第5話 前髪と定期演奏会
前回の続きです。
美容室の椅子は、思っていたより高かった。
足が床に届かない。
少し体を動かすと、椅子ごとくるりと回る。
目の前には大きな鏡があって、長い前髪の女の子が、落ち着かない顔で座っていた。
「動かないでね。動いたら、ぱっつんになるから」
後ろで、高峰さんがはさみを鳴らした。
しゃきん、と軽い音。
日曜の夕方。商店街の端にある、高峰さんの家の美容室。
お店はもう閉まっていて、照明は半分だけ点いている。シャンプーの甘いにおいと、ドライヤーの残りの熱が、部屋の中にうっすら漂っていた。
「本当に、高峰さんが切るのですか」
「そうだよ。お母さんは見てるだけ」
鏡の端で、高峰さんのお母さんが腕を組んで笑っている。
「莉子ね、前髪だけは上手いのよ。前髪だけは」
「だけって言わないで」
(ラウレンティアでは、わたくしの髪に触れてよいのは侍女だけだった)
伯爵家の娘の髪を、同じ年の娘が切る。
王国なら考えられない。それは仕える者の仕事で、友人のすることではない。
もっとも、わたくしに友人はいなかったけれど。
「目、閉じて」
言われるまま閉じる。
前髪に櫛が通る。額に、ひやりとした指先が触れる。しゃき、しゃき、と耳のすぐ近くで音が鳴る。
細かい毛がまぶたに落ちて、くすぐったい。
「……篠宮さん、なんで今までこんなに伸ばしてたの」
「わかりません」
本当にわからない。
この前髪を伸ばしたのは澪だ。わたくしではない。
澪がこの奥に何を隠したかったのか、わたくしは知らない。
「はい、いいよ。開けて」
目を開ける。
鏡の中に、知らない顔がいた。
いいえ、知ってはいる。毎晩、前髪をかき上げて確かめていた顔だ。
でも、明るいところで、真正面から見るのは初めてだった。
眉がまっすぐで、目が大きい。黒目がはっきりしている。
頬の線が細く、唇の色は薄い。
少し驚いた顔で、こちらを見返している。
「ほら」
高峰さんが、鏡越しに得意そうに笑った。
「美人じゃん。隠してたの、もったいない」
「……」
「え、何。気に入らなかった?」
「いいえ。……いいえ、その」
言葉がうまく出てこない。
王国の夜会の前、侍女が三人がかりで髪を結い上げたときも、鏡の中の顔はきれいだった。
けれど、あの顔はいつも、誰かに勝つための顔だった。
この顔は、ただ明るい。
「ありがとう、ございます」
「なんで敬語」
「癖ですわ」
「それ、ほんとにやめなって」
高峰さんが肩のケープを外して、ばさりと払った。
床に、黒い髪が散らばる。
澪が隠れていた場所の、名残だった。
◇
翌朝、教室の扉を開けたとたん、空気が一瞬止まった。
見られている。
この感じには覚えがある。夜会の大広間に入るとき、扇の陰からいくつもの目がこちらへ向く、あの感じ。
「え、誰」
「篠宮さん?」
「うそ、まじで」
ざわざわと声が広がる。
席に着くまでに、三人に話しかけられた。これまで一度も、わたくしに朝のあいさつをしたことのない人たちだった。
「前髪切ったんだ。めっちゃいいじゃん」
「どこで切ったの?」
後ろのほうで、男子が二人、こちらを見てひそひそと笑っている。嫌な笑い方ではない。それがかえって落ち着かない。
(同じだわ)
王国でもそうだった。
新しいドレスの日、首飾りを一つ増やした日。人の態度は、少しずつ変わった。
人は、見えるものに頭を下げる。
中身が昨日と何ひとつ変わっていなくても。
わたくしは、その景色を静かに見ていた。
腹も立たないし、嬉しくもない。よく知っている景色だった。
「おはよー」
隣の席に、朝比奈さんがかばんを置いた。
いつもと同じ、のんびりした声。かばんの口から、もうメロンパンの袋がのぞいている。
「あ、前髪。かわいいね」
