第85話 命懸けのホスト(2)
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』
『容姿向上』『短剣特効(速)』『水中歩行』『暗闇無効』
『投擲(必中)』『レア世界』『頭脳向上』『視界向上』
『掏摸向上』『話術向上』『痛覚減少』『魅力向上』
アクションスキル 『空中跳躍』『物体透過』『技能破壊』『技能詳細』
ここにくる客は人外ばかりではなかった。人間の女性も多く来店した。少々、恋愛願望が強いのか。甘ったるい要求が多かった。
「口移しで食べたいなぁ」
「ボトルを入れて欲しいなら、もっと可愛くお願いしないとダメよ~」
「店のあとの甘い時間はないの? 今日のわたし、勝負下着なんだけどぉ」
半ば発情した顔で迫られる度に話術向上のスキルを駆使し、やんわりと丸め込んだ。命の危機はないので人外より、いくらかマシに思えた。
そんなある日、再び指名が入った。他のホストの話によると客は人魚らしい。陸上が苦手なのでいつものフロアは使えないと言われた。
そこで廊下にずらりと並んだ特別室の一室が選ばれた。水生生物専用の部屋で巨大な水槽が置かれ、中にはソファやテーブルを仕込んでフロアを再現しているという。
「……ここか」
俺はドアの前に立った。客は水槽の中で待っていると事前に聞かされていた。
人魚の定番の姿を想像するだけで胸が高鳴る。美しい顔はいうまでもなく上半身は裸。長い髪がふくよかな胸をそれとなく隠し、下半身の尾ひれを優雅に動かす。その影響で髪がふわりと浮かぶことも十二分に考えられる。
今日は俺が接待されるのかもしれない。
限界まで高まった期待でドアを開けた。
瞬間、水槽の側面が視界を埋めた。後ろ手でドアを閉めると掛けられた梯子を慎重に上がる。天井に頭が当たりそうなところで止まり、水面を見下ろす。ゆらゆらと揺れる先に何匹かの魚が見える。客の姿は、はっきりしない。
取り敢えず、俺は白いスーツ姿で水面に両脚を浸し、そのまま沈んでいった。
視界がはっきりした。ベージュのソファに客が座っていた。思わず、口から白い泡を大量に吐いた。
客の上半身は魚で両手がなかった。
俺は底に着くと歩いて右隣へ座った。
丸い魚眼がこちらを見ている。びっくりしたような顔に不釣り合いな声を掛けられた。
「大丈夫ですか? 息を吹き出していましたが。喋れないとは思いますが、無理はしないでちゃんと息継ぎをしてくださいね」
「平気です。水中でもちゃんと会話はできますし、息継ぎも不要です」
「え、えええっ!? あなたも人魚?」
訊かれても即座に返せない。笑顔で小首を傾げ、生まれ付きです、と答えた。苦し紛れの言葉は意外なことにすんなりと受け入れられた。
「そうでしたか。世の中は広いですね。安心しました」
「その広さもあって女神や神様もいます」
「本当に?」
客は無表情で身体を真横に傾けた。正直に語り過ぎて逆に疑われているようだ。
「ここだけの話ですが、この水中での能力はこの世に産まれる前に女神様から授かりました。その証拠に身体は至って普通の人間です」
客は魚眼を近付けた。顎の辺りを執拗に見ているようだった。
「エラ呼吸ではないと。他には……」
客は身体をぴったりと引っ付け、全体で摩るように動いた。気恥ずかしさもあって視線を落とす。
その時、艶めかしい両脚に初めて気付いた。素足は光沢のある白で斜めに揃えられていた。毛らしいものは見当たらず、石膏像が頭に浮かんだ。
「あまり見られると恥ずかしいです」
「綺麗な脚なので見惚れてしまいました」
「……口が上手ですね」
「本心です。話は変わりますが水槽にいる、この魚は?」
近くまできた一匹を指さす。客は目で追い始めた。
「意識したら急に」
「もしかしてこの魚は」
客は態度で示すように眼前の魚に食い付いた。鋭利な歯で背骨ごと噛み千切ると水中に薄い血が広がった。
客の全身が震え出す。いきなり立ち上がり、次々と魚を襲う。噛み千切られた肉片が水中に漂い、血の色が濃くなった。
興奮が収まらない。それでいて魚は死に絶えた。
俺は立ち上がると一方へ歩き出す。
「食わせろおおおぉぉ!」
背後の声が急速に近付く。スキルの関係で水中を歩くことしかできない。
首の辺りに水流を強く感じた。その直後、強力な歯が肌に食い込む。が、血は全く出ない。
物体透過の六秒を活かし、水槽から辛うじて逃れた。
水槽のガラスを隔て俺と客は見つめ合う。その時間の経過で徐々に冷静さを取り戻していった。
「ああぁ、わたしはなんてことを。ごめんなさい、そんなつもりは全然なくて。わ、わたしは、どうしてこんな……」
俺は物体透過のスキルを使い、水槽へ戻った。相手を落ち着かせるようにふんわりと抱き締める。
「私には何もありませんでした。気に病む必要はありませんよ」
「そうですが、これも女神様の恩恵なのですか?」
「そうです。できれば二人だけの秘密にしていただけると助かります。余計な混乱を招きたくはないので」
「……わかりました。わたしもこのような失態を知られるわけにはいきません」
固い約束を交わし、穏やかな会話が始まった。その過程で追加の魚を注文した。大型もあって噛み付くと大量の血が水中に溢れ出した。
やはりというのか。二度目の危機を乗り越え、今日も無事にホスト業を終えるのだった。




