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敵討ち


「――流雨るう


 焔の衣に対する回答として、空は魔術を編む。

 顕現するのは水の魔術。自らの得物に逆巻く激流だ。

 その一刀は振るわれることで、幾つもの水刃となって対象を襲う。

 多方向からの攻撃に長は回避を断念し、その場で防御の姿勢をとった。

 瞬間、怒濤のごとく水刃は馳せ、焔の衣を引き裂いた。


「――疾雷とらい


 畳み掛けるように、今度は雷の魔術を編む。

 濡れた道路に手をつき、放たれた雷電はしなやかに地を這う。

 その速度は反応すら許さないもの。

 予め水を受けていた長の体内を、電流が駆け巡る。

 感電し、煙を吐き、身動きが停止した。


「――駆風くふう


 とどめとばかりに、編まれるのは風の魔術。

 自身と得物は風を纏い、その身体能力は著しく向上する。

 地面を蹴った空を、もはや長は視認すら叶わない。

 一陣の風が吹いたように、空は一刀を振り終えた。

 その直後、長の身体は夥しい量の鮮血を散らして地に伏した。


「あれが魔術師の実戦か」


 妖怪を相手に、多種多様な魔術で攻め立てる。

 その様を間近でみるのは、これが初めてだ。

 試験のときは、飽くまでも疑似妖怪だったしな。


「これで親玉は二体とも倒れたわけだが……」


 頭を取られても、有象無象の猿たちの動きに変化はない。

 俺たちを睨みつけ、うなり声を上げ、激しく威嚇している。


「どういうことだ? 長を倒したのに」

「長を倒すとどうなるんだ?」


 空の近くにまで跳んで、そう訪ねる。


「頭を潰されたんだ、普通なら大半が逃げていくはずだ」

「でも今回はそうなってない」

「そう。だから、妙なんだ」


 長を倒せば、周囲の妖怪はほとんどが逃げていく。

 現状、それが起こっていないということは。


「まだどこかに長がいるってことか」


 神気を編んで、左手に銃を顕現させた。

 その照準を向ける先を、周囲の妖気を探ることであたりをつける。


「この見晴らしのいい場所だ。隠れられる場所は、二つ。川か、木々か、だ」


 そして、この妖怪は猿である。


「つまり」


 銃口は上を向き、背の高い塀を越えた。

 その上には生い茂る木々の枝葉が広がっている。

 この道路が、こんなにも落ち葉だらけである原因。

 身を隠すには打って付けの場所だ。


「あそこだ」


 引き金をひく。

 銃口が火を噴き、放たれた弾丸は枝葉を突き抜けた。

 同時に濁ったような悲鳴があがり、どさりと毛玉が落ちてくる。


「大当たり」


 それは隠れていた三体目の長。

 肩を撃ち抜かれ、薄茶色の体毛を血に染めながら、奴は立ち上がる。

 こちらを恨めしそうに睨み付けながら。


「とどめは任せた」

「任された」


 照準を三体目の長に定め、引き金に指をかける。

 肩を撃ち抜いたとは言え、動きを封じた訳じゃあない。

 油断はせず、まず動きを封じるために。


「――おかあさーん。ぐす、どこー」


 不意に響く、子供の声。

 この幽世に一般人が紛れ込んだことの証。

 その事実に、ほんの僅かに動揺する。

 そこから生じる一瞬の隙を、長は見逃さなかった。


「――くそっ」


 引き金をひいたころにはもう遅い。

 銃弾は躱され、長は一直線に子供のもとへと向かう。

 迅速に照準を定め、何度か引き金を引いたが、そのことごとくを躱される。


「私が止めるッ」


 すぐに空も魔術を編み、風を纏って長へと向かう。

 だが、その行く手を阻むように周囲の猿たちが襲い来る。


「チィッ」


 一体一体は弱くとも、束になれば話はべつだ。

 処理には時間を要し、それを終えるころには、すべてが手遅れ。


「キシャァアアアアアア!」


 長は子供を捕らえ、俺たちに見せつけた。

 近づくな。そこから一歩でも動いたなら、この子供を殺す。

 そう言わんばかりに。


「どうするよ、子供が人質だ」


 あの子は、たしか昨日の。


「どうするもこうするもない。子供の命が最優先。とりあえず、そこから一歩を動くな。銃も捨てておけ」

「わかった」


 あの長は弾丸で撃ち抜かれている。

 この銃の脅威を知っている。

 これを持ち続けているというだけで、子供に危害を与える理由になってしまう。