それだけ言って、朝比奈さんはメロンパンの袋を開けた。
「朝ごはん、二回目」
「二回目……」
「一回目は家で食べた」
後ろから高峰さんが来て、わたくしの頭をぽんと叩いた。
「どう、反響」
「ざわざわしていますわ」
「でしょ。あたしの腕」
二人とも、昨日と同じだった。
前髪があってもなくても、同じ声で話しかけてくる。
そのことが、胸のあたりに、温かいまま残った。
◇
昼休み。三人で机をくっつけてお弁当を広げていると、高峰さんが箸でわたくしを指した。
「ていうか、そろそろ『わたくし』やめない?」
「……やめようとは、思っているのですわ」
「思ってるだけじゃん」
朝比奈さんが、わたくしのお弁当箱をのぞきこむ。
「篠宮さんの卵焼き、いつもきれいだよね」
「父が焼くのですわ」
「お父さんが? いいなあ」
話がそれた、と思ったのに、高峰さんは逃がしてくれなかった。
「はい、言ってみて。『私』」
「わ」
「うん」
「わた……」
口の中で、言葉が曲がったまま止まる。
十七年、「わたくし」と言ってきた。伯爵家の娘として。
たった一音落とすだけなのに、肩書きを一つ、床に置くような気がした。
「……わたし」
小さな声だった。
自分の声なのに、少し知らない人の声に聞こえた。
「言えたじゃん」
高峰さんがにやっとする。
朝比奈さんが、箸を置いて、ぱちぱちと小さく拍手した。
「おめでとう」
「おめでたいことでは、ありませんわ」
「語尾が残ってる」
「……ありません」
「惜しい!」
高峰さんは笑いながら、ついでのように言った。
「あと、高峰さんっていうのも、もういいよ。莉子で」
「……莉子、さん」
「さん、いらない」
「ひかりも、ひかりでいいよー」
朝比奈さんが、卵焼きをじっと見ながら言う。たぶん、卵焼きが欲しいのだと思う。
私は一切れ、ひかりのお弁当箱に移した。
「莉子。ひかり」
呼んでみると、二人とも「はーい」と返事をした。
それだけのことで、耳が熱くなった。
その日の放課後、部活でうっかり「わたくし」と言って、莉子に肘でつつかれた。
次の日も言った。
その次の日は、二回で済んだ。
一週間たったころ、私は、自分のことを考えるときも「私」と考えていることに気づいた。
◇
期末テストが終わった日、三人でファミレスに行った。
(ファミリーレストラン。家族の食堂)
名前の意味を考えているうちに、席に案内される。ソファが柔らかい。
メニューは写真だらけで、どの料理にも値段が書いてある。
王国の料理屋に、値段の札はなかった。
貴族は値段を聞かない。払うのは家令で、娘は皿の上だけを見ていればよかった。
「ドリンクバー三つで」
莉子が慣れた様子で頼む。
「ドリンクバー、とは」
「好きなだけ飲めるやつ」
「好きなだけ……?」
「好きなだけ」
本当に、好きなだけだった。
機械のボタンを押すと、グラスに飲み物が注がれる。ひかりは、メロンソーダという緑色の飲み物に、白い乳酸飲料を混ぜていた。
「それは、許されるのですか」
「許されるよー」
ひかりは、緑と白が混ざった何かを、満足そうに飲んだ。
私はおそるおそる、紅茶のティーバッグをカップに入れて、お湯のボタンを押した。
王国の紅茶は、侍女が銀のポットで淹れるものだった。
このカップの紅茶は、少し薄くて、少し渋くて、自分で淹れたぶんだけおいしかった。
ひかりはハンバーグとドリアとポテト。莉子はたらこのパスタ。
私は、ひかりに勧められて、チーズの入ったハンバーグにした。
ナイフを入れると、中からとろりとチーズがあふれた。
「……!」
「でしょ」
ひかりが、自分が作ったみたいに胸を張った。
会計の前に、莉子がレシートを見ながらスマホの電卓をたたいた。
