第6話 相対す
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ーー入学前クラス分け試験当日。
聖火は支給された地図を見ながら、学園へ辿り着いた。まるで西洋の王宮を彷彿させる巨大な建物の数々、川に囲まれた巨大な闘技場、至る所で咲き誇る桜、ここが日本であることに驚きを隠せないほどの迫力があった。
正門前には剣を持った兵士達が立ち、
入学の証として支給された金で模られた炎印なるものを提示すると、「進んでよし」と許可が降りた。
門番を抜けると、空気が重く、澱む空間に突き当たった。邪気を弾く為の結界だろう。だが、聖火が足を踏み入れても結界は反応せず、ただのそよ風のように通過する。
試験前に火山から渡された試験の説明用紙には、動きやすい服装でと書いてあった為、白の半袖シャツに黒の短パン姿と、1番ラフな格好で挑んだのだが、周囲を見回しても自分と同じような格好の人物は誰一人として居なかった。
それどころか、この場所で自分は由緒正しき家柄の出だとアピールする場だと勘違いしているのか、ほぼ全員が立派な着物姿で複数のグループに分かれ、チラチラと周囲を見回しながら、立ち話をしている。
「……何あの格好、絶対一般人じゃん」
「あんなのと同じ場所に通わないといけないのかよ。この試験で同じクラスにならないことを祈るわ!」
ひそひそと陰口大会が開かれている中、聖火は気にせずとも前へ進む。その様子が気に食わなかったのか、声や目線はより厳しくなった。
「お待ちしておりました! 橘様!」
学園の門番を務めている兵士達が深々と頭を下げ、未だ自分達の家柄の事ばかりを話し続ける嫌な空間に一筋の光のような存在が現れた。
桜花文の赤い着物を羽織り、太陽の光に触れるたび、燃える炎のように赤く綺麗な髪がゆらゆらと揺れる。誰もがその美形な顔立ちに心を奪われそうになった。
つい先程まで噂話や自慢話に、花を咲かせていた人達も、目を見開かせ、口を大きく開けている。
「美澄……やっぱり、私……」
「ここまで来て何言ってんの! ほら、朋絵、行くわよ!」
美澄は、白い着物姿の朋絵の手を引き、周囲に群がっている生徒達には一切の目もくれず、堂々と道の真ん中を歩く。
階段を降りた先の噴水の前を通り過ぎようとした最中、緑の派手な着物を羽織った男が遮った。その男の近くには有象無象の男達が不穏な笑みを浮かべながら、男に謙っている。
「……お久しぶりです。由緒正しき孔雀家の長男、孔雀良人と申します。橘お嬢様は覚えていますでしょうか?」
随分と丁寧な物言いで歩み寄ってきた男に、美澄はこれ以上ない胡散臭さと嫌悪感を覚えた。
少し嫌な表情を出しそうになるも、グッと堪えて優しく微笑み、上品に腰を折り曲げて愛想良く笑う。
「ええ、名家同士のパーティー以来でしょうか。良人様もこちらの学園へ通われるのですね。お父様はお元気ですか?」
「覚えててくださったんですね! ありがとうございます。父上は業火としての勤めを日々果たしております」
胸に手を当て、ニコリと笑う良人の背後には、自信のなさそうな水色の髪の少女が、霞んだ瞳で下を俯いている。美澄の胸に、言い表し難い違和感が突き刺さる。
「そちらのお嬢様は良人様のお連れ様ですの?」
「ああ、コイツ……ウチの秘書です。ほら、美澄お嬢様に挨拶しろ!」
良人は背後を振り返り、容赦なく肩を掴んで、美澄の前へ突き飛ばした。秘書というにはあまりにも乱雑な扱いに美澄は眉を顰める。
「白秋朔です。良人様の秘書を務めさせて頂いてます。よろしくお願い致します。 」
朔は真っ直ぐ美澄の眼を見て、挨拶と同時に深々と頭を下げた。
その挨拶を聞いた良人の顔が明らかに強く歪む。
「白秋って、あの白秋ですの?」
「美澄お嬢様、今日はこの辺でお暇させて頂きます。試験もありますし、それじゃあ!」
良人は美澄の質問には答えず、都合が悪くなったのか、愛想笑いだけ浮かべて、機嫌が悪そうにその場を去っていった。
「美澄……今の子、少し気になるね」
美澄の影に隠れていた朋絵が言った。
「ええ、あれは秘書ではなく……まるで……」
"奴隷"ではないか。
その先は敢えて、口に出して言わなかった。
良人が去った後の入り口付近の空気感は重く、冷たく、張り詰めていた。
長かった正門から校舎までの道を歩き終わり、聖火は校舎裏付近に到着していた。
背後から聞き慣れた美澄の声が聞こえた気がしたが、学園内では顔も知らぬ他人ということにしているからか、顔を合わせづらい。
意識したわけではないが、少々逃げるように足を動かす速度が速かった。
「……おい、さっきの自己紹介、どういうつもりだ?」
王宮かのような壮大な建物の裏側で赤紫の髪の男ーー孔雀良人が複数人の男達を侍らせて、一人の少女ーー白秋朔に怒鳴り散らしていた。
「いや、あの……申し訳ございません」
深々と頭を下げ、下を俯く朔に、良人は止まらなかった。
「お前の謝罪は聞き飽きた。言葉じゃ分からねえゴミには痛みの躾が必要だな!」
頭を下げた状態の朔の腹部へ、良人の鋭い蹴りが食い込む。
