彼の意外な特技
恐る恐る足を踏み入れた赤い屋根の雑貨屋には、気さくなおかみさんがいた。
帽子用のリボンについて相談すると、奥へ案内された。そこには、たくさんの愛らしいリボンが並んでいた。
「まあ……なんて素敵。これは湖で見かけた小鳥かしら」
小鳥や野の花のモチーフが多い。クローバーが刺繍されたリボンは、よく見ると一つだけ四葉が混ざっていたりする。どれもシンプルながら、格段にセンスが良かった。
「おかみさんのセンスが素晴らしいのですね」
感心して褒めると、おかみさんは「まさか!」と声を上げて笑った。
「その帽子を取ってくれたのは、金髪の綺麗な顔した青年だったろ?あの子はよく湖のあたりを整備しているからね。そのリボンは全部、あの子がデザインを描いたんだよ」
「え?……あの方が……?」
驚きながら、私は吸い込まれるような青色の、美しい花の刺繍リボンを手に取った。おかみさんが「試してみな」と鏡の前へ促してくれる。
(帽子で隠れて綺麗な顔かはわからなかったけれど……素晴らしいデザインだわ)
映し鏡で合わせてみると、リボンのカットの角度や揺れ感が絶妙で、思わずくるりと回ってみたほどだった。おかみさんが嬉しそうに目を細める。
「ふふ、ここで試着したお嬢さんは皆そうするよ」
「最初はねぇ、あの子は何にこだわっているのかさっぱりわからなかったんだがね。外でつけてごらん、風に靡く様が本当に素敵なんだ」
おかみさんは懐かしそうに目を細めて続けた。
「あの子がここに住み出してもう五年くらいかねぇ。最初はうちの商品を見るなり『なんだこの野暮ったいデザインは!』って怒って帰っていってね。翌日には繊細な絵を描いて持ってきたんだよ。でも、このあたりじゃそれを刺繍できる者もいなくてね……おまけに持ち合わせも大してないときたもんだ。呆れたよ」
「まあ……そんなことが」
「なのにあの子、何度も何度も描き直して持ってきてさ。その熱意に絆されたうちの人が、理想の帽子を作ったんだ。今じゃ二人でいろんな服飾のデザインも始めて……このリボンも大人気さ。近隣の街からも買いに来てもらえるくらいの人気商品だよ」
おかみさんは誇らしげに胸を張る。
「少し口が悪くて少し生意気だが、根は本当に優しい子なんだ。街の皆が楽しめるようにって、安い材料でできる簡素なリボンまで考えてくれてねぇ」
あんなに無口だった紳士に、そんな熱いこだわりがあったなんて。私は迷わず、その青い刺繍リボンを買い求めた。
◇
「あら……あなたは先日の」
「ああ……どうも……」
街で見かけた彼に声をかけると、彼はすっと目を逸らした。
「あの時は、私の帽子を取ってくださりありがとうございました」
お礼を言うと彼は気まずそうに視線を泳がせる。
「別に……。こちらへは避暑ですか?」
「ええ。この季節の湖が大層美しいと伺いましたので」
そう答えると、彼の唇の端がほんのわずかに上がった気がした。湖の話が好きかしら。……けれど、すぐにまた俯いてしまう。
「……先日お会いした場所より、北側の散策地がいいですよ」
ぼそりと呟くような小声で、よく聞こえなかった。
「……え?……すみません、もう一度お伺いしても?」
「……朝は特に、霞がかって幻想的なんです」
聞き返されて焦ったのか、彼はぐっと息を呑むと、一気に言葉を重ねた。
「北側の散策地がいいですよ。……整地が進んで、最近遊歩道が出来たんです。そこからの眺めは……私の一番のおすすめです。……あの辺りは人が少ないし……落ち着いて絵が描けるでしょう」
そう言って、彼はちらりと私の小脇に抱えた画材バッグへ視線を落とした。
帽子と金髪の隙間から覗く覗く耳たぶがほんのり赤く染まっている。
(私が画材を持っていることに気付いて、気を利かせてくださっていたのね)
「……心遣い、ありがとう存じます。行ってみますわ」
おかみさんの言っていた『口が悪くて生意気』……とは思えないほど、純情で物静かな方ね。確かに、根はお優しい方みたい。




