アトリエで
ノックの音に出迎えると、そこには綺麗に前髪を上げた金髪の紳士が立っていた。一瞬固まり、慌てて気づく。
「ジュリアン様でしたか……!髪を上げていらしたから、わかりませんでしたわ」
「クラウディア嬢、今日はお誘い感謝する。……茶会に行くと話したら何やら侍女が張り切ってな。普段湖であの通り作業ばかりしているからな……髪で遊ばれてしまったんだ」
前髪が上がり、隠されていた涼やかな瞳が露わになっている。
──その瞳の色を目にした瞬間、胸が跳ねた。
吸い込まれるような、綺麗な青い瞳。
青いプリムラの花のような……そう、あの雑貨屋で買った刺繍リボン。あれと同じ、透明感のある美しい青だわ。
前髪を上げた彼は驚くほど整った顔立ちをしていて、普段のハンチングと前髪に隠されていた美形ぶりに息を呑む。
王都にいたら、きっと大層もてたことでしょう。
そんな方がこんなところで脚立で枝を切ったりしているなんて、本当に不思議な人だわ。
当の彼はといえば、私の不躾な視線に気まずそうにしている。少し見つめすぎてしまったわ。
「普段からそうしていらしたらよろしいのに。とてもお似合いですわ」
「似……!?……そういうことを軽々しく……」
視線をあちこちに泳がせながら、彼が小さな声で何か呟いた。
「……え?……もう一度おっしゃって?」
「……なんでもない!……ほら、甘栗だ。先日、君が……食べ損ねたと言っていたからな」
バッと、顔の前に紙袋を突き出された。
「覚えていてくださったのね。嬉しいわ」
こういうさり気ない配慮が自然とできるところが、とても優しい人だと思う。
◇
「……凄いな。絵があちこちに。それに、ここから湖が一望できるのか」
アトリエに入ると、彼が窓辺に寄り、慈しむような眼差しで湖を見つめた。その佇まいがあまりにも美しくて、思わず見惚れてしまう。
ただ美しい方なら王都にもたくさんいるけど……そう、この方は目の奥に、どこか深く優しい温もりを宿しているのだわ。
「ジュリアン様がこの間枝を切っていらした小道は、あのあたりですわね。私もだいぶ道が分かってきましたの」
「ああ、そうだ。あの木立の抜け道だな」
私たちがこれまでに出会った場所を、窓越しに二人で指差し合った。
私が絵を描きたいと思う場所に、いつも彼がいる。いいえ、きっと彼が『美しい』と大切に整備している場所で、私が絵を描いているのだわ。
「今まで指を差した場所、眺めのおすすめとして観光案内のパンフレットを作ってみたら素敵なんじゃないかしら。甘栗屋さんとか……美味しいお店リストも一緒に載せて」
「それは面白い発想だな。兄……いや、街の人に伝えておくよ。みんなの意見も集めてみたら、もっといいものができそうだ」
自分の何気ない思いつきを素直に受け止めてもらえて、私も少しはこの街のお役に立てたような誇らしい気持ちになった。
◇
個展に出した絵や、数枚の新緑のスケッチを眺めた後……彼が一枚の小さな絵を手にとった。
「これは隣国の有名な塔だな。訪れたことが?」
「……ええ、元々の嫁ぎ先が、そちらでしたの」
彼の手がぴたりと止まった。ハッとした顔でこちらを振り返る。
「……大変失礼した。お噂を聞かないので、てっきり未婚かと……。結婚されている夫人の部屋に男と二人きりでいるなど、いささかまずいのではないか」
慌てて絵を丁寧に戻し、彼が気まずそうに席を立とうとする。
少し重い話題になってしまったけれど、隠すようなことでもない。
「……王都で未婚の男女が二人でいるのは、確かにまずいかもしれませんわね。でも、このような場所で私たちを気にかける方などおりませんでしょう……。ただお話をしているだけですし……せっかくできた話相手を、私はもう少し大切にしたいのです。それに……私、もう離縁いたしましたの」
「……そう、だったのか。お辛い話をさせてすまない。ここにいて良いのなら、無理に話さなくていい」
私を思いやり、優しく気遣ってくれる彼に微笑み返す。
「……そろそろお茶にしましょうか。ここは林檎が美味しいでしょう?アップルパイを焼いてみましたの」




