第41話 葛藤
辺り一面真っ暗な世界に一人、聖火は立っていた。
見回しても何もない。壁も天井も床さえも見えない。
「……ここは?」
ぽつりと呟いた一言に呼応するかの如く、脳に直接、声が響く。それは羅刹と戦っている時に聞こえた野太く低い声。
『ここはお前の心の中だ』
影も形もない声の主は退屈そうに話を続ける。
『やっと出られたと思ったのになぁ……退屈なんだよ、ここはよ』
聖火は声の主へ強く問い詰める。
前々から抱いていた"自分の知らない自分の力"への恐怖が募った言葉だった。
「お前、何なんだよ!! 前の時も今回も!! お前の正体は何なんだ!!」
『はっ、俺か? 俺様は……ッッ!?』
真っ暗だった空間に橙の炎が燃え盛り、声の主は息を詰まらせるように声を止める。
『チッ……あいつ……! どうやら、ここまでのようだな』
声は消え、聖火の視界も真っ暗になった。
薄暗い一部屋、年季の入った机の上に置かれている燭台、蝋燭の炎がゆらゆらと揺れる。
目を覚まし、身動き一つ取れない状況に驚きを隠せない。
「……お前の中の妖について話せ」
手足を拘束され、鉄製の椅子に縛り付けられている。
ーー状況の確認が出来ない。
水戸と羅刹を倒すために力を振り絞った。
その後の記憶がポッカリと空いてしまっている。
「……だんまりか? ゴミが……」
白い髪に眼鏡を掛けた青年ーー水無瀬涼が面倒くさそうな表情で腕を組み、聖火を睨みつけていた。
「……ッ!」
拳を強く握り締め、訳も分かっていなさそうな聖火の顔面へ拳を叩き込む。
「……うッ……! お、お前は……だ……」
何故か体に力が入らない。口から血が垂れ、空気に触れるなり、燃えて消える。
「……気色悪い。本当に化け物……妖。うまく人間世界に溶け込めてたようだけど、ここから先はもう戻れないよ?」
静寂な部屋に涼の声が脳にまで響いた。
「……」
「明日、お前は断罪される。それまでせいぜい、そうやってダンマリを決め込めばいい」
腹部に強い衝撃が走り、視界がボヤける。
聖火はそのまま意識を手放した。
ーーあの時、俺が抵抗してればこんなことにはならなかったのか?
水戸を病院に連れて行き、大地はやるせない思いを胸に秘め、自宅にて木刀を振っていた。
無心でただひたすらに自分のあの時の行動を猛省している。
「……兄貴、聖火は?」
ふ、と声のするほうに視線を向ける。そこには、今にも泣き出しそうな表情の純恋が立っていた。
「……悪い」
たった一言。その一言で純恋は地面に崩れ落ちる。
「……協会の人に少し聞いた。兄貴、抵抗しなかったのか?」
「ああ」
大地の顔面に純恋の拳が突き刺さる。木刀が音を立てて地面に落下し、大地は少しよろめいた。
「なんで戦わなかったんだよ!」
「……多勢に無勢でな」
殴られた箇所を摩りながら、答える。
「何言ってんだよ、破壊の炎命士だろ! あんな奴らに負けるわけない!」
「……」
「兄貴は家族を助けるよりも炎命士としての道を選んだ、そういうことなんだろ!」
ーー場の空気の温度が上昇し、大地は拳を握る。
「じゃあ、どうしろってんだよ!」
「その力を私じゃなくて、あいつらに向けてれば、こんなことにはならなかったんじゃない!」
純恋の拳にも橙の光が灯る。
「聖火傷つけてまで取り返せってのか!」
「……っ! もういい! ぬるま湯兄貴、暫く顔見せんな!」
純恋は怒り心頭で家の奥へと消えていった。
再び庭には静寂が訪れ、温度も平穏を保ち始める。
「……クソッ……」
後悔と悔しさの募る一言は静寂に包まれて消えた。
夜も更け、大地が何一つ身の入らない状態のまま、ぼーっと時間が過ぎるのを待っていると、居間に火山が現れ、部屋へ呼び出された。
