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装飾系男子!  作者: 根谷司
増殖系魔王!
17/19

擬態色系霊子と思い込み系女子

 遠足というイベントは、学校ならば当然訪れる行事だ。それを楽しみにしている者も多く居るだろうし、場所よりけりでテンションを変える器用な連中も勿論居るだろう。


 かくいう俺は、遠足というイベントに対しては無条件で嫌悪感が湧き出てくる人間だった。遠足の班分けとか、ぼっちの俺には苦行過ぎる。その苦行が目前に迫っている。


 季節は梅雨に差し掛かり、湿気が体に纏わり着くようになった。心なしか前髪が重く感じる。その前髪と比例して気分も重たくなり、がっくりと肩を落とした。図書委員として図書室のカウンターを任されているという現状も、その理由のひとつだ。


「ちょっと、変なため息吐かないでよ。私のほうがよっぽどため息吐きたい気分なんだから」


 カウンターから一番近い机を使っている峰岸薫瑠(みねぎしかおる)が、非常識にはならない程度の大きさの声で文句を言ってくる。俺はそれに答えず、視線を逸らすことで反抗の意思を示した。


「……無視。そう、無視するんだ? これでも班分けであんたが嫌な想いしないで済むように、かなーり尽力してあげたつもりだった私を、あろうことか無視するんだ?」


 言われ、少々バツが悪くなる。


 今は放課後なのだが、たったさっき行なわれた六現目のホームルームにて、遠足の行き先発表と班分けが行なわれた。行き先は小海坂美術館。そこに文句は無いし、そもそもこの学校では二年の遠足は小海坂美術館、という暗黙の了解がある。だから事前に解っていた事だ。


 しかし、残念なのは班分けのほうである。


「好きな者同士で組めって言われて、あんり達に誘われてたのをあの手この手で避けて、あんたが班でぼっちにならないようにしてあげたのに。そーの反応。あーあ、こんなんならあんり達と一緒の班にして、あんたなんて見捨てれば良かったわ」


 追撃を喰らって押し黙る。まさに言葉も出ない猛攻だった。まぁ、最初から反論するつもりはありませんでしたがね。喋りたくないし。


 班分けは好きな者同士で、という名目で男女四人ずつで各々が友達と組み、その後、学級委員と遠足実行委員を中心に男女の班をくっつき合わせる、という形式で行なわれた。当然好きな者が居ない俺ははぐれメタルよろしく孤高を貫き、適当なパズルのピース然と適当な班に余り者として入れられる事になる。


 峰岸がいつもつるんでいるメンバーは五人。四人で別れるという事は必然的に一人か二人違う班になるという事で、峰岸は杏里、という友達と二人で別の班に行く、という話に落ち着きそうだった。それを、まさにあの手この手の下手な交渉でなんとかし、峰岸は一人で他の班に。


 その後男女の組み合わせで、俺と同じ班になった。


 遠足の間は一人で黙っているつもりいだったため、友達と同じ班になれなくても問題は無かった。だから、峰岸のしてくれた事は言ってしまえば無駄な努力だったと言えよう。


 問題なのはそこではない。


「遠足と同じ日に彩鳥(いろどり)の公演があって、それに参加できないから落ち込む。それは解るわ。私だって恵たんの晴れ姿はちゃんと全部見たいもの」


 言ってる事はその通りだし恵本人としてはありがたい言葉もあったがその呼び方は辞めて欲しい。俺はどこぞのアイドルかて。


 劇団彩鳥にて、恵という役者名で少女役を任される事の多い俺は、本当なら遠足と日程が被っているその公演にも参加するつもりだった。学校行事のひとつやふたつ、演劇のためなら余裕でさぼれる。


 しかしそれを母さんが認めてくれなかった。


 俺に遠足を休ませるつもりだった父さんと大喧嘩をした末、俺に遠足へ行かせるという決定権を獲得した母さんの絶対命令を受け、仕方なく遠足に参加することとなってしまったのだ。


 自惚れるつもりは無いが、ここ数年、メインの少女役は殆ど俺がこなしていた。そしてここ数年、俺が出演していない演目は無い。つまりどの演目をやるにしても、遠足と日程が被ってしまったその日は、俺の代替を出さなければならないという事だ。


