第82話 パスワードの世界(4)
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』
『容姿向上』『短剣特効(速)』『水中歩行』『暗闇無効』
『投擲(必中)』『レア世界』『頭脳向上』『視界向上』
『掏摸向上』『話術向上』『痛覚減少』
アクションスキル 『空中跳躍』『物体透過』『技能破壊』『技能詳細』
目の前の壁に突進した。物体透過で潜り込み、突破を試みるものの慌てて引き返す。どこの空間にも出られなかった。
八秒の間を空ける。今度は位置をずらして壁へ突っ込んだ。方々に目を向け、またしても途中で引き返す。
どこにも繋がっていない。どういうことなんだ?
浮かぶ疑問を振り払うように頭を振った。喝を入れる為、両手で両頬を叩いた。痺れるような痛みに怒りにも似た感情が沸き起こる。
俺は全力で壁へ駆け込んだ。
物体透過を何度も試した。穴に落ちる恐怖を捨て去り、壁の中を駆け回った。
全ての行動が徒労に終わった。一周して俺は呆然と立ち尽くす。
素足もあって足の裏が熱い。弱火で炙られているような感覚を嫌い、その場で胡坐を掻いた。あまりの静けさに軽い耳鳴りが起こった。
俺は後ろへ倒れた。仰向けの姿でなだらかな天井を眺める。
完全に閉じ込められた。喉が渇いた。腹も減った。終わりは時間の問題だな。
両手を頭の後ろに回した。眠くはないが瞼を閉じた。脱出に必要な妙案は何も浮かんで来ない。
俺は何度目かの溜め息を吐いて上体を起こす。中央に停まっていた流線型の物体へ目を注ぐ。起き上がるとゆっくり近づき、閉まっているドアの前へ立った。何の反応も見られない。
女性の持ち物である長方形の物体を近付けてみた。
「ロックを解除してください」
何度も耳にした言葉が返ってきた。そこで思った。ロックされる前に試せば活路を見出せたのではないのか、と。
「クソッタレが!」
もちろん自分に向けて怒鳴った。八つ当たりではないが長方形の物体を床に叩き付けた。ガラス片が飛び散り、大きく弾んで転がった。損壊したことで得られる変化は何もなく期待外れとなった。
改めて周りの壁を眺める。たったの三秒では空間を見つけられなかった。
俺の中で行動が一つに絞られた。命懸けの選択なので決断が鈍る。
後押しをするように上部の天井が降りてきた。丸い円形の上には三人の屈強な男性がいて俺を無表情で見下ろす。
「貴重な素材だ。傷付けずに確保するように」
「わかりました。五秒で拘束します」
「投げ付けられる物にも用心が必要だ」
俺は壁で動かなくなった女性に目をやる。なけなしの力を振り絞って走った。
女性は壁を頻りに引っ掻いた。不具合による行動と受け取れる。別の視点では非常口の可能性が僅かに残されていた。
非常口に賭ける。
物質透過の制限である六秒に全てを捧げた。片道切符を握り締め、壁の中を愚直に走った。
場面が一変した。俺は灰色の路面を走っていた。破れた教科書や横倒しになった机が目に付く。
徐々に速度を落とし、駄菓子屋然とした女神屋の前で足を止めた。
丸椅子に座ったパンツルックの女神が棒の付いた飴玉を舐めている。
「今回の努力は認めるけど、全然、ダメだよね? 反省点はわかる?」
「現代的な世界に惑わされたのと、パスワードの解読が出来なかった点が惜しまれます」
「そうなんだけど調べる方法はあったよね」
「そうでしょうか。私にはわかりませんでした」
反省はしつつ目に力を込めた。
女神は半笑いで受け流し、上体を前に倒した。
「最初から物質透過を使って住宅街を調べれば良かったんだよ」
「それは、そうですね。女神様のおっしゃる通りです」
「それに三回の失敗でロックが掛かることを学んでいながら、なんで何回も繰り返すのかな。二回で止めとけばいいのに」
「その通りです。最初から焦っていて、考えが及びませんでした」
反論の余地がない。俺は深々と頭を下げた。
追い込むような悪態を覚悟したが、それ以上の追及はなかった。
女神は柔和な表情で、ガチャを回して、と声で促した。
俺はパーカーのポケットから赤いコインを取り出し、店先に置いてあるカプセルトイに入れた。ハンドルを回し、出てきたカプセルを手に取った。
「このピンクは以前にも見ました」
「また女神ガチャのカプセル!? さすがにデートじゃないよね?」
「どうでしょう。開けてみます」
カプセルを割ると紙片が入っていた。広げると『女神市』と書かれていた。小首を傾げながら女神に渡す。
目にした途端、アヒル口となった。力んだように頬が赤みを差し、全身を小刻みに震わせた。
「なんでこんなのが出るのよ!」
叫んだ直後、女神は消えた。
目にした俺は、え、と声が漏れた。周囲に目をやるがどこにも姿がない。
女神屋の中を覗いても同じで誰もない。置き去りにされた感が強く、え、と再び戸惑いの声が口を突いて出た。
辺りをうろうろしていると見慣れない扉を見つけた。
アーチ状の扉の縁は金色の草花があしらわれ、全体が赤く染められていた。ノブのような物は付いていない。後ろに回り込んだが同じで用途に困る。
扉の形状をした別物なのだろうか。
頭の中であれこれ考えていると扉は勝手に開いた。先はよくわからない。空間が歪んでいるようで虹色がゆっくりと渦巻いていた。
「……入ればいいんだよな?」
俺は思い切って扉の中へ入っていった。




