第32話 越えるべき背中
衝撃波と爆風が闘技場の壁を削り、石と砂が乾いた音を鳴らしながら崩れ落ちる。
「……ッッ! やるなぁ……聖火、また強くなってるのか。才能は怖いね」
水戸の水鏡檻に亀裂が入り、3枚の防壁が音を立てて割れた。
「……歯ァ食い縛れ!」
力強く握りしめ、字装を纏った拳が水戸の腹部にめり込み、闘技場の壁へと吹き飛ばした。
「ぐッ……はぁッ!」
壁に背中ごと叩きつけられ、前のめりに倒れる。
だが、水戸は追撃を恐れ、すぐさま立ち上がると、余裕綽々と笑みを浮かべた。
「へぇ……もう普通の水鏡檻じゃ、聖火の攻撃は防げないんだな。それなら……」
指先に命の炎を収束させ、続ける。
「炎命術……狐雨」
一筋の炎の光が曇天を貫き、強い雨が降り始めた。
頬を伝う雨の雫を見つめ、聖火は苦虫を噛み潰したような表情で空を睨みつける。
「狐雨……厄介な」
「炎命術……水鏡檻。次はもう簡単には破れないよ」
4枚の水鏡檻が新たに顕現された。
降り注ぐ雨を吸水し、先程とは比べ物にならないほどの厚さと大きさへ変化する。
「……そんなのやってみなきゃ、分からない!」
聖火は水戸が動くよりも前に跳躍し、拳を握り締める。標的は以前と変わらず、水戸だが、肥大化した4枚の水鏡檻が厄介。
加えて、時雨弓の再装填も完了している。
ここで楽に動かれるような展開には持って行きたくない。
先程と同様に握り締めた拳を水戸へ向けて振り下ろす。当然のように現れた水鏡檻が行手を阻んだ。
「……硬すぎるッ!」
亀裂さえ入らず、衝撃をそのまま跳ね返され、剛による一撃の衝撃が聖火へ弾け飛ぶ。
砂埃と轟音を浴び、壁にめり込んだ。
「はぁ……はぁ……」
「息をついてる暇はないよ。残念ながらね」
「……ッッ!」
水戸の手に握られていたのは時雨弓、水鏡檻同様に狐雨を吸水し、弓には収束した光の矢が3本装填。
聖火は地面を蹴って加速し、三方向からの矢の軌道を予測し、上に飛び上がった。
「上に飛ぶことも予測済みだよ。常に先手を考えなければ、勝てない」
3本放った直後、水戸が間髪入れずに装填した一矢が聖火の肩を貫いた。凄まじい衝撃と、飛散した血液が闘技場の床を赤く染める。
「……ッ!!」
「これで利き腕は使えないも同然。さあ、どうする? 俺を見逃してくれるなら、殺さないよ」
次の一矢を装填し、照準を頭へ向ける。
「……出し惜しみをしてる余裕なさそうだ」
肩に突き刺さった光の矢をへし折り、冷や汗を流しながら、指先に炎を灯す。
しんしんと降り注ぐ雨で消えることはない、強い命の炎で虚空を書き殴った。
「炎命術……字装・剛迅」
バチバチと空気を焦がす音と、白い光が聖火の身体を纏い、拳を握り締めただけで場に緊張感が走る。
ーードクンッ!
