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第十六章 赤い山脈 9

早朝より、キャティナ・マウントーサ・ロッソ駐屯地の要塞から、約40機ほどのエアジェットが飛び立った。

スカイロード3回生は2回生の時に訓練を受けているのだが、エアジェットパイロット全員において、山脈での飛行訓練をしていた。

アクロバットを目的としたメンバーは陸上部隊と地上で基礎訓練をしていた。

基礎体力ウォーミングアップをした後、ロッククライミングをこなし、崖の上からの飛び込みの訓練を繰り返した。

女学生はエミリアとフェリシアしかおらず、2名は飛行訓練を優先させるため、ペアを解除させられた。

フェリシアはレインと訓練を受けられないことを残念に思った。

レインは、体格の良い陸上部隊と体が一回り大きいスカイロードの学生にまみれて、訓練をこなしていた。

アルバートは痩身ながらも筋肉質で、青白かった肌も日に焼けてたくましく見え、黒髪のために周囲の目を引いた。

外見上は目鼻立ちの整った美形なので、腕力に長けた人物にはみられなかったが、ロッククライミングの際は群を抜いて、すばやく上りきった。

馴れないことには不器用なレインは、腕力があってもスカイロードの2回生には追いつけなかった。

昨日と同じく、上りきろうとしたら、アルバートが手を差し伸べて待っていた。

レインはムッとして、手を取らなかったが、アルバートは予想していたので、含み笑いをした。

ロブはジェフに言われた「過保護」に敏感に反応してしまい、レインのそばに近寄ろうとしなかった。

飛行訓練では、前日より迷路のような山脈を地図で把握して訓練に望むよう指導されていたが、上空からポイント確認や地形を把握し、飛行しながら頭の中で地図を描くよう指導された。

