第36話 鬼になっても
「……大地君、何? 考え事?」
任務に向かう途中、大地は指先で頭を抑え、何も言わず、驚嘆の表情を浮かべていた。
「……小夜、すまない! 急用が出来た。今回の任務、俺は行けない!」
いつも冷静な大地が取り乱していることに、只事じゃないことを察し、小夜は静かに頷いた。
「私のことは構わず行っていいよ。大地君、聖火を救ってあげてね」
ーー大地君が冷静さを欠く理由はひとつしかない。
大切な家族、聖火に何かがあった時。
数年前のあのときみたいに。
「ありがとう」
頭に走った"嫌な予感"それは即ち、聖火にかけていた保険のようなもの。大地は小夜に礼を言って、地面を蹴り、駆け出した。
瓦礫が崩れ落ち、中から沸々と赤黒い炎が漏れ出す。
「……これで終わりよ」
美澄は華天を構えたまま、息を整える。
瓦礫から、何かが音を立てて打ち上がり、回転しながら地面に着地した。
「残念だったな。今のは良い攻撃だった」
傷ひとつついていない身体を眺め、朋絵は美澄に視線を向ける。
「……ッ!? そ、その姿は何?」
朋絵の額には小さな角が2本も生え、立ち込める砂埃が瞳の緋色を際立たせた。髪が炎のように揺らめき、肌には鮫肌のような鬼の紋様が浮かび上がっている。
美澄の表情が凍りつき、朋絵は笑った。
「この程度で俺様を倒せるとでも思ったか?」
ーー地面を踏み込む所作も見えない。一瞬で美澄の懐に潜り込み、華天を振るよりも早い強烈な一撃で観客席側に吹っ飛ばされた。
凄まじい爆発音と瓦礫の崩れる音が響き、思わず血を吐く。華天を握り締め、動揺しながら立ち上がった。
「何よ……こんな力、どうして……!」
息をつく暇もなく、朋絵が瞬きの間に、再び美澄の懐へ潜り込んだ瞬間ーー動きが止まった。
「やめて」
握り締めた拳を逆側の腕が強く引き留め、掌で優しく拳を包み込む。
「……何だ? 乗っ取られた分際で、まだ抗うのか?」
小刻みに身体が揺れる。
「美澄を……傷つけないで……」
朋絵自身から放たれた言葉。美澄の心に火をつけるには十分すぎる言葉だった。
「……朋絵」
「黙れ!」
朋絵は、もがき苦しみ、虚空を殴るように手をバタバタと振り翳す。
「私は……まだ乗っ取られてないッ!」
「……人間風情が一体何が出来る?」
一瞬だけ赤黒い髪が元の白髪に戻りかけ、赤黒い炎が包み込まんと立ち込める。
「朋絵! もう少しだけ頑張りなさい!」
「……分かってる……!」
美澄は怒りの感情を抑え、必死に叫んだ。
「私が絶対にアンタを取り戻してみせるから!」
「……うん!」
ーー完全に元の姿に戻り、赤く染まった瞳がギョロリと動いた。
「……はぁ、今日は散々ね。折角、平和な日常が続くと思ったのに。朋絵、早く済ませて、朔と3人で昼食を食べるわよ」
「……」
美澄の声はもう届いていない。
けれど、その静寂が彼女なりの答えなのだと、湾曲した解釈で己を抑え込む。
「華天……桜時雨」
美澄は跳躍し、力一杯に華天を振り下ろす。
朋絵を狙った攻撃ではない。虚空を切ると、華天の刀身から細い針状の桜の花弁が降り注いだ。
「……」
朋絵は上を向き、自分に向けられた無数の刃を手に纏った赤黒い炎で牽制し、防御に徹する。
「華天……牡丹!」
音もなく地面に着地し、今までで一番強い踏み込み。
巨大な炎の牡丹が一瞬だけ咲き誇り、その中心から超高密度の爆炎を叩き込む。
上ばかり気にしていた朋絵へ死角からの強攻撃は防御する隙を与えずに爆散した。立ち込める煙幕が二人の姿を隠す。
「はぁ……はぁ、はぁ……」
朋絵から距離を取り、肩で息をする。
華天を強く握り締め、煙幕が晴れるのを待った。
「……流石に今の一撃は効いたなぁ。普通の妖程度なら身体ごと消されていただろう」
傷ついた腕を撫でながら、朋絵は未だ立っていた。
無傷ではないが、ほぼほぼ無傷に近い。
「……これも効かないなんてどうしたら……アンタ何者よ?」
思わず弱音が溢れ、瞳が揺らぐ。
「ははははッ! まだ名乗ってもいなかったか。失礼したな! 俺様は、葬過の一角、酒呑童子。まぁ、名乗ったところで大半、相手が死ぬから意味がないんだがな」
あまりに衝撃的な答えに思わず、目を大きく開いた。
ーー葬過。
炎命士なら知らない人は居ない。
途轍もなく、大きな名前に華天を持つ手が震える。
だがーー
「だから、なんだと言うの? そんな名前だけじゃ、私は動じないわ!」
震える腕を抑え、自分に必死に言い聞かせた。
ーー大切な親友を救うって決めた! その言葉に嘘も二言もない! 美澄、妖に負けるな!