「ひかりが千二百八十円、澪が九百八十円、あたしが八百九十円ね」
「割り勘、というものですね」
「割り勘っていうか、自分の分」
財布から千円札を一枚出す。お釣りの二十円を、莉子が私の手のひらにのせてくれる。
レジの店員さんは、三人それぞれに、同じ声で「ありがとうございました」と言った。
王国なら、その場で一番身分の高い者が払う。
払った者がその場の主になり、払われた者は借りを作る。
食事は、誰が上かを決める場だった。
ここでは、自分の食べた分を自分で払う。
誰も、誰かに借りを作らない。
九百八十円で、私は二人と同じ高さに並んでいられた。
帰りに、駅前のゲームセンターでプリクラを撮った。
狭い箱の中で、機械が明るい声で「ポーズをとってね!」と言う。
「どうすればいいの、ですか」
「とりあえずピース!」
三、二、一。ぱしゃ。
出てきた写真の私は、目が倍くらい大きくなっていて、肌が真っ白だった。
「これは誰ですの」
「澪だよ」
「別人です」
「プリだもん」
王国で肖像画を描かせると、画家は三月かかった。
できた絵は父の書斎に掛けられて、誰にも見られなかった。
このシールは三分ででき、莉子がその場ではさみで三つに切り分けた。
私は一枚を、スマホケースの裏に挟んだ。
誰に見せるためでもない。ただ、持っていたかった。
◇
七月の終わり、県大会。
一年生の私も、コンクールのメンバーに入った。
ただし三番フルート。いちばん下の声部で、和音の中の一音を長く伸ばしていることが多い役だった。
「篠宮は三番」
オーディションの結果を貼り出した日、成瀬先生はそう言った。
「上手いから一番に、とは考えてない。今のお前には、隣を聴く練習がいちばん要る」
春の私なら、怒っていたと思う。
でも、三番の楽譜を毎日吹くうちに、少しずつ分かってきていた。
一番の水野先輩が旋律を吹く。二番の先輩が、その少し下で寄り添う。私がさらに下で、二人を支える。
三人の音がぴたりと合うと、自分の音が聞こえなくなる瞬間がある。
それは音が消えたのではなく、和音になったのだ。
夏の音楽室は暑かった。
窓を全部開けても風が入らない。扇風機が首を振るたび、譜面がめくれそうになる。
汗で唇がリッププレートの上で滑る。ハンカチで拭いて、また構える。
チューナーの針が、真ん中でぴたりと止まるまでロングトーン。
「隣の音を聴け」と、成瀬先生が何十回も言った。
本番は県民会館の大ホールだった。
楽器をトラックに積み、バスで向かう。舞台袖は暗く、前の学校の演奏が、壁ごしにくぐもって聞こえた。
十二分は、本当にあっという間だった。
気がつくと、拍手の中で礼をしていた。
夕方、全部の学校の演奏が終わって、結果発表になった。
客席の明かりが少し落ち、舞台の上に各校の代表が並ぶ。桐谷部長が、うちの学校の列に立っている。
司会の人が、出演順に読み上げていく。
「プログラム七番、県立水城高等学校」
客席の私たちは、手をつないで息を止めた。莉子の手が、汗で湿っている。
「銀賞」
ほんの短い、静かな間があった。
それから、まわりの席で、ぱらぱらと拍手が起きた。ほかの学校の人たちの拍手だった。
金賞なら、「ゴールド金賞」と読まれる。聞き間違えないように、そう読むのだと、あとで教わった。
ホールの外に出ると、三年生の先輩たちが泣いていた。
声をあげて泣く人。しゃがみこむ人。何も言わずに、楽器ケースを抱いている人。
桐谷部長は賞状を持ったまま、赤い目で一人ずつの肩を叩いて回っていた。
水野先輩は泣いていなかった。ただ、ずっと唇をかんでいた。
王国で負けた者は、誰かのせいにした。
そうしなければ、自分の家が負けたことになるからだ。
でも、ここでは誰も、誰かのせいにしなかった。