 だから、大人しく銃の神威を消失させた。

 長の目から見てもはっきりと、その事実が伝わるように。


「ぐ、ふ……」


 緊迫する状況の中、子供が苦しそうな声をあげた。

 首を掴まれて持ち上げられている。

 あの子からしてみれば首を吊されているのと、さほど状況は変わらない。

 はやくどうにかしないと、あの子も長くはもたない。


「くっ」


 しかし、下手に動けばその細い首がへし折れるのは確実だ。

 長もそれがわかっていて、じりじりと後退している。

 あれでは不用意に近づけない。


「……たす、け……て」


 何もできない現状に、子供の悲痛な声がひびく。


「かみ……さま」


 その瞬間のことだった。

 猿の長の背後より、巨大な手が現れたのは。


「グギャッ!?」


 その手は長を襲うと、そのまま握り潰してみせる。

 握撃は腕も、足も、胴も、首も、無差別に潰してしまう。

 全身の骨を砕かれ、長は子供を手放した。

 捕まっていた子供は、無事に解放されて道路に横たわる。


「なにが、起こってるんだ?」


 困惑したように、空は言う。

 俺はその答えを、持ち合わせていた。


「祠だ」

「祠?」

「あの手、祠から出てきてるんだ」


 少年が熱心に拝んでいたあの小さな祠から、その手は伸びている。

 あれは、まさに神の手だ。


「まだ消えてなかったんだ。あの祠の神様は」


 あの少年は信じていた。

 あの祠に神様がいると、信じて疑わなかった。

 だから、あの神はこの世に辛うじて存在できていた。

 そして、たったいま少年を救うために、神は文字通り手を貸したのだ。


「協力、感謝する」


 刀を構えて接近し、一刀にて猿の長を首を刎ね上げる。

 すでに瀕死だった奴に抵抗するだけの余力などなく、ごとりと首は地に落ちた。

 命を散らした肉体は霞のように消え去り、あとには巨大な手だけが残る。


「この子は俺たちが責任を持って保護する。安心してほしい」


 横たわる子供を案じたように、手はその場から動かない。

 けれど、そう言ってやると俺たちを信用してくれたのか。

 ゆっくりと祠へと戻っていく。


「かみ……さま……ありが、とう」


 すでに意識がないはずなのに。

 子供は、それでも感謝の言葉を口にする。

 それを聞き届けるようにして、手は完全に祠へと納まった。


「一時はどうなることかと思ったけど、これで一件落着だ。やったな、透」

「あぁ、初仕事にしては、肝が冷えたけどな」


 子供が人質に取られたときは、どうしようかと。

 けれど、なんとかなった。

 初仕事は、どうにかこうにか上手くいったようだ。


「あとは、この幽世を潰すだけだ。いまから専門の奴らを呼ぶから、それまで――」

「いや、その必要はない。ちょっと見てな」


 抜き身の刀を逆手に持ち替え、刀身に神気を流し込む。

 神性を帯びた刀身は淡い光を放ち、輝きを増す。


「なにをする気なんだ?」

「こういうこと」


 そして、その刀身を道路に突き立てた。

 瞬間、神気が道路に迸る。

 それは触れた幽世を次々に打ち砕き、抹消していく。

 川に浸透し、塀を駆け上り、木々の幹を這い上がり、天空にさえ届く。

 瞬く間に幽世は消滅し、現世は健全な状態にへと回帰する。


「なにを……したんだ? いま」

「俺の神気を拡散させて、幽世と対消滅させたんだ」


 流石に、敵中で悠長に行えるようなものではないけれど。


「……ははっ、もうなんでもありだな」


 乾いた笑いをしつつ、空は横たわる少年のもとに近づく。


「気を失ってるみたいだけど、息はある。この子は一度、連れて帰ろう。あとのことは、支部の連中がやってくれるはずだ」

「そうか。よし、じゃあ帰ろう」


 意識のない子供を抱き上げて、俺たちは帰路につく。

 こうして俺の初仕事は無事に終了することが出来た。

 その後になって、少年が祠を拝んでいた理由が判明した。

 どうも猿の妖怪に、愛犬を殺されていたらしい。

 少年はその敵討ちを、神様に頼み込んでいたのだ。

 そして、結果的にそれは叶った。

 それ以降、あの小さな祠にはスナック菓子と少額の賽銭が、よく備えられるようになったという。

ここで一区切りです。

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