役に立ちそうにない伯爵様
王都を見下ろせる丘に来たが最初に来た時の感激はすっかりなくなっている。
今では逆に、行きたくないというか、とにかくネガティブな感情しか湧き出してこない。
せめて平常心というか何も思わないくらいのニュートラルならばよかったのだが。
何せ今ではあそこには魑魅魍魎しか住んでいないことが分かってしまっているのだ。
王都の外には相変わらずのスラムもあるし、商売で付き合いのある人がいなければ本当に来たくは無い場所の一つになってしまった。
「レイ様……」
「ああ、考え事をしていたな。
行かなければいけないのならばさっさと行くとしよう」
ここではほとんど休憩せずに、移動を始めた。
いつもの二人しか連れていないので、多少の無理は利く。
夕方ギリギリに王都の門をくぐり、俺の店に向かう。
本来ならば拝領している屋敷の方がこの場合ふさわしいのだろうが、あそこは宰相に見張られていないとも限らない。
まあ、店だって知られているから見張りがいても不思議はないが、たぶんいないだろうな。
あの人たち貴族の方々は、独特な仕来りの中で生きているから、王都に到着すればまずはどこにもよらずに自分の屋敷に入るという慣習に縛られていそうだ。
なにせ、移動時に着用していた衣装で、他を訪問するのはありえないらしい。
一旦屋敷で、身なりを整えてからでないと、どんなに急ぎの訪問でも欠かせない常識だとお姉さんの一人から以前聞いたことがある。
店の裏口から入り、店長を探すと、すぐに娘のマリアンヌに見つかり、手を引かれて中に連れていかれた。
「レイ様。
連絡は受けておりましたが、ずいぶんお早い……」
店長のカトリーヌから声をかけられたので、俺は正直に答えた。
「私には貴族の方たちの生活は全く知りませんが、そういうお仕事……ですよね。それって、別の方のお仕事に思われますが、レイ様がお引き受けなされたのって……」
「好きで引き受けたのではないよ。
今回も無理やり呼ばれたので、来ただけで面倒ごとは絶対に避けたいからね」
「この後いかがしますか?」
「約束まで時間もあるし、一度伯爵を訪ねて相談してみるよ。
悪いが、伯爵邸まで先触れを出してほしいかな」
「ここから出してもよろしいのでしょうか」
カトリーヌの言い分は尤もだ。
宰相の目を気にしてこちらに入ったのだが、やることは貴族政治の一環だ。
なら俺の屋敷から、そうだなバトラーさんあたりから出してもらわないと相手に失礼になりそうだ。
「悪い、俺の屋敷に行ってバトラーさんにお願いしてみて」
「分かりましたが……」
「ああ、宰相があの屋敷を見張っているとせっかく稼いだ時間が無くなりそうでな」
「そういうことですね」
すぐにダリアが屋敷に出向き、バトラーさんと相談して
その足で屋敷から伯爵邸に先触れが出された。
多分その際に俺の意図を一緒に伝えたのか、先触れの返事が王都の店の方に来たのだ。
これは助かる。
返事をくれた方は明日一番でお会いできるとのことだったので、俺は、明日一番に商人の一人が訪ねると伯爵に伝えてもらった。
そう明日は歩いて伯爵邸の勝手口からの訪問になる。
その夜は王都の従業員と、屋敷にいるメイドの有志が店までやってきて運動会を夜が明けるくらいまで続けていた。
何せ、屋敷にはメイドも新たに雇った者たちもいるので、前からの奴隷でない者たちには福利厚生は無い。
屋敷は一応貴族としての体面を保つためのものだけで、それ以外は期待していない。
新たに雇っているメイドたちも、きちんとメイド教育をされているものではなく、行儀見習いの経験のある町人たちからバトラーさんとダリアが面接して雇ったらしい。
そう、そのあたり全部バトラーさんに丸投げしており、バトラーさんからの相談もお姉さん方で止まって俺のところまでは来ない仕組みになっている。
優しいお姉さん方の配慮のおかげだ。
翌日朝から伯爵邸まで歩いて向かう。
と言っても10分もかからずに着ける距離なので、正直言って馬車を使うよりもらくちんで速い。
本当に貴族という生き物はどうしようもないな。
裏の勝手口?と言ってもこれでも十分に立派な出入り口なのだが、そこから中に入れてもらい、すぐに伯爵の執務室に案内された。
「男爵、何やらまだ面倒ごとにかかわっているそうだな」
伯爵様から開口一番でそう言われたので、挨拶もそこそこに、状況を説明していく。
「貴族の方たちにとって、私に対する国の、いや、宰相の要求は如何なものなんでしょうか。
私はにわか貴族で、常識に欠けるところがありますもので」
「確かに、男爵ほど急激に爵位を上げる者は大きな戦争でもない限りありえないだろうな」
「では過去にも私同様の苦労人が……」
「それはどうかな。
大きな戦争で授爵されるものは大概一人ではなかったし、周りもそういう風潮を理解していたしな」
「それはどういう……」
「礼儀や慣習などを期待されないということだ。
それにそういう時に授爵されるものは武芸に秀でたものばかりで、授爵されるときにはお役御免というか」
そういうことか。
成果に対する報酬のようなもので、領地経営までは勝手にしてもらうけど、それ以上の政治向きまでは期待されない。
俺の場合でも似たような気が……違うか。
俺の場合は、他の領地の立て直しまで期待されているのだ。
しかし、それは貴族としてはあるまじき行為になるとか。
そもそも、そういう手助けは寄り親の仕事だろう。
そうだよ、寄り親だ。
俺の場合は特殊になるが、目の前の伯爵がそれにあたるので、さっそく聞いてみた。
「それなら、宰相の行いは、ありえないことだと」
「いや、確かに宰相は慣習からは逸脱はしているが、そもそも街道筋の領地が軒並み怪しくなっているとなると緊急事態だろうし、やむを得なかったのでは……ゴニョニョ……」
伯爵も語尾が怪しくなっていた。




