第十六章 赤い山脈 8
夜に、空挺が2機、要塞に到着した。
皇女殿下のフェリシアを乗せた1機と、護衛の1機だった。
到着すると、隊長からの挨拶があり、教官から、SAFとの合同練習の話を聞かされ、フェリシアは即答した。
「合同練習しましょう。」
フェリシアには考える必要がなかった。
レインの元気な姿が見られると同時に、スカイロードで辛い訓練を受けてきてその成長してきたことを誇りの思って、レインにみせることができると思ったからだった。
皇族の従者がなにかと反対意見を述べたが、取り合わなかった。
フェリシアは自室に入って着替えを済ませると、従者の目を盗んで、ひとりで出歩いた。
行き先は、レインのいるところだった。
レインは、フェリシアにとって、体を張って黒衣の民族と戦った勇敢であり笑顔の素敵な少年であった。
こころあたりのある場所は、SAFがある場所だった。
スカイロードの制服である軍服を来たフェリシアを皇女殿下だと知らずに、要塞の警備隊は、SAFのある場所を教えた。
格納庫の奥にSAFがあり、その手前にパジェロブルーが配備されていて、レインが整備をしていた。
フェリシアは、レインの姿を見つけると、他に誰かいないかを確認したが、誰もいなかった。
喜び勇んで、声を掛けようとした。
「皇女殿下、どうしてここにいらっしゃるのですか。」
フェリシアの後ろでジリアンが声を掛けた。
その声にレインは整備していた手を止めて、フェリシアをみて驚いていた。
フェリシアが振り返ると、ジリアンがいたが、その後ろにクレアがいた。
レインは、嫌な感じがして仕方なかった。
「どうしてって、レインの元気な姿を見たくて。わたくし、心配しておりましたの。」
フェリシアはそう言うとレインの方へ向きなおし、レインは深々と頭を下げた。
「ご心配をおかけしました。このとおり元気です。」
クレアは怪訝な顔をした。
レインはジリアンに目配せをした。
ジリアンはその目配せの意味が理解できていなかった。
「クレアさんが、レインと話しがしたいって言うのでここに連れてきたんだけど。」
レインはあからさまに嫌な顔をした。
ジリアンは思い違いをしたのを理解した。
クレアはフェリシアに歩み寄って、挨拶をした。
「お目にかかれて光栄です。クレア=ポーターと申しまして、SAFの医療に従事するものです。」
「こちらこそ、光栄に思います。レインの大変な手術をされた外科医の方ですね。」
レインは苦みばしった顔をしながら、胸をなでおろしたが、それは一瞬のことでしかなかった。
「時に、レイン、わたしの贈り物は気に入らなかったのかしら。」
レインとジリアンは凍りついた。ロブに口止めされていたのに、クレアの前で言われたからだ。
「ああ、いえ、とても気に入ってますよ。つけるとバランスが崩れてしまって、日常使えないものですから。」
クレアが怪訝な顔をして、フェリシアに言った。
「贈り物をレインにしてくださったのですか。」
「ええ、気圧や高度が表示される時計ですの。気に入ってくれるとばかり思っていたのですけど。」
「それはそれは、相当高価な時計でしょうね。」
クレアは細長い目をより一層細くしてレインをみた。
レインは下を向いたが、ジリアンが加勢した。
「高機能なものをたくさん備えた時計は重たくて、バランスを悪くしてしまうのですよ。つけないほうがいいって僕が言ったのです。」
クレアはレインの様子には理由があって、ジリアンが知っているのだと思った。
「レインがつけているスカーフは、母親からの贈り物だと聞いたのだけどね。殿下が巻かれているスカーフと色違いの様ね。」
レインが答えようとすると、フェリシアが口をついだ。
「エミリアがスカイブルーのスカーフを送ったのだと聞いたし、レテシア少尉が同じものを送っていたことも聞いていたわ。」
「ほぉ、サンジョベーゼ上等兵も同じものを。」