桐谷部長は、泣きながら「みんな、ありがとう」と言った。
負けたのに、礼を言う。私には、その意味がまだ分からなかった。
隣で、莉子がぼろぼろ泣いていた。
ひかりは鼻をすすりながら、私にポケットティッシュを一枚くれた。
私は泣いていなかったけれど、なぜかそれを受け取って、ずっと握っていた。
◇
八月の夏祭りには、浴衣を着て行った。
母が、押し入れの奥から紺の浴衣を出してきた。白い朝顔の柄だった。
「お母さんが高校のときのやつ。澪に似合うと思ってたんだ」
母は私を鏡の前に立たせて、手早く帯を結んだ。
腰のところでぎゅっと締められて、思わず息が出る。
「苦しい?」
「いいえ。……ううん、大丈夫」
王国では、着替えは侍女の仕事だった。母が娘に服を着せることなど、なかった。
私の母は、私が小さいころに亡くなったから。
「はい、できた。かわいい」
母は、私の肩を両手でぽんと叩いて笑った。
居間から蒼太が顔を出して、「ねえちゃん、お祭り行くの。りんご飴買ってきて」と言った。
神社の参道には、屋台がずらりと並んでいた。
焼きそばのソースのにおい。綿あめの甘いにおい。発電機のうなる音と、提灯の明かり。
人がぎっしりで、肩と肩がぶつかる。
金魚すくいの屋台で、三人並んでしゃがんだ。
「一回三百円ね」
おじさんが、私にも、莉子にも、隣の小学生にも、同じように言った。
誰が来ても三百円。
渡された薄い紙の道具は、水につけた瞬間に破れた。
「ああっ」
「澪、入れるのが深すぎ」
隣の小学生は、すでに三匹すくっていた。
伯爵令嬢が、七歳くらいの男の子に負けた。でも、悔しいより先に笑ってしまった。
鳥居の近くで、同じクラスの美咲を見かけた。
隣のクラスの男子と並んで歩いていて、二人とも浴衣だった。
「美咲、付き合って三週間なんだって」
莉子が、たこ焼きをつつきながら教えてくれた。
「三週間」
「うん。告られたって」
それから三週間後、二学期が始まった日の教室で、美咲は「別れたー」と言って笑っていた。
「なんか違ったわ。次いこ、次」
まわりの子も笑っていて、美咲もその週のうちにはけろりとしていた。
(付き合って、別れて、また笑う)
王国では、婚約は家と家の約束だった。
一度結べば、破れることは家の恥になる。破られた娘は、二度と良い縁に恵まれない。
だから私は、あれほど必死だった。
夏祭りの帰り道、石段に腰かけて、ひかりがりんご飴をなめながら言った。
「わたし、好きな人と結婚したいなあ」
なんでもないことのように。明日の天気の話をするみたいに。
「好きな人と」
「うん。澪は?」
答えられなかった。
レオナールの顔を思い出す。
金色の髪。よく通る声。人前でだけ、私の手を取る人。
婚約が決まったのは十二のとき。父と、侯爵家の当主が決めた。私はその場にいなかった。
私は、レオナールを好きだったことが、一度もなかった。
それなのに、ミレイユが彼に寄っていくのを見たとき、私は怒った。
手紙を書いた。噂を流した。嘘を足した。
(あれを失って、わたくしは何を怒っていたのかしら)
家の恥か。私の誇りか。
それとも、自分のものだと決められていたものを、取られるのが嫌だっただけなのか。
「澪?」
「……まだ、わからない」
ひかりは「そっかー」と言って、りんご飴の最後のひと口をかじった。
夜空に、遠くの花火が一つ、小さく上がった。
◇
十二月。定期演奏会。
市民会館のホールを借りて、年に一度だけ、部だけで開く演奏会だ。
三年生は、この日で引退する。
第一部はクラシック。第二部はポップス。第三部は、三年生が最後に選んだ曲。
問題は、第二部だった。
「ここ、莉子のドラムと、篠宮のフルートの掛け合いな」
成瀬先生が、ポップスの楽譜を配りながら言った。