「ほう? 面白い! この名を聞いても尚、立ち向かってくる輩がまだこの世に居たとはな」
赤黒い炎が淡雪を包み込み、全く違う拳銃へと成り代わる。
「良い武器だな。自分の命を弾として扱うか。見様見真似だが……」
美澄へ銃口を向け、目を細め、狙いを定めながら撃ち放った。
とても拳銃から放たれたとは思えないほどの爆発音が響き、美澄の背後の観客席が粉々に消し飛んだ。丸みを帯びた形に建物が抉れ、破壊力を物語っている。
「……ッ!!」
「……上手く狙いが定まらんな」
拳銃を振り、"次は"と鋭い眼光が光った。
「……ッ! ここだな」
続いても爆発音と同時に撃ち放たれた銃弾は真っ直ぐ、美澄の頭へ向かって綺麗な軌道を描いている。
華天で防ごうにも威力の推測も出来ない。
逃げたところであの破壊力、迂闊に動けない。
冷や汗が頬を伝い、迷っている時間はなかった。
ーーその瞬間、突然現れた何かに銃弾が弾かれ、朋絵の背後に着弾し、地面が震えた。
「……何者だ?」
砂埃と瓦礫が舞い、その人物は姿を露わにする。
赤い浴衣姿に茶色い髪、引き締まった筋肉と強面な顔ーー美澄は驚愕する。
「……どうして、大地さんがここへッ!?」
「話は後だ。状況を説明してくれるか? 橘美澄」
驚嘆の声音さえも遮って、拳を強く握り締めた大地は鋭い眼光で朋絵を睨みつけた。
美澄は端的に要点だけを纏め、報告を完了する。
「……話は分かった。聖火は水戸んとこか?」
「ええ、交戦中ですわ」
「なら、急がなきゃだな。下がってくれ。ここからは俺に任せろ」
大地の気迫に押し潰されそうだったが、美澄は首を横に振って口を開く。
「嫌ですわ。それが例え上司命令であっても……! 親友を助けるのは私がやるべきこと!」
「……チッ、何で聖火の周りはそんなに強情な奴ばっか集まるんだよ。まあいい……好きにしろ! どんなことになっても、俺がお前らを守ってやる」
大地は橙の光を纏った拳を構え、美澄は華天を構えた。
「さっきからチクチク鬱陶しいんだよ。1発で黙らせてやる!!」
額に血管を浮かべ、朋絵は右腕をゆっくりと引く。赤黒い炎が収束し、周囲の空気が歪んだ。右腕に禍々しい炎が渦を描くように纏わりつき、頭上に巨大な鬼の顔が浮かび上がる。
「……橘美澄、下がれ」
大地の表情が一瞬で変わった。
「……大地さん?」
「これは俺が引き受ける」
拳を握り、禍々しい炎を睨みつける。
大地の拳と腕に橙の光が集中した。
「酒呑・ーー」
朋絵の詠唱の声音だけが響き、一瞬周囲から音が消える。
「ーー羅刹砲ッ!!」
凄まじい轟音と共に放たれた赤黒い炎が巨大な砲撃となり、一直線に大地へ迫った。熱気だけで観客席や地面を削り、瓦礫を呑み込みながら突き進む。
あまりに強大な力を前に、美澄は思わず目を見開き、声も出ない。
「……そんな顔するな。大丈夫だ、任せとけ!」
大地は逃げも回避もせず、己の拳を前に突き出し、弓矢の如く、狙いを定め、ゆっくりと引く。
ーー直撃。
真っ直ぐと伸びる赤黒い炎を自らの拳で受け止めた。
「……なッ!?」
朋絵の表情が初めて歪む。
羅刹砲の威力が倍増し、大地の拳を押し潰さんと猛威を振るう。大地の足元が爆ぜ、地面が数メートルに渡って陥没する。
それでもーー大地は一歩も引かない。
「……まぁ、悪くはねぇな」
「……ッ!!」
拍子抜けた表情で拳を握り直す。
橙色の炎が爆発的に膨れ上がり、羅刹砲を弾き飛ばした。朋絵の背後が爆発し、闘技場の観客席と壁が半壊、瓦礫が崩れ落ちる。
「……人間如きが俺様の羅刹砲を拳一つで……?」
驚嘆のあまり、朋絵の瞳が大きくなった。
「……こ、これが紅蓮階……」
美澄は、目の前の状況と大地の強さに圧倒され、思わず腰が抜けたように地面に落ちる。
灼けてボロボロになった浴衣を簡易的に整え、大地は手を差し伸べた。
「清水朋絵を助ける手立てがひとつだけある。橘美澄、手を貸してくれ」
瞳を輝かせ、深々と頷く。
大地は要点だけを纏め、的確な指示を出した。
ーー待ってなさい。朋絵、絶対に助けるわ!
彼女の熱き心が更に燃え滾った。
◾️桜時雨
美澄の炎命術、華天の術。
華天に纏った炎が変化し、針状となって降り注ぐ。
◾️牡丹
美澄の炎命術、華天の術。
華天に高密度の炎を纏わせ、相手を屠る一撃。
◾️酒呑・羅刹砲
酒呑童子に身体を乗っ取られた朋絵が放った術。
酒呑童子が生前使用していた術。
全てを燃やし尽くす赤黒い炎の高密度放出。
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