フェリシアは唇を噛んだ。歯がゆい想いがしたからだが、その気持ちが自分自身でもよく理解できていなくて、暴走しはじめた。
「エミリアったら、自分の婚約者にも贈り物をしたことがないというのに。」
その言葉に、レインは青ざめた。下を向いたままなので、周囲にはわからないはずだったが、肩を小刻みに震わえていたので、クレアとジリアンにはレインの様子を察した。
「エミリア上等兵に婚約者ですか。お父上の将軍閣下はさぞや、娘さんの将来を案じて婚約を決められたことでしょう。
そういうことは皇帝でも同じことでしょう。殿下にも婚約者が居られますね。」
罰の悪い思いがしたフェリシアだったが、毅然とした態度で「そうです。」と返事をした。
こころが痛い想いがして、フェリシアはこの場からいなくなりたくなった。
「殿下、もう時間が遅いことですし、戻られた方がよろしいではないですか。」
ジリアンが言葉をかけた。
「そうですね。明日から早朝訓練がありますし。それから、合同訓練をすることになってますのよ。楽しみにしてますわ。」
フェリシアはハッとして答えたが、内心は尋常でいられず、顔がこわばっていた。
レインはようやく、顔を上げられたが、今にも泣き出しそうな顔だった。
フェリシアは心が痛んだが、「失礼。」と声を掛けて、足早にその場を去った。
「おやすみなさい。皇女殿下。」
クレアは会釈をして言った。
続けて、レインもジリアンも「おやすみなさい。」と言った。
皇女殿下の姿が見えなくなって、クレアは言った。
「逃げるようにして行ったな。自分にも婚約者がいるのに、わざわざ言うとは。」
レインの目にはとめどなく、涙がこぼれていた。
そして、その涙を汚れた手でぬぐった。
レインの顔は深緑色に染まった。
「レイン、整備を終わりにして、顔を洗ってきなさい。汚れた手で顔を触るから汚れてしまってるよ。」
か細い声で、ハイと返事をすると、とぼとぼとレインは歩き始めた。
クレアはパジェロブルーに歩み寄った。
ダイヤモンドが散りばめられたブルーの翼を撫で回した。
「いずれ、わかると思っていたけどな、こんな展開とは、また、びっくりだな。」
クレアは考えを張り巡らせていた。
「クレアさん、エミリアさんは大丈夫でしょうか。」
「大丈夫だよ。殿下よりずいぶんと大人の女性だ。」
ジリアンは深くうなづいて納得した。
「心配なのはレイニーのほうだな。嫉妬っていうのは、人間にとんでもないことを考えさせて行動させてしまうからな。」
「え、殿下がレイニーに何かするのですか。」
「レイニーじゃないけど、誰かに仕掛けて来る可能性・・・。ま、ジルは心配しなくていいよ。レイニーを頼むよ。支えになってあげて。」
クレアが言いかけて言わなかったことはジリアンに話してはまずいと思って言わなかった。
「はい、わかりました。」
ジリアンはレインがやりかけた整備を終わらせるために、準備を始めた。
クレアはまだ翼を撫で回していた。
「嫉妬かぁ。そういうことか。親子だからなぁ。」
クレアは独り言をつぶやいた。
ロブはジェフと二人きりにされたことで多少覚悟をしたが、ジェフはただ一言だけ言った。
「過保護なのも、いい加減にしろよ。ひとり立ちできなくなっていたら、ロブの責任だ。」
「どういう意味だ。」
ロブはジェフに噛み付いたが、ジェフは相手にせず、立ち去った。
ジェフの言葉に苛立ちを感じていたロブに、クレアはジョナサンを足止めするように言った。
理由は、ディゴがSAFのエンジンタンクを調査するためだという。
ジョナサンに立ち合わせないためだった。
ロブはジョナサンを捕まえて、レテシアのことを聞こうとした。
が、ジョナサンもさほど話しはしなかった。内容的にはホーネットのことばかりだった。
一方、ディゴはクレアに言われて、アルバートとエンジンタンクを調査した。
給油口はアルバートが清掃したのに、汚れていた。
