第35話 親友を斬る覚悟
ーー聖火、無理しないでね。
水戸を引きつけ、闘技場から出ていった聖火の後ろ姿を見つめながら、美澄は心中で呟き、首を振って、朔と朋絵の激闘に視線を戻した。
「……朋絵、元に戻ってよ!」
「……」
何も話さず、淡々と剣戟を避け続け、隙を狙って銃撃を仕掛けてくる的確さに朔は手を焼いていた。
後ろに下がって牽制の姿勢を取り、横目で美澄の方を見るーーが、まだ立ち直っていないようだった。
ーーずっと昔から何をするにも同じだって、言ってた人と戦うなんて私には考えられない。
自分で考えるならば、大好きな姉を斬らなければならないのだ。考えるだけで悍ましい。
「……美澄に負担はかけない! 私が何が何でも二人を救ってみせる!!」
黒い炎に満ちた瞳が朋絵を覗く。
ーーいつも通り、核を探せば……!
「……え、なにこれ!?……ッ!!」
あまりに衝撃的な光景に一瞬の油断を許す。朋絵はその隙を逃さず、銃撃を囮に鋭い蹴りを腹部に突き刺した。
「……ぐふッ……!」
肺の中の空気が一瞬で押し出され、勢いよく嗚咽を溢す。朔は思わず、震えながら腹部を抑え、蹲った。
「……終わりかな」
緋色の双眸で決した勝負の引き金を引かんと、朔の頭に銃口を突きつける。
ーーどうして、朋絵には"核"がないの!?
信じられない光景と、絶体絶命な状況に瞳が揺れる。
朋絵が引き金に触れ、鉄が擦れた音が頭上から聞こえた。
「……朋絵、やめなさい!」
「美澄、私を斬れるの……?」
胡蝶蘭を携え、朋絵の言葉に耳を貸さず、美澄は構える。
「斬れるわよ。舐めないで頂戴!」
深く深呼吸して、冷静さを欠かないよう、ひとつひとつの言葉をゆっくり紡ぐ。
込み上げてくる感情や、今まで過ごしてきた日々の思い出が頭の中をぐちゃぐちゃに掻き乱してくることから、一旦目を背けた。
「朔、ありがとう。少し休みなさい」
「……ごめん。負担をかけないつもりだったのに……」
「私こそ、頼りないところを見せたわ。大丈夫、私が朋絵を絶対に正気に戻してみせるわ」
朋絵は朔から銃口を下ろし、美澄へ向ける。
緋色に染まった瞳は真っ直ぐ、美澄を捉えていた。
胡蝶蘭を鞘にしまい、白暁に命の炎を灯す。
「炎命術……咲焔」
美澄の指先から灯る僅かな炎がゆらゆらと揺れる白筆に仄、一瞬の内に鮮やかな炎の剣が空中にて描き上がる。あまりに自然に顕現した刀を握った。
ひらひらと大きく赤い花弁が散る。
その様は燃え尽きた命の残滓に等しい。
「ここから先は私の本気……!」
白暁を懐にしまい、命の炎を灯した指先で胡蝶蘭の3本の鞘を撫でるーー炎が鞘に纏い、暖かい橙の光と共にすべての胡蝶蘭が空中に浮かび上がる。ふわふわと空中を浮遊し、矛先が朋絵へ向く。
掌を広げ、胡蝶蘭が一斉に朋絵へ襲いかかった。
鋭利な矛先が四方八方から斬り込み、腕や頬を掠める。
地面を蹴り、一気に加速。
咲焔の刀身を滑らせ、朋絵の2丁拳銃を弾いた。
一丁は頭上へ、もう一丁は地面に転がる。
「……やっぱり」
「何がよ?」
「……私を斬れないんだね」
頭上から回転して落ちてくる淡雪を掴み、迷わず美澄の頭に弾丸を撃ち放ったーー首を傾け、紙一重で回避。あまりに耳に近い銃撃に鼓膜が痺れ、歯を食いしばった。片目で状況を確認しつつ、胡蝶蘭で追撃しながら、牽制して距離を取る。
ーー朋絵の言葉に違和感を感じる。
だが、聞き慣れた声、話し方、表情に心が揺らぐ。
「……」
追撃は全て回避され、地面に突き刺さった胡蝶蘭が再び空中をふわりと浮かんだ。
重心を低くし、先に動いたのは朋絵だった。
低い姿勢で滑り込みながらの銃撃、地面に転がった淡雪を拾い、2丁の拳銃で猛攻を続ける。
「……ッ!?」
「かかったわね!」
朋絵の足元で連続して小爆発が起こり、腰が落ちた。
その一瞬を逃すことなく、胡蝶蘭が追撃し、一刀が朋絵の肩を掠める。破れた制服の切れ端と、血液が飛散した。
ーー追い討ちをかけようと、咲焔を手に地面を蹴った瞬間だった。
「……美澄……」
朋絵が突然弱々しい声音を上げる。
