた金髪が早口で伝える。甘いマスクの二枚目で白いスーツ姿が様になっていた。
「わかった。その前に客に失礼がないように自分の姿を確認したいのだが」
「通路に鏡があるだろ。あと呼ばれたのは一番テーブルだ。わかったな」
「了解した。では、行ってくる」
立ち上がって周囲に目をやる。他にもホストのような格好をした者達がいた。俺と目が合うのを恐れるかのように一様に目を伏せた。
不審に思ったが理由は訊かない。さっさと銀色のドアを開けて部屋を出た。
仄明るい廊下が真っすぐに伸びている。左右には等間隔で銀色のドアが見られた。寄り道する時間はないので無視して歩く。
左手の壁に姿見があった。向き合って全身を映す。
赤い上下のスーツは華やかでいて同時に不吉な血を連想させた。
試しに笑ってみる。愛嬌のある二枚目で悪くない。鏡をよく見ると側頭部の一部の髪が乱れていたので撫で付けた。
程々の安心感を得た俺は廊下を進み、突き当りの金色のドアを通り抜けた。
その先は調理場に繋がっていた。簡単な料理ができるようで五人が忙しなく手を動かしている。炒め物の匂いを鼻で味わい、シャンデリアが吊るされた豪華なフロアに足を踏み入れた。
一番テーブルと言われたので、まずは四隅に目を飛ばす。左奥のところに黒服の男性が立っていた。こちらに気付くと軽く手を挙げた。近くにあるベージュのソファには白いつば広帽子を被った客らしき人物がいた。
足早に向かい、ソファの横に付けると意識して微笑んだ。
「この度はご指名いただき、誠にありがとうございました。ホストを務めるヒロヤと申します」
「他人行儀な言い方は好みではありません。もっと親密な関係を自然な感じで醸し出して欲しいわ」
「畏まり、ではなくてわかりました。隣に座りますね」
「帽子が邪魔になるわね」
自ら帽子を取って傍らに置いた。
客の白いイブニングドレスには気品を感じる。手足は長くて細いが病的とまでは言えない。顔の輪郭は独特で逆三角形だった。目に当たる部分は丸いレンズのように飛び出し、瞳孔のような黒い点があった。
端的に容姿を言えば『人間のようなカマキリ』となる。
数々の異世界転生で異形には慣れている。とは言え、胸中では少し驚いた。
目は冷静に次の行動を探す。手前のテーブルに置かれた黒いボトルに目がいく。氷水に浸けられていた。そのまま引き上げると滴を落とす。そこで近くに置かれていたナプキンをボトルの底に当てた。
「この出会いに乾杯しましょう。栓を抜く物は……」
「必要ないですわ」
客は瞬時に腰を捻り、腕を水平に振った。ボトルの口の部分が吹き飛び、白い泡が噴き出した。慌ててグラスを掴み、中身を注ぐ。多少、ズボンを濡らしたが大きな失態にはならなかった。
「お見事です。これをどうぞ」
「ありがとう。それにしてもあなた、あまり驚いていませんね」
客は顔を近付けた。俺は敢えて身を寄せてにっこり笑う。
「色々な体験をしてきたので。それにしても滑らかな切り口ですね。鋭利な鎌みたいです」
「刃は出し入れが可能なので腕枕もできますよ」
女性は長い左手をソファに置いた。こちらの反応を窺うかのようにじっと見つめてくる。
俺はボトルをテーブルに戻し、臆さずに仰向けとなった。うなじにひんやりとした腕の感触が伝わる。
「躊躇いもしないなんて。あなた、食べたくなるほど可愛いわ」
「そう、ですか。それは困ったなぁ」
ただの愛情表現に思えない。カマキリの雌と考えれば本当に食べられそうだ。
頭に過った瞬間、自分の間抜けな行動にふつふつと笑いが込み上げる。口元に力を加え、辛うじて笑顔にとどめた。
笑い上戸のスキルは厄介である。ただし客には好意的に捉えられた。
「お腹は空きませんか?」
「そう言われると少し減ったかもしれません」
「そこのあなた、スペシャルメニューを追加で」
近くにいた黒服の男は一礼して足早に離れてゆく。
客は満足そうに眺めて言った。
「わたし専用の一皿です」
「楽しみが増えました」
「料理がくるまで、このまま会話を楽しみましょうね」
当たり障りのない話で時間を過ごしていると香ばしい匂いが近づいてきた。濃厚な醤油味で甘味も感じられた。
俺は上体を起こし、テーブルに置かれた大皿を目にした。大量のイナゴが炒めた状態で盛られていた。
昆虫食と言えばそうなのだが、まあ、客はカマキリだし。
閉じた唇からブフォと空気が漏れた。笑いがぶり返しそうになり、とにかくイナゴを口いっぱいに頬張った。
「ありがとう。楽しい時間を過ごせました」
「こちらこそ、またのご来店、お待ちしています」
「その言い方」
「ごめん、そうだったね。また来てね」
言い直すと客は帽子のつばを上下させて帰っていった。
こちらも元の部屋へ戻る。待機していたホスト達は俺の生還を喜んだ。その中に白いスーツの二枚目はいなかった。指名された外交官のワニに半身を噛まれ、治療室に運ばれたらしい。
なんとも恐ろしい異世界のホスト業である。