「がっ……はっ……ぁぁ……!! 」
体の中の空気が強制的に吐き出され、朔は息を切らしながら痛みに耐え、地面に手をついた。
「お前ら、痛めつけとけ!ああ、顔はやめとけよ。見える位置は俺の責任になる」
良人は面倒そうに有象無象に命令し、その場から踵を返す。
「ひひひ、おい女。良人様の命令だ、覚悟しろよ?」
「良人様を怒らせるとは言語道断! 喜べ、顔はやめといてやる。それ以外の無事は保証しないがな、ははははははは!!」
良人の周りにいた有象無象が飛びかかり、朔へ拳を振り下ろそうとした瞬間ーー。
銃声に近い、空気の破裂音がし、有象無象の内の一人が背後数メートル先に吹っ飛ばされた。
砂埃を立てながら、遠く離れた良人の足元へ滑るように転がり、男は白目を剥いて気絶。
「あ? お前、誰にやられた!?」
連続して破裂音が響き、良人が吹っ飛ばされてきた方向を見る頃には、朔の周囲の有象無象の男達は気絶し、仰向けで地面に転がっていた。
「……嘘だろ!? 十人以上居たってのに、誰だ!? この一瞬で!? まさか……!!」
"朔がやったのか?"そんな疑問が頭をよぎり、焦ったように地面に転がった自分の駒達に駆け寄った。
全員、見える範囲での直接的な外傷がない。
服を脱がせれば何かしらの傷はありそうだが、今は何よりも誰にやられたのか分からない恐怖感が良人の心を余計に焦らせた。
「おい、雑魚。名家に捨てられたお前がこれをやったのか!? あぁ?」
朔に詰め寄らんと足を踏み出す良人の前に、聖火が立ちはだかった。
「……ッ!? お前、何者だ!?」
良人は素早く背後へ後退し、懐に腕を差し込み、警戒する。得体の知れない人物の登場に冷や汗が垂れ、驚きを隠せない。
「女の子を複数人で殴るなんて、趣味が悪い。そんな奴に名乗る名前なんてないよ」
右手を大きく広げ、朔を庇うように遮る。
「お前、誰の駒に手を出したか。分かってんのか? この学園に通うなら、俺には媚び諂ったほうが身の為だぞ?」
良人は目の前の聖火が強いとは到底思えなかった。あまりにラフすぎる格好だけに名家の出ではない、一般人?それならば、名家である自分の相手になり得るレベルなはずがない。
だがしかし、自分の駒が全員地面に転がっているのは紛れもない事実だった。
話しながら、相手の身分や立場がどれだけのものなのか、探る。冷静さを欠いてしまうのは良くないと、良人は心の中で自分に言い聞かせた。
「お前がどこの誰なのか知らない。……ここは炎命士になる為の場所だ。プロの意識さえ欠けている奴は帰ったほうがいい。 」
良人は脅しも効かない聖火に違和感と恐怖を覚えた。
今まで自分の脅しが効かない相手など、そうそう居なかった。大体こういうことを言えば、恐れ慄くのが常。
ーーそれならば、最終手段。
「そうだな、名を名乗っていなかったか。炎命士の名家の一つ、孔雀家の長男、孔雀良人だ。お前の後ろに居るのは俺の秘書、朔だ。孔雀家に逆らうと炎命士としての未来はない。分かったら、黙ってソイツを引き渡せ!」
余裕綽々と笑みを浮かべ、脅し文句を並べる良人に聖火は眼を見開いた。
"朔"という名と、先日小夜から聞かされた話、孔雀良人、瞳の色。
漆黒の瞳の中に燃ゆる炎、まさか。聖火の考えが静かに繋がる。もしかすれば、この子がーー。
やはり、小夜が懸念していた通り、事態はかなり残酷で、非情な状況になっていたようだ。
「孔雀家ね、それがどうした?自分の家の名前を出せば、恐れ慄くとでも?そんなことじゃ、俺は屈服しない!」
「ーーて、……めて、やめてください!!」
憤りのこもった表情で良人を睨みつける聖火の背後から、朔が強く叫んだ。
「……私、大丈夫ですから! 別に、助けて欲しいなんて言ってません!」
聖火の手を払い、朔は良人の元へ走る。その後ろ姿は完全な拒絶と虚勢。まさかの展開に驚きを隠せない聖火は思わず声を上げる。
「ソイツについていったら、君はどんな目に遭わされるか分からないだろ! どうして!」
「……私がミスをしたのです。良人様は何も悪くありません!」
良人の元へ戻る寸前で朔は後ろを振り返って言った。その表情はどこか辛そうで、何かの覚悟を決めているようなそんな顔だった。
「ふっ、まあそういうことだ。秘書の躾は俺の仕事。分かっただろ? 部外者が絡んでくるな!」
良人は嬉しそうに、口をポカンと開けた聖火を笑う。
そして"しっしっ"と手を振り、朔と一緒にその場を離れようと踵を返した。
「……」
立ち去る二人の姿を見つめながら、聖火は奥歯を強く噛み締めた。憤りで思考が焼けていくと共に、胸の中に嫌悪感のある制御不能な熱が脈を打つ。
聖火は拳を握り、掌を爪で突き刺した。このまま怒りの衝動を解放し、強引に事を進めれば、目の前の男など容易に捻り潰せる。
だが、小夜からのお願いはあくまで"救出"だ。
力で捩じ伏せても、返ってくるのは力による反発に違いない。
「まだ……」
誰に言うでもなく呟き、深い呼吸を繰り返す。
朔と良人が去った方向を見据え、怒りの感情を、衝動を理性の檻の中へと閉じ込めた。




