第33話 緋色の瞳
「朔、朋絵戻ってくるの遅くないかしら?」
「確かに、お手洗いで離れたにしては遅い。……もしかして、なんかあったのかも」
朋絵がお手洗いに行くと言って出て行ったっきり、一向に戻って来ず、早一時間が経過しようとしている。
流石の遅すぎると美澄と朔は違和感を感じ、こっそり教室から出て行った。
「朋絵が私に連絡無しで一時間以上離れることなんて早々ないわ。何かあったと見て、間違いなさそうよ」
「普通ならあり得ないけど……二人のことだから、あり得そうだね。どれだけ仲良いの……」
美澄の妙に確信めいた言葉に違和感を覚えながらも、朔はそれ以上深く考えなかった。
「美澄、ちょっと待って!」
「朔、どうしたのよ……」
朔は立ち止まり、口を開く。
「大丈夫、朋絵に何かあったとしても私がついてる! 3人で決めたでしょ! 誰に何があっても、お互いに助け合おうって! だから、安心して」
真っ直ぐ真剣な表情に美澄は思わず目を丸くさせる。朔は、移動中に美澄の手が震えていたのに気がついていた。
「朔……アンタ、何処まで良い子なのよ! そうね……情けない所を見せた。ごめん。頼りにしているわ!」
「大切な友達だから……守るのは当然。学園の状況が状況だから敏感になってるけど、本当は何もないのがーー」
朔の言葉を遮るように、強烈な爆発音と黒煙が闘技場から上がる。二人して闘技場を見つめ、何かを察したのか、険しい表情で地面を蹴った。
「……清水さん、やめてくれ! 俺は敵じゃない!」
闘技場内では朋絵の銃撃を必死に避け続ける聖火の姿があった。水戸に近づこうにも、容赦のない銃撃を避け続けるのが精一杯。必死に声で呼びかけても、瞳を緋色に染めている朋絵には何一つ届かない。
「……ははは、流石に血盟も生徒が相手じゃ、手出しはできないよね」
「つぐ兄……ッ!」
銃撃を回避しながら水戸の方を向いた瞬間だった。
「よそ見してる暇あるの……?」
地面に着弾した淡雪の弾丸が聖火の足を止める。
「……ッ!?」
動こうにも筋肉が硬直し、動けない。
銃口を向けられ、動けない身体に動けと念を入れながら目を瞑った。
「炎命術……秋宵!」
突如として現れた朔は、闘技場の観客席から飛び上がり、空中での顕現。腰に携えた秋宵を一瞬で抜き去り、朋絵の2丁拳銃を弾いた。軽やかに地面へ降り立ち、刀を鞘に戻して口を開く。
「何とか間に合った……! 聖火君、大丈夫!?」
「朔さんのお陰で助かったよ!というか、どうしてここに!?」
淡雪の凍結が溶け、聖火は突然現れた朔へ問いかける。その数秒後、肩で苦しそうに呼吸する美澄も現れた。
「はぁ、はぁ……朔……アンタ、早過ぎよ! どんな速度で走れ……はぁ、はぁ……!」
「ごめんね、嫌な音が聞こえたから……」
二人の登場に聖火は目を丸くさせた。
「……君は?」
「闘技場で凄い音が聞こえたから、駆けつけたのよ。あなたこそ、ボロボロじゃない。大丈夫なの?」
目と目で会話し、美澄と聖火は初対面かのような振る舞いで合わせる。
「あっ、初めましてかな! こちら、私の友人の橘美澄さん。美澄、大和聖火君だよ!」
「「よろしく」」
朔が気を遣って紹介までしてくれたので違和感なく、初対面を演じ切れた。
「……最悪の状況ね。聖火君、手短に状況を教えてくれるかしら?」
「一連の暴走事件の首謀者は水戸先生で、清水さんは操られてるみたいだよ。ただ、他の暴走者と違って意識と理性がある」
美澄は目を細め、白暁を構える。
「……ッ!? 何ですって? 情報量が多すぎて頭がパンクしそうだわ!」