エアジェットは10機ほどの隊列を組んで飛んでいたが、分散し断崖絶壁の谷底に10機単位で飛行訓練を始めた。

降下、垂直飛行、上昇、狭い谷底で飛行訓練を繰り返す。

エアジェット部隊は要塞にもどらず、山脈の平地で着地し、朝食を摂った。

陸上部隊との訓練を終え、要塞で朝食を摂っていると、アルバートに喧嘩を売ってくる陸上部隊がいた。

アップルメイト大尉が止めに入ったが、防ぎきれず、大乱闘になった。

ロブがアルバートを押さえ込んだが、黒衣の民族のハーフだと知ると、寄ってたかって殴りかかろうとする。

レインは大乱闘に巻き込まれて、顔や手足などを殴られてしまった。

ズキューン

陸上部隊のエディ=コークスロー中尉が銃を天井に向けて打った。

大乱闘は、一旦静まり返った。

「お前たち全員懲罰ものだ。誰だ、はじめに殴った奴とはじめに言い放った奴は!独房入りにしてやる!」

そして、罪のなすりあいのように、お前だ、誰だ、と言い合いが始まり、騒ぎにもどった。

「陸上部隊、全員、谷底独房入りだ!お前ら覚悟しろ!砂虫に食われてしまえ!」

叫んだのは、大乱闘からようやく抜け出せたアップルメイト大尉だった。

一斉に静まり返り、陸上部隊はテンションを低くして、その場から立ち去った。

いまだ、興奮状態のアルバートを必死に押さえ込んでいるロブだったが、そばでレインがうずくまっているのに、ようやく気が付いた。

アルバートを押さえていた腕を離し、レインのそばにしゃがみこんだ。

「おい、大丈夫か、レイン。」

「お腹を蹴られて・・・胃が痛くて吐きそう。」

朝食を食べたばかりで、みぞおちに蹴りを喰らって胃液が逆流した様子だった。

アルバートは血気盛んで、茫然とそれまでの様子をみていたスカイロードの学生を殴ろうとしていた。

しかし、アップルメイト大尉に制止させられた。

アルバートはクレアと大尉を思い違いして抱きついたが、大尉は気が動転して、アルバートの腕を取って、床に倒しこんだ。

丁度そのころ、騒ぎを聞きつけて、クレアとコーディが食堂にやってきた。

クレアが大尉に事の詳細を聞いた。

「常日頃から、黒髪だからと言って、黒衣の民族だとは限らないと言ってあるのだが、どうしてかもうアルバートを黒衣の民族だと決め付けて喧嘩をしかけてしまっていて。」

「まぁ、山岳警備隊は血気盛んな成長できないオスのようなものだからなぁ。」

「どういう意味ですか、クレアさん。」

豪快に笑った後、クレアは、大尉にアルバートの事情を説明した。要塞に到着した際には、ハーフであることは説明していたが、多重人格者であることは説明していなかった。

説明を聞いて、大尉はようやくアルバートの腕を離した。

「クレアさん、こちら側も落ち度がありました。

説明するほどでもないと思ってましたが、大規模な鉄鉱石窃盗団の捕獲作戦の際、黒衣の民族が絡んでいて、いまだにその事を恨んでいる連中もいるのです。」

「ほぉ。恨みを持ち合わせていたら、団結も何もないでしょう。」

「そうです。それはもうこちらの落ち度としか申しようがないです。」

「良い機会になったでしょう。こちらはいろいろと予測はしていましたので、アルバートのことはもう。

ただし、このような事態を招いた以上、アルバートをここで訓練させることはさせません。他のものは・・・。」

クレアが言い終わらないうちに、コーディが口を挟んだ。

「クレアさん、レインさんが負傷したようです。」

クレアがレインのほうへ体を向けると、仰向けに寝ている姿が目に入った。

「おやおや。」

スカイロードの教官が寄ってきて、訓練の中止を申し出たが、クレアはスカイロードの訓練を中止させるわけにはいかないと続行を望んだ。

ただし、今日はもう、SAFのクルーとの訓練は中止にしてほしいと願い出た。

アップルメイト大尉と教官とで、話し合い、クレアの申し出どおりになった。

エアジェット部隊に通信が入り、SAFは訓練から抜ける旨が伝えられた。

ロブとアルバートとペアを組むはずだったジェフとカイン、それにジリアンは、要塞に戻ることとなった。

機内で食事を摂って上空を飛んでいる最中だったので、ジリアンはエミリアやフェリシアが乗っている機体に向かって、ライトで合図を送って、その場から去った。


レインは医療部に運ばれて、毎日点滴を受けているカスターの隣に寝かされた。

胃が痛いながらも、何日も経っていないのに、ずいぶんと会ってないようにカスターを眺めていた。

心配そうにしていたカスターの様子を、レインの目からはだいぶ落ち着いて穏やかになっていると感じていた。

「レイニー、痣がたくさん出来ているよ。そんな姿を見ることになるなんて思いもしなかったな。」

「キャス、大丈夫だよ。痣ぐらいすぐ治る。ただ、ゲホッ胃が・・・。」

「レインさん、しゃべらないほうがいいですよ。寝てて安静にしてください。みぞおちあたりの痣は内出血しています。以前の肋骨が折れていないかどうか検査するかもしれません。」

