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第二幕 ① ~脱け殻の帰還~

坂本へと向かう山道、光秀を乗せた馬の蹄の音は、もはや光秀の耳には届いていなかった。


(……なぜ、雉汁に入れなんだ……)


信長の声が、耳の奥に刻まれた呪いのように、低く、しつこく響き続ける。ただの怒りではない——獲物をいたぶる、楽しげな囁きだ。光秀は馬の上で、胃の底からこみ上げる吐き気に襲われた。


喉の奥まで、あの鯛の甘ったるく嫌な死の臭いが逆流してくる。


「……お、げほっ……!」


こみ上げたものを飲み込もうとした時、手綱を握る指が恐ろしい姿に変わり始めた。白く細かったはずの指先が、銀色に光る鯛の鱗にびっしりと覆われていく。


「……ああ……!」


慌てて手を振るが、幻覚は消えない。手の甲から腕へ、そして心臓へと、銀色の汚れが這い上がってくる。光秀は悲鳴を飲み込んだ。


(見透かされていた。すべて……すべて……)


「……あ、あは……あはは……あははははッ!」


乾いた笑いが口から漏れた。


道具としての役目は終わった。信長は死ぬことさえ許さぬと言ったが、それは優しさではない——壊れた道具をただなぶり、崩れていく様を眺める、最も残酷な捨てられ方だった。


(逃げ場など……ない。この国のどこにも……!)


光秀の視界が赤黒く歪む。道端の虫の音が、あの台所裏で鳴いていた子猫の悲鳴に聞こえ、頭の中をかきむしるように響いた。


自分は、あの死んだ親猫だ。毒を盛り、毒を喰らわされ、誰にも看取られず腐っていく。坂本で待つ妻や子は、あの子猫のように、主人の破滅という死の臭いの中で凍えて死ぬのだ。


「腹を切る……? 違う。腹を切ることさえ、許されないのだ……私は、生きたまま腐ることを命じられたのだ!」


光秀は狂ったように馬を走らせた。背後で安土城が巨大な蛇の目となって見開き、逃げる背中をじっと見つめている。


坂本城の門をくぐる頃、光秀の精神は粉々に砕け散っていた。


駆け寄る家臣たちの声も、もはや意味をなさない騒音でしかない。その目から知的な光は完全に消え、体にへばりついた銀色の鱗を必死に払い落とそうとする、うつろな濁りだけが残った。


かつて「織田に明智あり」と謳われた名将の精神は、安土の広間で信長に踏みつけられたあの瞬間から、すでに音を立てて崩れ去っていた。


後に残されたのは、主君の呪いに縛られ、目に見えない毒をすすり続ける——抜け殻のような狂人であった。



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