決意
ジュリアン様に借りた上着をお返しするため、何かお礼を探しに街の雑貨屋へ立ち寄っていた。
ハンカチに刺繍でもしようかしらと店内を見歩いていると、店の奥で若い町娘がしくしくと泣き声を上げているのが目に入った。
おかみさんも奥にいるみたいだわ。カフェで時間を潰してからもう一度来ようと踵を返そうとした、その時──。
「泣くんじゃないよ。あんな大人しそうな顔して人の男を寝とる泥棒猫に引っかかる男も男だけどさ、うかうか待っているだけじゃ、イイ男なんてあっという間に持っていかれちまうんだからね!」
……そっと振り向くと、おかみさんが怒り心頭で娘の背中を撫でているのが見えた。
──泥棒猫。
その言葉が、私の胸の奥に眠っていた苦い記憶を呼び覚ました。
私の元夫のベッドに潜り込み、まんまと寝とっていったのも、一見おとなしそうで『貞淑』な女だった。
「……あら、クラウディアさんじゃないか。立て込んでてすまないねぇ……何か探しものかい?」
「あ……ええ。刺繍用のハンカチと糸があればと……」
「クラウディアさん。あんた顔色が悪いよ……!ちょっとそこに座りな」
「ちょっと、トム!クラウディアさんが具合が悪そうなんだ、ひとっ走りしてスカイラインの坊ちゃんを呼んできておくれ!」
おかみさんが奥に声をかけると、ご主人が「任せときな!」と慌てて跳んで出て行った。
なんとか平静を保とうとするけれど、過去の不快な記憶が頭の中を駆け巡り、息がうまく吸えない。
──元夫の隣で勝ち誇ったように嘲笑う『貞淑』な女。手のひらを返したような婚家の冷酷な態度。そして開き直った元夫の吐き捨てた数々の暴言。
「……ジュリアン様にご迷惑をおかけする訳には……!」
自分の弱さに彼を巻き込みたくない。
慌てて立ちあがろうとしたものの、あまりの気分の悪さにひどい眩暈をおこす。
「ほら無理をしちゃいけないよ。こういう時は素直に頼ったらいいのさ。あの子ならすぐ飛んでくるよ」
数分もしないうちに、バタンと勢いよく店のドアが開いた。乱れた金色の髪──息を切らしたジュリアン様が、弾む息のまま飛び込んできた。
「クラウディア……っ!大丈夫か!?」
顔に汗をかいてる。
私のために、駆けつけてきてくれた。
心配そうに私を見つめる青い瞳に、涙が出そうになる。
「家まで送ろう。……立てるか?」
「ふらついているんだよ。坊ちゃんがいつも担いでる脚立や木材に比べたら羽のような軽ささ!おぶっていっておやりよ」
「だが……。いや、承知した。……わ、私で申し訳ないが」
コホンと咳払いをすると、ジュリアン様が私の前にしゃがみ込み、大きな背中を見せてくれた。
「……ありがとうございます」
恥ずかしさと申し訳なさで、穴があったら入りたいくらいだ。
けれど──彼の肩に手を回し、背中にそっと身を預けた瞬間、伝わってくる温かな体温で胸がいっぱいになった。
(ああ……こんなにも、温かい……)
この背中を──ジュリアン様を、絶対に誰にも奪われたくない。
淑女たるべき、貞淑であるべき、慎み深く耐えるべき。
……『良い子』のまま待っていたら、大切なものをすべて奪われてしまう。
(もう……我慢なんて、絶対にしない)
私はそっと彼の背中に顔をうずめ、その温もりを確かめるように強く腕を回した。




