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焔の衣


 午後六時ごろ、逢魔時。

 地平線に夕日が沈みはじめ、茜空が清んだ黒へと染まっていく。

 俺たちはそんな光景を目にしながら、幽世が現れる川沿いの道路に立っていた。


「準備はいいか?」


 そう言った空の姿は、普段のような私服ではない。

 空もまた高等魔術である魔装の使い手だった。

 それは黒を基調とした和装であり、浴衣のよう。

 魔刃として刀も腰に差してある。

 その立ち姿は見とれるほど美しく、夕闇によく映えていた。


「あぁ、もちろん」


 こちらも準備は万端だ。

 神衣として軍服を身に纏い、神威として刀を腰に差している。

 周囲に人気はないし、あったとしても俺たちのことは視認できない。

 神衣と魔装には、人々から認識を阻害する機能が備わっているからだ。

 これでなんの憂いもなく、いつでも妖怪と戦える。


「――来たぞ」


 空の言葉に呼応するかのように、幽世は現れる。

 現世を侵食し、周囲に満ちた空気が一瞬にして濁ってしまう。

 淀み、荒み、重くなった。

 それは妖怪が好む環境に作り替えられたということ。

 現世は幽世に呑まれ、妖怪たちはそこから這い出してくる。


「これはまた、たくさん湧いたな」


 ざっと見渡してみても、数え切れないほどの猿の妖怪がいる。

 大小様々で、種類も多岐にわたっている。

 事前に話には聞いていたけれど。

 いざ、こうして自分の目で見てみると、その数の多さにはすこし驚く。

 神域にいた頃でも、こんな数の妖怪は見たことがない。


「まだまだこんなもんじゃないぞ、幽世潰しは」


 その上、まだまだ出てくるという。


「腕が鳴るな」


 ここから更に増えるというのなら、その分だけ刀を振る回数を増やせばいい。

 それをやってのけてこそ、天神が使わした助っ人というものだ。

 俺は軍帽を正し、腰の刀に手をかける。


「それじゃあ、行くとしようか。空」

「あぁ、行こう。透」


 互いに名前を呼び合い、俺たちは互いに地面を蹴る。

 一瞬にして間合いを詰めて抜刀し、この一刀をもって開戦の火蓋を切った。

 開幕早々に一体を斬り捨て、踏み込んで群れを斬り崩しにかかる。

 斬った端から新しい妖怪が湧いて出てくるが、それでも構わず刀を振るい続けた。


「――切りがないな」


 次々と跳びかかってくる猿の妖怪を、この刀は何度も撃墜した。

 一太刀振るえば、一つ以上の命が散る。

 それを幾度も繰り返しているが、猿の数は一向に減る気配を見せない。

 それこそ無限に湧いて出るのではと、疑りたくなるほどに。


「透っ」


 一刀を薙ぎ払い、いくつかの妖怪を一掃すると、不意に名を呼ばれる。

 すぐにその場を蹴って背後へと飛び、空と背中合わせとなった。


「今のでどのくらい斬った?」

「そうだな。五十ってところ」

「なら、合わせて百か。そろそろだな」


 そろそろ?


「なんのことだ?」

「あれだよ、あれ」


 空の意図は、すぐに理解できた。

 桁違いな妖気の質と量。

 明らかにほかの猿とは違う妖怪が現れた。

 その向かい側、空の視線の先にも、もう一体いる。


「こいつらが親玉ってわけか」


 これほどの妖気だ。

 ただの先兵というわけではあるまい。

 仲間が大量に倒れたのを見て、重い腰を上げたみたいだ。


「その通り。奴らおさが出てきたってことは、いよいよ大詰めだ」

「そいつは朗報だ。やっと終わりが見えてきた」


 奴らの首をとれば勝ったも同然だ。

 残りはただの有象無象、どうとでもなる。

 だが、油断は禁物だ。

 粛々と刀を振るい、仕事をこなそう。

 それが俺の役目だ。


「一気にケリをつけるぞ」

「あぁ、片方は任せた」


 狙いを長につけ、俺たちは再び地面を蹴る。

 一直線に最短距離をいき、間合いに踏み込んで剣閃を放つ。

 弧を描いたきっさきは、しかし、ここに来て初めて防がれる。

 鋭利で頑丈な五指の爪に、受け止められた。


「なかなかやるな」


 刀は弾かれ、もう片方の五指が迫る。

 しかし、こちらも負けてない。

 すぐに刀身を翻して鋭爪の接近を拒む。

 それから幾度となく、刃と爪を交え、攻めの応酬はつづく。


「――」


 桁違いの妖気とだけあって、ほかの猿よりずっと強い。

 太刀筋を読めるだけの目があり、それを捌けるだけの技量もある。

 だが、それだけだ。

 俺はつい最近まで天神に手解きを受けてきた。

 天神の猛攻に比べれば、この程度は脅威のうちに入らない。


「そら――」


 繰り出される攻撃を見切り、それに合わせて一刀を振るう。

 流星のごとく落ちた一閃は、奴の攻撃と防御の要である鋭爪を打ち砕く。

 これで奴は得物を失ったも同然。

 瞬時に刀を手前に引き戻し、踏み込んで勝負をかける。


「キシャァァァァァアアッ!」


 鋭爪を失った奴は咆吼を放ち、全身を燃え上がらせる。

 身に纏うは妖気を編んで構築した焔の衣。

 それは攻防一体の切り札。

 奴は焔を帯びた両腕を、刃にもって対抗する。

 だが。


「――遅い」


 すでに勝敗は決していた。

 描いた剣閃は狂いなく、奴の胴を二つに分かつ。

 ずるりと、下半身からズレ落ちた上半身が、鈍い音を立てて地に伏した。

 焔の衣も維持が敵わず、その命の灯火とともに掻き消える。

 勝ったのは、俺のほうだ。


「すこしは骨のある奴だったな」


 妖怪を相手に打ち合ったのは久しぶりだ。

 大抵の場合は、そこにも至らず勝敗は決していた。


「さて、あっちはどうなったかな」


 死体が霞のように消えていくのを確認し、視線を空へと向ける。

 まだ戦闘は続いているようで、空は燃えさかる長と戦っていた。

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