美澄は首を横に振って、溜め息を吐いた。
「……取り乱してる場合じゃないわね。ありがとう、助かったわ! あなたは水戸先生をお願い。私と朔で朋絵を正気に戻してみせるわ! でも、無理は禁物よ」
「分かった、任せたよ。大丈夫、こっちも何とかする! 朔さんはもう感じていそうだけど、清水さんの中に何か嫌なものがいる気がして……」
朋絵が銃口を構えると、いつもとは違う緊迫感がひしひしと伝わる。それは長年一緒にいる美澄にもハッキリと伝わった。
「炎命術……胡蝶蘭」
白暁で描かれた一筆は膨大な光を帯び、美澄の腰に、鞘に収まった三刀を顕現させる。その内の二刀を抜き去り、構えた。
「……朋絵、すぐに戻してあげるわ。そしたら、アンタをこんな風にした水戸貞継を許さないッ!」
力強く二刀を投げ放ち、的を射ることもなく、朋絵の頭上を通り抜けた。
地面を蹴り、残りの一刀を居合の構えで抜き去る。
「朔、合わせて頂戴!」
「……分かった。白秋流居合術……秋時雨」
一瞬で朋絵の間合いに踏み込み、左親指で鍔を弾いての高速抜刀、突然の連携だというのに美澄の呼吸に合わせ、挟み撃ちで剣戟を放った。
「……危ない」
凄まじい膂力を感じさせる跳躍で剣戟を避け、美澄が放った二刀の刃を空中で正確に撃ち落とす。弾かれた刀は地面に重みのある金属音を響かせながら、転がった。
「……美澄の癖や攻撃を私が分からないわけがない」
緋色の双眸で焦った様子の美澄を捉え、朋絵は銃口を向ける。
「……ッ!!」
「美澄、危ないッ!」
朔は一歩を強く踏み出し、美澄に放たれた銃弾を刀の棟で受け流した。
「……美澄、下がってて」
「いや、その……」
美澄の視線が、朋絵の瞳へ吸い寄せられる。
いつも自分の隣で笑っていた少女。
一緒に戦って、一緒に馬鹿をやって、何度も背中を預けてきた親友であり、戦友。
その瞳が、自分を敵として見ている。
「……私、朋絵を斬れるか分からないわ」
目を横に揺らしながら、いつも強気な美澄が弱々しい声音を吐き出す。
「大丈夫だから、落ち着いたら加勢してきてよ。私は負けないから」
そう言って朔は、秋宵を納刀し、構えの姿勢をとる。
美澄はその姿をただただ見つめていることしか出来なかった。
「……大した時間稼ぎにもならなかったよ。まあでも、少しは休めたかな」
水戸は首を傾け、乾いた音を連発させた後、腕を回して準備体勢を整える。聖火に一撃を喰らわされた箇所が治癒されたわけではない。
「つぐ兄……ッ! もう、観念ーー」
強い鼓動が胸と脈を打ち、聖火の身体が止まった。
大きく目と口を開き、冷や汗が頬を伝う。
「字装2文字顕現の代償が来たかな? まあでも、相手は聖火だしね。油断はしないよ」
水戸はズボンのポケットから取り出した赤く禍々しい丸薬ーー赫灼を聖火に見せつけるように飲み込んだ。
「……ッ! あの丸薬は……ッ!!」
「さて、第二ラウンドと行こうか」
悍ましい赤い炎が水戸の身体を包み込み、瞳が緋色へと染まっていく。
聖火は拳を握り締めるーーだが、2文字の字装によって全身を蝕む激痛は、立っていることすら許さない。
――動け。
そう願っても、身体は動かない。
目の前には、赫灼によって異様な力を纏った水戸。
そして背後には、朋絵と対峙する朔と美澄。
聖火は歯を食い縛り、かつての兄を見据えた。
ーー絶対に、負けるわけにはいかない。
もし、少しでも良いと思って頂けましたら、 画面下部の《☆☆☆☆☆》で評価、感想、レビュー等、お待ちしております。 お忙しい中、読みに来てくださってありがとうございました。