エンジンタンクをジェット水流で洗い流すと、固形のグリーンオイルがたくさん出てきた。
その様子に、ディゴは、「超過製グリーンオイル」の使いすぎだと言った。
「アルの言うとおり、放っておくと爆発をしかねないのは確かだ。こまめに清掃することを注意されるはずなんだがな。」
ディゴは首をかしげた。
「わざと清掃しないという感じでしょ。何のメリットがあるんだ。」
「なんともいえないが、試供品を使用するのに危険性があるとなると話しは別だが、我々は財団をパトロンにして飛行しているからなぁ。」
ディゴはアルバートと話し合って、クレアに駐留する期間を長めに取ってエンジンタンク清掃をこまめに行う事を提案することにした。
エミリアが要塞のあてがわれた部屋に入ると、フェリシアの従者がいた。
「ご無沙汰しております。サンジョベーゼ上等兵。殿下の良き友人として接してくださり感謝しております。」
独特の衣装を身にまとった従者はエミリアにそういうと、フェリシアが一時行方をくらましたかと思うと、戻ってきて部屋に閉じこもり泣き続けていると言った。
すぐに、来て欲しいということだった。
エミリアは即座に従者とともに、フェリシアのところへ行った。
フェリシアは要塞の特別ゲストルームに宿泊していた。
いくつもある部屋のうちの一つに閉じ篭ったフェリシアは、中にはエミリア意外は入れないと言い放っていた。
エミリアがドア越しに声を掛けると、涙声でフェリシアは確認をして、ドアを開けてエミリアを中に入れた。
エミリアが中に入ると、フェリシアは抱きついた。
「わたし、醜いことをしてしまって。」
「どうしたというの、フェリシア。」
ことの次第をつぶさに話すと、エミリアは抱きしめ返した。
「フェリシアは、10代の女の子。今しか出来ないことをすればいいわ。後悔しないように。」
「何を?」
「人を好きになるという事を。」
「わたしが?」
「そうよ。」
フェリシアは最初信じられないとばかりに、唖然としていた。
「10代のあなたは今のあなたでしかない。数年経てば、違うあなたになるわ。20代になれば、もう、したいように出来なくなるのはわかっているでしょう。
あなたは国民の宝なのよ。」
フェリシアのこころに不安がよぎった。
「でも、いまのあなたはあなたにしか出来ないことをする、その時間が与えられているのだと思うの。誰を好きになってもいいの。
誰を好きになってもいい権利がいまのあなたにあるのよ。いまなら、大丈夫なの。」
エミリアは強くフェリシアを抱きしめた。
「レインを好きになるのは罪じゃないのね。」
「そうよ。あなたが誰を好きになろうとも自由なの。あなたのこころはあなたのものなの。」
「レインがわたしのことを思ってくれなくても・・・。」
フェリシアが涙ぐんで言葉にすると、エミリアは即座に答えた。
「その気持ちはレインのものだから、他の誰にもどうこうできないわ。レインのこころを惹き付けようとすれば、かえって思うとおりにはならないと思うわ。」
「そうね。」
「人を好きになる気持ちを大事にしてほしいの、フェリシア。あなたが国民に愛されるためにも。」
フェリシアはとめどなく出る涙を脱ぐ切れなかった。嗚咽するも、エミリアが背中をさすった。
フェリシアは、レインがエミリアの事を好きでいることにうすうす感じていたが、そのことをエミリアには言わなかった。
言わずとも、知っているだろうと思った。友情を確認するみたいで、嫌な感じがすると思った。
「目を閉じて、フェリシア。」
泣き止むことができないながらも、エミリアの言葉に従った。
「レインを思い浮かべて、彼はどんな顔をしているの?」
泣き止むことができ、口元をゆるませた。
「笑顔だわ。とっても素敵な笑顔。」
エミリアはフェリシアの顔を確認すると、自身も笑顔になった。
「その笑顔を忘れないでね。あなたのこころの支えになってくれるわ。」