コーディがレインを寝かしつけて、薄い掛け布団を掛けた。

一方、アルバートはクレアに言われて、SAFで寝泊りするようになり、ディゴが付き添うことになった。

クレアは医療部にもどらずに、地上に出た。

そこへジェフがやってきた。

「ひどい騒ぎが起きたそうで。」

「誰かが仕組んだみたいだな。」

「カインかもな。」

「山岳警備隊は一枚岩じゃないのか。」

「一枚岩ですよ。恨んでいたら、みんな恨んじゃう。」

「そんな感染する病気みたいにいうなよ。」

地上は、砂と岩だらけの何もない平地だった。

少しはなれたところに建物があるが、以前の駐屯地のものだった。

太陽が頂点にのぼりつめないうちの午前。暑さが増すばかりの地上で太陽を仰いで目がくらみそうになるのを感じていた。

大きな岩を指して、座りませんかとジェフは促した。

二人して、大きな岩にもたれて座り込むと、目線の先にはディアナ火山があった。

「ディアナ火山の伝説って知っているか。」

「さぁ。」

「ディアナという娘が意にそぐわない結婚を拒んで炎で身を包んで死んでいった話がこの土地に残っていて、30年ほど前に噴火した時に名付けられたらしい。」

「皇女殿下のことですか。」

「まぁね。もうひとり。」

「もうひとり?誰です?」

「将軍閣下の娘さん。」

「ああ。聞いたことありますよ。息子さん、つまりお兄さんの学友と婚約したとかって。」

「兄の学友なのか。」

「ええ、成り上がり野郎ですよ。スカイロードでお兄さんと学友となり、卒業後は、士官学校へ入学したのですから。」

「ほぉ。」

士官学校は優秀な士官を育てる学校だが、軍に入隊する貴族や皇族、軍の上官の子息が占める割合が多い。

スカイロードの出世は空軍部隊隊長の大佐までで、それ以上昇格することがない。

士官学校は卒業後少佐から始まるが、将軍を目指す者が多く、入学試験も審査も厳しい。

後ろ盾としてサンジョベーゼ将軍の娘と婚約し、いずれ婿になることを前提に審査を通過した可能性をジェフはほのめかした。

「将軍も人の親だしな。」

「しかし、ここだけの話ですが・・・。」

前置きして、ジェフは話を小声で始めた。

内容は、鉄鋼窃盗団の話で、返り討ちにあって名誉の殉職をしたかのようになったエミリアの兄は、実はそうでないことを告げた。

返り討ちにあったのは、情報が事前に漏れて、漏らしたのがエミリアの兄だった。

ジェフは情報を流したのがエミリアの兄だということを知ったまでで、なぜそうしたのかを知らなかった。

窃盗団の一部を捕獲することで、情報が事前に漏れた事を聞きだし、犯人がエミリアの兄であることがわかったのだった。

エミリアの兄は自決することを迫られて、自ら命を絶ち、責任をとって、将軍は司令部に配置転換となり、隠居の身になった。

「なぜ、漏らしたのかを知らずして、よくそんなことが・・・。待てよ、黒衣の民族が絡んでるって話を聞いたな。」

「この件については、黒衣の民族の仕業にされているんですよ。将軍のご子息がそんな失態をするなんて想像もできないんですけどね。」

しばらく考え込んで、クレアは考え込むのをやめようと思った。

「誰かが仕掛けた罠なら、考えても時間の無駄だな。いずれわかるようになるだろう。」

「待つしかないですか。」

やけに明るく言うジェフの顔をにらんだ。

「ジェフ、すごい情報通だな。どこかで仕込まれたか。」

「いやぁ、とんでもない。要塞ここで世渡り上手になろうと思ったら、情報は仕入れておかないとね。」

「そうだ、聞きたいことがあったんだ。」

「何です?」

「レテシアから、誘われなかったか。」

しばらく考え込んで、ニヤリと笑った。

「いやぁ、そこまで察しがついているのなら、はっきりと言ってくださいよ。」

「ホーネットに誘われなかったか。」

「誘われましたよ。でも、断りました。命知らずじゃないんで。俺、こう見えても、妻子持ちですから。」

「い、いつの間に。」

「レテシアと組んでいたら、命がいくつあっても足りないですよ。ひやひやものです。」

「そうだなぁ。」

「いやぁ、よくそこまで調べましたね。というか、考えてたどり着きましたか。」

「まぁねぇ。こちらから、探りを入れるより、なんていうか、感情の流れを読み取ったら、たどり着いたって感じで。」

「感情の流れねぇ。テオ少佐は知らなかったでしょ。」

「ジェフの読みどおりだな。少佐を手ごまにできるとは思ってもいなかったよ。」

「皇帝の情報を餌につければ、食いつく。」

太陽を見ていたクレアは昼時を見計らって立ち上がった。

「この山脈は、ディアナの身を焼いた炎のように赤いな。」

「恨みですか。」

「恨みだな。だから、山岳警備隊のこころから、恨みが消えないんだ。」

「そういえば、ディアナは高潔という意味があるそうですね。」

「ああ、他の男の者にならなかった故もあったかも。」

「クレアさんにぴったりじゃないですか。」

「なぜだ。」

「こころはどの男のものでもないでしょう。」

クレアは無言でいた。

「あの方はそういってましたよ。」

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