取材デート
先ほどのパンフレットのアイデアは、とても素晴らしいものだった。
ちょうど兄が領地に帰ってきているため、早速相談したい。焼きたてのアップルパイをいただいてから、また後日伺う約束をして、私はアトリエを後にした。
──『せっかくできた話相手を、私はもう少し大切にしたいのです』
帰り道、クラウディア嬢の言葉が頭から離れない。私の方こそ、まったく同じことを考えていた。
どこか気が許せて、話しやすい。
……この心地よい距離感を彼女も感じてくれているのなら、とても嬉しい。
しかし、離縁か。異国の地で何があったのか知る由もないが、さぞ辛い思いをしたことだろう。
明るく振る舞う彼女の意外な過去に驚くと同時に……正直なところ、今彼女が誰のものでもないという事実に、密かに安堵している自分がいた。
また、堂々と彼女に会えるのだと。
◇
「スープが最高に美味しかったですわ!デザートがアイスクリームと季節のケーキ二種類から選べるのも魅力的ですわね」
「それは……よかった。参考にさせてもらう」
私は料理の感想を急いでノートに書き留める。
兄に話すとすぐに乗り気になり、今日はパンフレット作りの取材として、二人で街の評判の料理店を幾つか回っていたのだ。
やはりこういう場面では女性ならではの細やかな意見が欲しいと思い、私から思い切ってクラウディア嬢を誘ってみたのだった。
よく話し、よく食べ、よく笑う。
本当に快活で、心地よい令嬢だ。
「私、我慢というものはもういたしませんの。だって今日食べたお料理、どれも格別に美味しかったんですもの。……食べ過ぎてしまいましたから、少し運動をしなくては。ジュリアン様、この後少しお散歩に付き合ってくださいませ」
「……承知した」
ペンとノートをポケットにしまい、彼女の後を追う。
軽い食前酒を嗜んでいたが、少し酔いが回っているのだろうか。足取りがわずかに覚束ない。
「……クラウディア嬢、私の腕を掴んでくれ。エスコートする」
「あら……ありがとうございます」
そっと自分の腕に添えられた指先の温もりに、心拍数が跳ね上がる。間近で見つめ返してくる彼女の笑顔に、なんだか胸の奥がじんわりと温かくなった。
「〜♪」
彼女が小さく歌を口ずさみ始めた。
「ご機嫌だねぇ、クラウディアさん」
雑貨屋の夫婦だ……買い物帰りだろうか。
「おかみさん!それにご主人も。……うふふ、この街は湖も綺麗だし、お料理も美味しいし。私、大好き!」
「嬉しいことを言ってくれるねぇ。今の領主様になってから街の整備が急に進んだけど、実際に現場で細かく指示を出したり手伝ってくれてるのはジュリアン様なんだよね」
「ジュリアン様はご立派な方なのですね!」
「今日は髪も綺麗に上げて、男前じゃないか。いつもそうしてたらいいのに。クラウディアさん、ちゃんと家まで送ってもらうんだよ!」
「はーい」
返事をしながら突然彼女が突然くるりとこちらを振り返った。
「私も良いと思いますわ。……ジュリアン様の、綺麗な瞳がしっかりと見えますもの」
とびきりの笑顔に、胸の動悸が早まる。
「クラウディア嬢……さてはかなり酔っているな?」
酒のせいだと分かっていても、心臓に悪い。
(……明日侍女に髪を少し切ってもらおうか)
「〜♪」
歌を口ずさんでご機嫌な彼女に、私の頬も緩む。
それにしても、これは……聞き馴染みのない、隣国の歌。
酔って無意識に歌ってしまうほど、彼女があの土地で暮らしていたという証拠だ。
自分の知らない彼女の時間。……そして、かつての夫の存在。
余計な詮索などするつもりはない。
だが、彼女がふわふわとした足取りで気持ちよさそうに歌を紡いでいる間、私の胸の奥に生まれたくすぶるようなざわつきは、どうしても収まってはくれなかった。
夕暮れの広場を静かに歩き回り、彼女の家に着く頃には、すっかり酔いも醒めたようだった。