胸の炎が激しく揺らぎ、苦しい表情を浮かべた。
「……いつから字装で2文字の顕現を!?」
水戸の反応などお構いなしに聖火は地面を蹴った。
空気を薙ぎ、水戸の真横を豪風が吹き抜けたかと思ったのも束の間、視認していない場所からの強烈な一撃が腹部に放たれた。
「な……ッ!?」
咄嗟に展開した水鏡檻2枚が砕け散り、爆風で壁まで吹き飛ばされる。
直ぐに受け身を取り、重心を低くして転倒を防いだがーー背後からの強い打撃に気づけなかった。
「……がはッ!」
爆発と打撃音と共に吹き飛ばされ、反対方向の壁にめり込み、口から鮮血が流れる。
「何という速さ……!」
残り2枚の水鏡檻が砕け散る音が耳に届く。
水戸は、視認出来ない速度の聖火に冷や汗をかいた。
「こうなりゃ、先手必勝!」
時雨弓を引き、光の矢を再装填。
狐雨が降り注ぐ曇天へ向け、一筋の矢を撃ち放った。
「時雨弓……水天一矢!」
曇天へ到達した瞬間、光の矢が降り注ぐ雨の水滴へと弾け飛ぶ。ーーまさに雨。
そう錯覚する程の無数の光弾が、逃げ場そのものを覆い尽くすように一斉に降り注いだ。
「……範囲攻撃も関係ないッ!」
聖火は拳を握り締め、地面を叩き割る。
字装で肥大化した筋肉がひしめき、指先を強張らせた。割れた地面の破片を頭上へ持ち上げ、雨のように降り注ぐ水戸の攻撃を難なく防ぐ。
「臨機応変な戦闘スタイル……味方じゃ頼もしいが、敵だとここまで厄介なのか……!」
水戸は面倒臭そうに吐き捨てた。
「つぐ兄……楽に攻撃はさせないよッ!」
聖火は叩き割った地面の一角を水戸へ投げ放つ。凄まじい速度で眼前に迫る岩を避けると、先程まで視認していた聖火の姿が消えた。
「一体どこに……!」
気配を察知すべく、きょろきょろと周囲を見回すが、どこにも居ないーーと思ったのも束の間、水戸の脇腹へ強烈な一撃が叩き込まれた。
あまりの衝撃に受け身さえも取れない。
口から大量の血液を吹き出し、闘技場の壁に叩きつけられた。
「がはッ……!」
「……はぁ、はぁ……! つぐ兄、終わりだよ!」
肩で呼吸しながら、聖火は壁に寄りかかり、地面に腰を下ろした水戸を睨みつけた。
「……まさか負けるとはね。聖火、本当に強くなったな。勝負には負けたけどーー」
水戸の含みのある物言いに訝しげな表情を浮かべた瞬間ーー聖火の背後から得体の知れない殺気を感じ、瞬時に振り返る。
だが、そこには誰も居ない。
「……この気配は、まさか上!?」
上へ視線を向けると、聖火には見覚えのある人物が制服の赤い紐を揺らしながら携えた2丁拳銃の引き金を引いた。連続した発砲音が響き、火薬の匂いが鼻をつく。
「……いッ!?」
放たれた2発の内の一発が頬を掠め、水戸と突然の襲撃者を瞳の中に納めながら一定の距離を取った。
頬から垂れる血と傷口が帯びる熱が気にならない程の衝撃的な状況に、聖火は驚嘆の声音を上げる。
「……そ、その瞳の色は……ッ!!」
聖火の眼前に現れたのは、白く綺麗な髪、華やかな髪飾り、純白の肌、そして聖火の幼馴染ーー清水朋絵だった。
朋絵は水戸を庇うようにして、聖火へ2丁拳銃の銃口を向ける。緋色に染まった朋絵の瞳は、禍々しささえ感じさせる光を放っていた。
◾️字装・剛迅
剛と迅を合わせた字装。
2文字顕現の為、体力的な消耗が激しく、長期戦には向かない。単純な腕力や筋力の上昇と同時に、凄まじい速度と反応速度を得ることが出来る。
◾️水天一矢
狐雨など、悪天候で雨や水を時雨弓が吸収した場合に放つことが出来る超広範囲射撃技。
曇天に放った一矢が無数の光の矢へと爆散し、降り注ぐ様はまるで雨。
時雨弓が放つ一撃よりも一矢にかかる火力は下がるものの、攻撃範囲が格段に上がる。
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