第1章☆20年前
第1章☆20年前
国立大学の校庭内の林にタイムマシンは到着した。幸い辺りはひとけがないので騒ぎにはならず、一安心。
私はタイムマシンを木の枝でカムフラージュしてから、教養学部の建物に入り、学生の合間を縫って女子トイレに入った。
一応、白いブラウスに紺のスーツ姿だから、学内をうろちょろしても、よっぽど重要なところにいかない限り、特にとがめられないだろう。
黒のハンドバッグから化粧品と折り畳み式のブラシを取り出して身繕いする。
胸までの長さの黒髪を金のバレッタで留める。
年齢こそそこそこいっているから学生の中で浮いてはいるものの、ここの大学の卒業生なのだ。勝手知ったる庭のようなものだった。
ふっと思い立ち、放課後いつも文芸部のサークルでだべっていた部室を覗きに行ってみる。
「いた!」
20年前の私。何にも知らずに普通の生活を送っている。なるべく関わらないようにしなくちゃ歴史が変わってしまうかもしれない。
浩次・・・さんも本当にここにいたのかしら?
全く覚えがないんだけど。
でも、タイムコーポレーションの人たちは確かに行き先はこの時空間だと言っていた。
学内を散策して、行き交う学生の顔を見て懐かしい人を見たりした。
恐らく私の行動範囲内には浩次さんとの接点はないだろう。
いつもいた教育学部棟以外かな?
「あっ!すんません」
いきなり出会い頭で自転車でぶつかってくる青年。
「いいえ…あっ」
「?」
「浩次…さん?」
「はい。誰ですかあなた」
「冴子」
「冴子さん?」
怪訝そうな青年。
「はい」
「どこかでお会いしましたっけ?」
「はい」
首をかしげる青年。
色白で痩せていて、どこか幼さの残る顔。でも確かにあのへんてこりんなおじさんでもあるわけで。でもなんか女の子みたいな感じにも見えて…かわいい。
人ってこんなに変わるもんなんだなぁ。しみじみ思う。人のことは言えないけれど。私も20年でたいがい老けてしまっている。
「冴子さん、ひざ怪我してる」
あっほんとだ。興奮してて気づかなかった。
「手当てします。俺の部室までついてこられますか?」
「えっ、ええ」
ストッキングが破れて、ひざから出血していた。
「音研の掘っ立て小屋に確か救急箱あったから」
音研?どうりで知らないはずだ。学生時代とんと交流がなかった。
「あの、あなたは信じないかもしれないけれど、私、20年後から来ました」
「?」
ヨードチンキを塗ってくれている浩次さんは無言で問いかけてきた。
「今から10年前にタイムマシンが開発されて、さらに今から20年後に私がそれに乗って今へタイムスリップしたの」
「何しにそんなことしたんですか?」
「浩次さんに会いに」
「俺に?」
浩次さんは薬箱をひっくり返してしまって顔をしかめた。
何て言うか、彼のいろんな表情がとても新鮮で惹き付けられる。
ぼおっとしてしまう。でも、私は40才だ。ある意味犯罪じゃないかしら?
「今の私は、ええとつまり、20才の私は、文芸部の部室でだべっているの」
「…」
私は自分がどういう人物か早口でまくしたてた。(あっ。40才の浩次さんがなんで色々知ってたかわかった。私自分で話しちゃってる)
「最初に20年後に浩次さんが私に会いに来たの。そして私があなたのことを『運命の人』っていったって聞いて、タイムマシンに乗って確かめに来たの」
「…すんません。手当て終わったから帰ってください」
「あー」
音研から閉め出されてしまった。
無理もない。私だって20年後の初対面の時、浩次さんがいきなり声をかけてきて、逃げたんだもの。
ポロポロ。
あれ?涙だ。なんでぇ?化粧が崩れるぅ。
その場にしゃがみこんで打ちのめされていたら、様子を見に来た浩次さんが再度音研の部室に呼んでくれた。
「何やってるんですか?」
「ちょっとショックで…」
「お茶でも飲んで落ち着いて」
「ありがとう」
「俺、自慢じゃないけど女運ないんです。そそっかしくてぱっとしないから女の子にもてない」
「でも、あなたは素敵よ」
「…」
浩次さんは照れて所在なげだった。
「冴子さん、でしたっけ?」
「はい」
「後で仲間が来たら歌いますんで聞いてってください」
「はい」
私は幸せな気持ちだった。
「俺、自慢じゃないですけど、歌がうまいんですよ」
「自慢でしょ?」
「ははは。子どもの頃少年合唱団に入ってました」
「ええっ!」
「レコードも出したんですけどあんまり有名じゃなくて」
知らなかった…。
「私みたいなおばちゃんが押しかけてきて迷惑じゃない?」
「なんで!冴子さんはきれいで魅力的です」
私は耳の付け根まで真っ赤になった。