「……痛いよ」
美澄の動きが完全に停止した。
ーー過去の記憶が呼び起こされるようだった。
幼少期の足を挫いて転んだ朋絵を介抱する時の淡い思い出の記憶。
ーー大丈夫。朋絵には私がいるわ
いつもそうやって二人で乗り越えてきた。
その声音によく似た弱々しい囁きに乗せられてしまう。
「……朋絵? 正気に戻ったの?」
咲焔を捨て置いて、ゆっくりと歩み寄る。
至近距離に近づいた瞬間ーー淡雪の銃口が火を吹いた。
「……ッ!!」
銃弾は肩を貫き、その威力の高さに、美澄を数十メートル先へ吹っ飛ばす。
夥しい量の血液が流れ、激痛に耐え凌ぎながら、肩を抑えて、朋絵に視線を向けた。
「……外した」
残念そうに淡雪を撫でる姿に、今まで抱いていた違和感と、少しでも信じてしまった浅はかな自分への怒りが込み上げてくる。
「朋絵が今になってあんな顔、私に向けるはずがない。……どうかしてたわ」
使い物にならなくなった左肩を命の炎で強引に止血し、苦虫を噛み潰したような表情で朋絵を睨みつけた。
「……怖いな。私にそんな顔を向けるの?」
「アンタ、誰よ? 私の親友はそんな姑息な手は使わないわ。朋絵を見くびらないで頂戴!」
歯を食いしばり、額に血管が浮き出る程の激怒。
美澄の心の中で何かが弾けた音がした。
「……そんなに怒らなくても。美澄、いつもみたいに笑ってよ。私達、いつでも一緒だったよね?」
何くわない顔で淡々と吐き出される言葉に虫唾が走る。
「そうね……私達はずっと一緒だった。だからこそ、アンタが朋絵自身じゃないことくらい分かるのよ!」
浮遊させた胡蝶蘭が一ヶ所に収束し、咲焔を捨て置くように手放す。
「……ははははは! 食えない女だな。まあ良い。どっちみち、この女は俺様からしたら、ただの憑代。お前達の絆など、クソほどどうでもいい!」
荒々しい雰囲気で朋絵の中の"別人格"が姿を現した。
「朋絵……少し痛い想いをさせると思うわ。それでも、私を許して頂戴」
「……ふっ、何を言っている? この女の人格はもう俺様のものだ。お前が何をしようと、この結果が変わることはない!」
美澄は朋絵の言葉を無視して、指先に命の炎を灯す。
「朋絵……もう一度だけ、私のところに戻ってきなさい」
一箇所に収束した3本の胡蝶蘭が重なり、一本の巨大な戦斧へと姿を変える。
「炎命術……胡蝶蘭・華天!」
身体の半分以上の大きさの戦斧を肩に乗せ、重心を低くして構える。
「……そんな大きな武器を扱えるのか?」
ーー次の瞬間、美澄の姿が視界から消えた。
朋絵が反応した時には、既に懐へ潜り込まれ、音もなく、風もなく、眼前に戦斧の刀身だけが映る。
「……なッ!?」
咄嗟の反応で首を横に傾け、刀身の攻撃は免れたものの、切り返しの石突に反応出来ず、鈍い音が周囲に響き渡る。
地面に足の形を陥没させながら踏ん張り、何とか吹っ飛ばされるのを回避したのも束の間だった。大きな花弁が周囲に飛散し、赤く光り続けながら収束する。
「……この光はなんだ!?」
赤い光の球体に変化し、掌サイズの大きさにまで圧縮された直後、凄まじい衝撃波を生み出しながら音を立てて爆発。
威力もさることながら、爆風に耐えられるわけもなく、数メートル先まで吹っ飛ばされた。
「今私が出せる炎命術で最も高威力な技、それが華天よ」
美澄は華天を盾のように構え、爆発による衝撃波を全て防ぎ切った。
「……これが、私の答えよ」
その表情には、僅かな笑みが浮かんでいる。
――だが、瓦礫の向こうから、赤黒い炎がゆっくりと立ち昇った。
◾️胡蝶蘭・華天
胡蝶蘭の形態変化。白暁を使用していても、身体に負担がかかりやすくなるほど、炎の消費が激しい。
3本の刀が交わり、変化することで巨大な戦斧になる。
変化後、全ての攻撃が二段攻撃となり、斧を振れば花弁が散り、収束して爆発が起こるのを繰り返す。
術者本人の意思で有無は決定可能。
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