第37話 その手を、離さない
「橘美澄、準備はいいか?」
「はい!」
地面を蹴って加速、華天を携え、美澄は朋絵へ迫る。
「炎命術……熾火・残響!」
橙に光る拳で誰に当たるわけでもなく、虚空を殴りつける。大地の殴った空気が押し出され、中距離からの衝撃波が朋絵へ襲いかかった。
「……ぐッ!! な、なんだこの力は!!」
衝撃波の物量に圧倒され、腹部や顔面に痛烈な衝撃が幾度となく伝わり、嗚咽混じりの声音を漏らす。
「今だ、橘美澄!!」
美澄が口を開き、華天に命の炎を集中させた瞬間ーー大地の拳で足止めを喰らっていたはずの朋絵があり得ない速度で動き、美澄を蹴り飛ばした。
「……ッ!!」
ギリギリのところで華天で防御し、受け身を取る。
「チッ……しぶてぇやつだな」
拳を握り直し、朋絵を睨みつけた。
「……やがって……人間風情が舐めやがってッ!」
拳銃を上空へ投げ飛ばし、掌に莫大な赤黒い炎が宿る。
「酒呑・神水!」
炎が収束し、圧縮。乾いた音と共に弾け、赤い筒状の透明な水が入った容器が顕現。
「……久々に味わわせてもらおう」
容器に入った水を飲み干すと、朋絵の身体の傷がみるみる癒え、傷ひとつなくなった。
「……全回復系の技だと!? まあいい……手間が省けたな」
大地の落ち着いた様子に、美澄は冷や汗をかく。
ーー今の能力を見ても尚、この落ち着き。
それは恐らく、美澄を信じてくれているからだろう。
失敗出来ないプレッシャーに緊張が走った。
「大丈夫だ、失敗してもどうにかする。気楽にいつも通りやれば、結果はついてくるぞ」
「はい!」
美澄は覚悟を決め、跳躍し、空中から華天を朋絵目掛けて、力強く投げ放った。
「今更単調な攻撃など、通用しない!!」
華天は容易に避けられ、地面に突き刺さる。
「炎命術……華天・彼岸!」
闘技場に一面の彼岸花が咲き誇り、その赤い花弁が風に靡くように大きく揺れた。
「何だこの花は……! こんなもの、消し去ってくれる! ……ッ!?」
掌に赤黒い炎が収束した瞬間ーー反対の腕がそれを制止し、朋絵は苛立った様子で顔を歪める。
「や、やめて……!」
朋絵の弱々しい声音が響いた。
美澄は大地にタイミングを眼差しで送る。
「……清水朋絵、よく頑張った!!」
大地は地面を蹴り、朋絵に迫りながら、目を瞑って息を吐いた。
一面の彼岸花が赤く光り、収束。空気同士が弾け、白く光った直後ーー凄まじい轟音と共に全ての彼岸花が爆散し、砕け散った花弁が宙を舞う。
「炎命術……封・天岩戸!」
大地の指先に灯った命の炎が「封」の文字に具現化し、彼岸花が爆散直後の朋絵の頭から全身を包み込んだ。
「な、何を……ッ!?」
「酒呑童子、お前には暫く眠ってもらう!」
「バカな……! 人間風情が俺様を封印だと!?」
朋絵の身体に大地の炎が入り込む。みるみるうちに赤黒い髪と緋色の瞳が消え、朋絵が元の姿に戻った。
「……ッ!!」
膝から力が抜け、前のめりに倒れる朋絵を美澄がギリギリのところで受け止める。
「……朋絵! 大丈夫!? 朋絵!」
必死に叫びながら、身体を揺さぶった。
「……ん、だ、大丈夫……美澄も……?」
「馬鹿! 凄い心配したのよ! 私は大丈夫! 良かった……! 本当に!」
ゆっくりと瞼が開かれ、ゆっくりとした口調で話す朋絵を美澄は強く抱きしめる。
「……く、苦しい。美澄、い、痛い……!」
「本当に良かったわ……本当に……一時はどうなることかと思って、私……!」
ずっと我慢していた涙が零れ落ち、朋絵は美澄の背中を一定のリズムで叩いて諭す。
「……朋絵! 良かった……!」
少し遅れて、朔も朋絵に駆け寄った。
「朔、ごめん。迷惑かけちゃって……」
「そんなの別に大丈夫! 身体は何ともない?」
深々と頷き、朔は安堵したように頬を緩める。
「……美澄、そろそろ、離れて……苦しい!」
強く抱きしめ続けている美澄を朔が強引に引き剥がし、3人は向き直って笑った。
「……美澄、お腹減った……」
「そうね、お昼まだだったものね。朔はお腹空いたかしら?」
「うん! じゃあ、食堂行こう!」
朋絵に肩を貸して、3人は食堂へ向かおうと歩み始める。
「詳しい話はまた後でしに行く。俺は聖火の所に行くが、くれぐれも無理だけはするなよ」
3人で深々と頭を下げてお礼を伝えると、大地は地面を蹴って、どこかに走って行った。曇天を纏っていた空が晴れ、闘技場を優しく暖かい光で包み込んだ。
ーー曇天が晴れる前。
崩れ落ちた校舎の瓦礫を吹き飛ばし、頭から血を流した水戸がゆっくりとした足取りで闇龗神を片手に現れる。その表情は明らかに曇っていた。
「……聖火も容赦ないね。俺じゃなきゃ、死んでたよ。どうやら、本当に覚悟を決めるしかなさそうだ」
緋色に染まった瞳がぎょろりと動き、闇龗神の青い刀身が煌めく。
「……ッ!?」
聖火は思わず、目を見開いた。
水戸の掌から禍々しい炎が溢れる。頭部からは怪しい2本の角が生え、その禍々しさで空気が重くなる。
「闇龗神・羅刹!」
赤黒い炎が燃え上がり、煌々と光る青い刀身からまるで液体のように流れ落ちる。
液体から気泡が溢れ、膨らんでは割れてを繰り返す様はマグマのよう。
「……聖火、知ってるか? 酒呑童子が唯一背中を預けた鬼の存在を……」
水戸の一声で空間に重低音が響き、小刻みに揺れた。
「……ッ!? な、なにを……!?」
闇龗神から漏れ出た炎がゆっくりと、着実に人の姿に形成していった。
全身が赤黒く、後ろへ伸びしなる二本のツノ、口元には牙が見え、白く温かい息が溢れる。黄色い蛇の目が聖火を捉えた。
「……我が主君よ。ご命令を……」
低く野太い声が静寂を引き裂いた。
「大和聖火を殺してくれ」
「……御意」
水戸の口から言い放たれた言葉、その命令を遂行せんと、赤黒い身体の妖ーー羅刹は地面を蹴った。
◾️熾火・残響
炎道大地の炎命術、熾火の術。
熾火で上がった身体能力を更に高密度で強化し、空気をも殴りつける力を開放する。
◾️酒呑・神水
酒呑童子の術。
全ての怪我、状態の異常に至るまで全てを回復する水を生成する。
◾️華天・彼岸
周囲一帯に彼岸花が咲き誇り、白い光を放ちながら収束、爆散する超広範囲の術。爆散した花弁を美澄が操作し、次の攻撃に繋げることも可能。
◾️封・天岩戸
炎道大地の炎命術。
大地の炎を相手に流し込むことで、内部に秘めた力、および妖等を封じ込めることが出来る。
◾️闇龗神・羅刹
水戸の炎命術、闇龗神と酒呑童子の力が混ざり合った術。生前、酒呑童子の右腕と謳われた羅刹を一時的に顕現する。その戦力は紅蓮階に匹敵する。
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