「ドラムが四小節、フルートが四小節。それを四回。篠宮は前に出て、立って吹け。ちょっと体も揺らせ」
「体を……揺らす」
「客が楽しくなるようにな」
私は固まった。
王国で、人を笑わせるために楽器を鳴らすのは、道化の仕事だった。
宴の余興で、帽子に鈴をつけた男が笛を吹いて、貴族たちが笑う。
伯爵家の娘が、それをする。
「できない?」
莉子が、スティックをくるりと回しながら私を見た。
挑発ではなかった。ただ、聞いていた。
「……やります」
練習は思ったより大変だった。
莉子のドラムは、わざと毎回少しずつ違うリズムで来る。私はそれを聴いて、同じ形で返す。
最初は全然合わなかった。莉子が速くなると私も焦り、私が溜めると莉子が待ちきれずに入ってくる。
「澪、あたしの顔見て」
「顔を?」
「音だけじゃなくて、顔。次、何やるか、顔に出てるから」
見ると、莉子は次にシンバルを叩く前、必ず片方の眉を上げる。
わかりやすすぎて、笑ってしまった。
笑ったら、音が合った。
本番の日、ホールの客席はほとんど埋まっていた。
第二部。みんな赤いサンタの帽子をかぶっている。
私も、かぶっている。
(ラウレンティアの誰にも、これだけは見られたくない)
掛け合いの箇所が来た。
私は立ち上がって、舞台の前に出る。スポットライトが熱い。客席は暗くて、顔はほとんど見えない。
莉子のドラムが四小節。
私が四小節返す。
二回目、莉子が眉を上げた。シンバルが来る。
私は、それより一拍早く、高い音を短く鳴らして、くるりと莉子のほうを振り向いた。
客席から、どっと笑い声が起きた。
三回目。四回目。
最後に二人で同じリズムを合わせて、ぴたりと止める。
一瞬の静けさ。
それから、大きな拍手。
「ねえちゃーん!」
暗い客席のどこかから、蒼太の声がした。まわりの人が笑う。
目をこらすと、真ん中あたりの列に、母と蒼太と、父がいた。
母は両手を高く上げて拍手している。
蒼太は立ち上がって、母に座らされている。
父は、膝の上で、小さく手を振っていた。
胸の前で、ほかの人に見えないくらいの小ささで。
私は、楽器を持ったまま、どうしていいか分からず、少しだけ頭を下げた。
王国で笛を吹いて、誰かに笑ってもらったことは、一度もなかった。
広間で吹けば、貴族たちは手袋の手で上品に拍手をした。
それは「よくできました」という意味で、私の値打ちを測る音だった。
でも、今の拍手は違った。
笑って、手を叩いて、名前を呼んで。
(拍手は、褒め言葉じゃないんだ)
この時間に、同じ場所に、一緒にいた。
その証拠なのだと思った。
◇
第三部の最後の曲が終わると、三年生が一人ずつ前に出て、花束を受け取った。
後輩から先輩へ。
私は、引退する三年生のフルートの先輩に、小さな花束を渡した。先輩は「篠宮、来年もがんばってね」と言って、泣き笑いの顔で私を抱きしめた。
最後に、桐谷部長がマイクの前に立った。
トランペットを左手に持ったまま、少しのあいだ、客席を見ていた。
「三年間、ありがとうございました」
声が少し震えていた。
「僕らの代は、県大会止まりでした。悔しかったです。でも、この部はもっと先に行けると思っています」
部長は、舞台の上の私たちのほうを振り返った。
トランペットのベルが、照明を反射して光った。
「来年か再来年、全国に行ってください。この部、行けると思う」
その目が、一瞬、私と莉子のほうで止まった気がした。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
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次回は「第6話 金色の、ダメ」です。