「出たかったなーみたいなその露骨な顔、やめなさいよ。たった一回だけじゃない」


 確かに峰岸の言う通り、俺が出られないのは一回だけだ。


 しかし峰岸は舞台というものを解っていない。舞台とは生ものだ。常に変動しているし、変動しなければならないものだ。それは演目を変えるとか演出を変えるだけに留まらず、役者だって同じ。主演より優れた演技をする者が現れればその人が主演となる日は遠からず訪れ、それまで主演だった者はどこかへ追いやられる。


 俺はそれが怖いのだ。


 俺の代わりに俺の役を演じた人が、俺より優れていたら、俺の役はどうなる? 今までこなし続けていた役とは異なる役に回されるか、隅に追いやられるかのどちらかだ。


 果たして今の俺に、他の役というものをまっとうできるだろうか。


 彩鳥に入ってずっと少女役をこなしてきた俺に、本当に、それ以外が勤まるのか。それが解らない。


「あーもうっ! だらしないわね! 大丈夫よ、あんたはあんたが思ってる以上に熱いファンが居るんだから、一回くらいどうってことないわ! そのファンが言うんだから、胸を張りなさい! ……あ、ごめん、張る胸が無かったわね」


「張る胸が無いのは当然ですがなにか?」


 俺は男だよ? 胸があったらそれはそれで異常だ。でも胸筋とかなら欲しい。


 峰岸の言葉が嬉しくないというわけではない。純粋に俺を褒めてくれている、というのは、どこか歯がゆく、そして得体の知れない多幸感に溢れている。達成感だってある。


 しかしその達成感を齎してくれるのはやはり演技なのだ。演技をしたからこそ俺という人間が認められた。なら、その演技を放り出して違う事をする、というのは、ある種の裏切りな気がする。


「そうはいうけど……」


 演技ではない言葉に自信は持てないが、それでも俺は峰岸のほうを見て、しかし目は合わせられなくて、半端な角度から続きを紡ぐ。


「峰岸に褒められても、何故か安心出来ない……」


 理由は解らない。褒められているというのは解るのだが、なんというか、身内贔屓に近いものを感じるのだ。


「あー、かおちゃん居た居たー」


 ふと、二人しか居なかった図書室に、突然の来訪者。


「あれ、あんりどうしたの? 皆と一緒に帰ったんじゃなかったの?」


 来訪者は確か、清水杏里(しみずあんり)。峰岸の友達その一だ。


「いやねー、それが、バス停のとこまで降りた時にお弁当箱忘れたの気付いちゃってー、皆には帰ってもらって慌てて戻ってきたんだけどー、ほらー、一人で帰るって寒いじゃーん? だから、まだ残ってたはずのかおちゃん待って、一緒に帰ろうって思ったんだー」


 言いながらずかずかと峰岸の元まで歩いた清水は、峰岸の隣に鞄を置いた。


「かおちゃん、美術館の事調べろって言われてんだっけ?」


「そうなの。だからもう少し時間がかかるわ」


 そうなのだ。峰岸はなんと遠足実行委員なるものを任されてしまい、下調べをさせられているのだ。つまり峰岸は、実行委員の力を乱用して俺と同じ班になったのである。


 峰岸が実行委員を任されたのは先週の話だ。


 先週の内から下調べを始め、先週末には実際に美術館に(おもむ)いている。その調査書、というか、簡単に言えば、小海坂美術館はこういうルートで回るのが今のオススメ! みたいなしおりを作っている最中なのだ。


「てゆーか、かおちゃんは人が良すぎだよー。頼まれたら断れないってどんだけーって感じ。そもそもさ、かおちゃんのそういうとこ知ってて頼む先公もひっどいよねー」


 言いたいことを言いながら、いつの間にか峰岸の隣に座っている。本気で居座るらしいが、断言しよう、清水は絶対、俺の存在に気付いていない。一応言っとくけど俺、空気じゃないよ? いや言わないけども。


「確かに大変だけど、いいこともあるわよ?」


 素っ頓狂な口調で当たり前みたいに答える峰岸。きっとそうなのだろうと、内容を聞くまでもなくそう思ったのは単に、峰岸薫瑠という人間の単純さから来た予想通りだったからだ。


 峰岸はポジティブな人間だ。これでもかというほど前向きで、そして前向きであろうと心がけている人間だ。そんな峰岸は、遠足実行委員という厄介事からも、なんらかの価値を、意義を見つけ出すのだろう。そういうのは得意そうだ。面倒ごとも嫌な事も自己補填して良いほうに捉える。峰岸はそういう人間だと、俺は勝手に思い込んでいる。