「……大地、粗方話は聞いたぞ。お前を責める気はない、今回の判断は間違っておらん。じゃが……」
ずずず、とお茶を飲み、火山は続ける。
「その様子じゃと、純恋は分かってくれなかったようじゃな」
「ああ……。親父、悪い。聖火のことも、水戸のことも……俺は何ひとつ……」
珍しく落ち込んでいる大地を見て、火山は喉を鳴らしながら答える。
「大地、お前は前だけ見て、堂々と立ってればよいのじゃ!! 細かいことは儂に任せなさい。水戸の件じゃが……」
「まさか、焔獄衆が紅蓮まで入り込んでるとは……俺も読めなかった」
「……そうじゃな。あの水戸が……詳しい動機は分かっておらんのじゃろう?」
火山は顎鬚を触りながら訝しげな表情を浮かべる。
「ああ、両腕の喪失と出血多量で気を失ってる。意識を取り戻す頃には火牢院だろうよ」
「そうじゃな……」
「……学園には、どう説明したんだよ? 結構な規模で破壊行為をしちまったし……」
大地は申し訳なさそうに肩を落とす。
「水戸が学園に敵対行為を行い、協会によって身柄を拘束されたことは公表した。じゃが、詳しい動機や事件の全容については伏せておる」
「……聖火のことは?」
大地は食い気味で首を傾げる。
「関係者には、明日の妖異裁定について伝えておる。じゃが、あやつの中に何があるのか、儂らにも分からぬことが多すぎる。憶測で生徒達を不安にさせるわけにはいかんからのう……」
火山は顎の髭を触りながら、神妙な面持ちで言う。
「そうか……それでその妖異裁定はどうすんだ?」
「うむ、長門に全て任せておる。大丈夫じゃ……聖火を失う形にはせん。陰陽師がどこまで動いてくるか……分からないままじゃがな」
"長門"の名前を聞き、大地は心の中でどこか安堵した。
「こういうのはあいつの専売特許だしな。俺はーー」
「ーー大地は聖火を信じてればよい。難しいことを考える必要はない!! 証言台に立っても堂々とするのじゃ!!」
大地はこくりと深く頷き、気持ちばかりの頭を下げ、部屋を出ていった。
「明日は荒れそうじゃな……」
ずずずと、湯呑みのお茶を飲み干し、火山は窓の外の景色を見つめながら溜息を吐いた。
晴明屋敷の夜、凛々花達が寝静まり、静寂が場を支配する縁側で、龍馬はひとり呟く。
「……聖火、俺はお前を裏切ったがじゃろうか」
声がこだまして自分へ帰ってくる。
凛々花に伝えた"任務じゃき、仕方ないぜよ"
自分の声音が頭の中で反響した。
「仕方ない……わけがないぜよ……」
ぽろっと出た本音、誰にも聞こえていない。
龍馬はぼーっと池の水面を見つめ続けた。
ーー翌日。
炎命士協会本部の真横に建てられた古びた石造の建物。普段は人の出入りすら殆どない場所に、今日は炎命士と陰陽師が集められていた。
円形で作られた広間の中央には、一人の少年が立っている。口枷、両手には鎖で繋がれた手枷、足元には術式、背後には幾重にも重ねられた結界。
ーー大和聖火。
聖火を幾重にも囲む結界の前では、炎命士でもなく、陰陽師でもない存在が立っていた。
「……本日はお集まりいただき、誠に感謝いたします。我々、妖異裁定院、十名が、本日の裁定を取り仕切らせていただきます」
炎命士サイドも陰陽師サイドも錚々たるメンツが揃っている。彼らが歪みあっている中、妖異裁定院と自らを名乗った男は、こう告げた。
「ーーこれより、大和聖火に対する妖異裁定を行います。……開廷致します!」
◾️妖異裁定院
陰陽師や炎命士の間に入る中立の立場。
基本的に表向きに出てくることはないが、今回のような異例のケースなど、陰陽師と炎命士が互いに相違した意見を持った場合、表舞台に立つことがある。
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