「いやーないない。ないよー。実行委員にいいことなんてなんもないよー?」


「それがねっ」


 折れずに批判を続ける清水に対し、峰岸は立ち上がって拳を掲げた。


「美術館の下見に行ったら、沙凪(さなぎ)学院のお嬢様と知り合いになれたのよ! すごくない!?」


 正直どうでもいい自慢だった。峰岸が誰と知り合いになろうと俺に関係は無いからだ。しかし、すごいかすごくないかと言われたら、確かにちょっとすごいかもしれない。


 沙凪学院。確か、幼稚園から大学院まエスカレーターも可能な私立の女子校で、県内ではトップのお嬢様学校とも言われている。そのため、さしてそういう話に興味の無い俺(というか、男である俺が女子校に興味を抱いていたらそれはそれで異常だ)にも名前が知られている。


「まじ!? それやっば!」


 態度を一変して身を乗り出す清水。


「アドは!? 空ぺとかラインとか、今度さその人誘って合コンとかしよーよ!」


 なんて活動的な人間なんだ、清水杏里……なんの躊躇いもなく合コンとか、見ず知らずの人間と会う事に躊躇いながいなんて、俺には考えられない。


「交換はしたけど、秘密よ。あの人に杏里は、ちょっと紹介出来ないもの」


「えーなにそれなにそれ。そんなの駄目だよ、うちら友達なんだから、秘密とかなしだよー」


「だーめ」


 悪戯しようとする子供をあやすみたいな穏やかさで拒否をする峰岸。


「…………」


 へぇ。


 これは驚いた。以前も似たようなやり取りをどこかで見た気がするのだが、その時はなんというか、見ていて不快に思ったものだ。「友達なのだから秘密はあるべきではない」そう断言した清水(いや、あの時は清水だったろうか。あの時は峰岸の名前すらうろ覚えだったため、はっきりとは言えない)に対し、峰岸は言いよどんだ。何を返していいのかと迷っていた。


 その迷いが無いからだろうか。そういう友達だからこそのじゃれ合いが、少し微笑ましく見えた。まぁ、それでも羨ましくは思えないというのが不思議ではああるのだが、今はどうでもいいことだ。


 早く委員会の終わる時間にならないだろうか。そう思って時計を見やる。


 時計の針は五時を回った。委員会終了時刻だ。


 浅く息を吐いて立ち上がる。椅子にかけてあったブレザーを羽織り、カウンターの下に置いておいた荷物を持つ。


 そのまま図書室出て行こうとした時だ。


「あ、待ちなさいよ」


 空気を読まない峰岸が、俺を呼び止めた。今、俺がこっそり出て行って、二人仲良く談笑、みたいな空気でしたよね……。


「え、かおちゃん、誰に言って――きゃあぁぁああああお化けぇえええ!」


 おいこら待て清水さんどうして俺のほうを見るや否やとんでも無い速度で机の下に隠れてるんですかまさか本当に気付いてなかったのかこの野朗!


「…………」


 呼び止められたから立ち止まったはいいが、何、この空気。おかしくない? 俺を呼び止めた張本人である峰岸も清水の奇行に驚いて言葉を失ってるし、清水は完全に俯いちゃってるし、どうしたらいいのさこれ。


「……なにしてるのよ、杏里」


 ようやく口を開いた峰岸。これで状況が動いてくれる。


 と、思ったが


「――入り口にお化けが居るっ!」


「――えっ!? うそお化け!? いやぁぁぁあぁぁぁあああああ!!」


 嫌なのはこっちだよ! なんで始めから俺を認識してたはずの峰岸まで涙目になって机の下に隠れてんの!? いじめなの!?


「…………あの」


「「ひうっ!?」」


 俺、これ、まじでどうしたらいいの。声かけただけで机に背中打つほど浮き足立ってるし。


 なんで峰岸まで俺を見て隠れたのか、なんてことは解っている。思い込みの激しい峰岸のことだ。お化けと言われたからお化けだとでも思ったのだろう。人にはあよくあることだ。峰岸に限ったことではない。


 こうだから、こうするべきだ。そういう認識の延長みたいなものだとしたら、俺が二人を責め立てるわけにもいかない。というか、そもそもあんま喋りたくない。


 ならば、俺の取るべき行動はひとつ。――何も言わずに去るべきだ。


 だって、ほら、ね? なんか、めんどくさいし。


 机の下に隠れた、と見せかけて全く隠れていない二人を他所に、俺は図書室を後にした。

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